#23
「そもそもの発端はね……死んだ魚がね、大量に浜辺に打ち上げられたりして、そのせいで立った噂なのよ」
魚……サカナ……電気屋で暴れていたあのサカナ人間を思い出す。
「魚がいろいろと変形したり、巨大化していたりしてね。毒の兵器を作っているって噂が立ったの……小百合はそれを耳にしたらしく、調べはじめちゃってね……私にはナイショにしていたのよ」
そうだな。そういう行動力はあった。そういうところも、好きだった理由のひとつだったっけ。
「そして、ある日ね……」
マリ子さんは続きを言おうとして二、三度、口をパクパクさせて閉じる。
しばらくの沈黙。
「サカナ人間とか?」
紀子がまた口をはさんだ。考えていることは同じか。
だが、軽い気持ちでいったであろうその言葉に、マリ子さんは身震いしながら反応した。
「あれを……見てしまったの?」
テーブルの下で紀子の手に車の鍵を握らせる。
「町に出現したんです……バスの終着駅の町に」
紀子の手は鍵を俺に返そうとする。だが、俺はもう一度握らせる。
最悪のシナリオも想定する。
考えたくはないが、マリ子さんが敵対する可能性。
「洋介ちゃん、明るくなる前にここから逃げなさい。もうこの村は呪われているの」
マリ子さんの瞳には強い想いがこもっていた。
「村の中にはもう何年も前から……あれが……うろつくようになっているのです」
「え、何年も?」
思わず聞き返してしまう。
マリ子さんは静かにうなずく。
「マリ子さん、町へと通じる道が封鎖されているのは知っていますか?」
彼女はその問いにも同様にうなずいた。
「あれは人間の力を超えた、恐ろしい存在。孝子ちゃんにも言ったけど……早く逃げて」
何か……考えるだに恐ろしいことがこの村で実際に、しかも現在進行形で、起きている。
「逃げるときは、一緒に逃げましょう」
彼女は首を強く横に振った。
「夫と娘をこの地で失いました。私はここを離れるつもりはありません。お気持ちは嬉しいけれど……」
「でも……」
マリ子さんの瞳からは涙があふれていたけれど、それでもまだ強さは失くしていなかった。
再び首を横に振る。
「夜が明ける前に早くお逃げなさい。あなた達にはまだ未来があるのですから」
「……ま、マリ子さんにだって、あるよ!」
紀子が立ち上がってマリ子さんのすぐ横にまで行き彼女の手を握った。紀子を見つめる彼女の瞳には優しさが満ちている。
さゆりちゃんは、ちょうど今の紀子ぐらいの歳に死んだんだっけ……
……さゆりちゃんの最期は……あいつらにやられたのだろうか。それとも……
だけどそんなこと、聞けないよな。
幼い頃のさゆりちゃんを思い出す。
5人で遊んでいたときも、かくれんぼの途中でよく二人だけで抜け出して、さゆりちゃんの家の屋根裏に隠れたっけ。
押し入れの上の段にのぼって天井の板をずらし、布団を足がかりにしてもぐりこんでいろんな話をした。
そう、いろんな話。
遊園地に行きたいなって話もそこで聞いたんだ。
さゆりちゃんの遊園地には、さゆりちゃんの考えた乗り物がたくさんあった。
他にも彼女のやりたいこと、行きたいところ、欲しいものをたくさん。でもいい子で居たいから、おとうさんやおかあさんには言えないって言ってたなぁ……あ。
そうだ。さゆりちゃん、日記を書いていた。ヒミツの日記。
「あの……ちょっと小百合ちゃんの部屋、行ってもいいですか?」
「どうぞ。形見分けになるかは分からないけれども、なんでももっていってあげて。一緒に……」
紀子と目を合わせると、さゆりちゃんの部屋へと向かう。
「私も見ていいですか?」
「ええ。どうぞ」
背後から二人のやりとりが聞こえたあと、紀子が早足でついてきた。
きしむ板の廊下に、二人の足音が鳴る。
「お兄ちゃん、どうするの?」
「少しでも、手がかりになりそうなものがね」
まっすぐに押入れに近づく。
天井と壁の重なる端にわずかな隙間がある。軽く押してみると、記憶の通り持ち上がる。
「紀子、一応、周りを見ておいて」
「はい」
押し入れに足をかけ、上半身を天井裏に乗り出した。すげー埃っぽい。こりゃ息をとめながらだな。
キーライトを点け、周囲を軽く照らす。
ぐるりと半周もしたときだった。
四角い影が見えた。




