#22
マリ子さんは、静かに語り始めた。
「洋介ちゃんが出て行った後、すぐに孝子ちゃんも引っ越していってね。3人だけになっちゃったのよ」
さゆりちゃんと、タモっちゃん、のろまのひろしか。
「そのあたりから小百合はふさぎこむことが多くなっていったの。保君とか一生懸命誘いに来てくれたんだけど、やっぱり学校に行けなくなっちゃってね。不登校っていうアレよ。私もずっとついていてあげたかったんだけど……」
マリ子さんは隣の部屋の仏壇をちらりと見た。
「あの頃は……私にもゆとりがなかったの。言い訳になんてならないけれど……あの人……私の夫が事故で亡くなってしまったのね」
「え、事故で?」
「そうなのよ。工場が潰れたあと、研究所の指示で工場を解体しようって話になって村から人手が随分集められたの。みんな工場で働けなくてお金に困っていたからそれに参加してね……でも、そこで大きな崩落事故があって」
崩落……工場で?
「工場の地下で何十人も生き埋めになっちゃってね……あの人はそれに巻き込まれてしまったの。もちろん工場解体作業も中止よ」
さゆりちゃんのお父さんが……
「……そりゃ慰謝料も出たけれどね……小百合の将来のことを考えて貯金したの。村長さんが、私に研究所でまかないの仕事を案内してくださってね。細々とだけど小百合と二人生きていけるくらいのお給料はもらえたわ」
村長……俺の大叔父さんか。
「本当はうちもって引越しを考えたのよ。でも小百合はお父さんが居るこの場所から移りたくないってきかなくてね」
マリ子さんの頬を一滴がつたう。
テーブルの下で、紀子が俺の手を密かに握った。
「さゆりちゃん、お父さんっ子でしたものね」
さゆりちゃんの言葉を、もう一つ思い出した。
『よーすけくんのことは、おとうさんのつぎにすき。おとうさんとはけっこんできないから、よーすけくんのおよめさんになってあげてもいいかも』
ずっと小さい頃に別れたまま。とても長いこと会っていなかったっていうのに、さっきまでは生死すら知らなかったくらい「遠く」の存在だったのに……今のこの喪失感はなんなんだよ。
「……あとね、やっぱり怖かったのもあったのよ」
マリ子さんの声のトーンが変わった。
「怖かった……んですか?」
俺はマリ子さんをじっと見つめた。
一呼吸おいて、マリ子さんは話を続ける。
「この村ね、あまりにも死ぬ人が多いのよ。大抵は事故なの……でも……あまりにも数が多くて」
紀子の手が少し汗ばんだのを感じる。
「村長さんはその話を嫌がるから、みんな表だっては黙っているけれどね」
大叔父さん……じいちゃんにちょっと似ていたような記憶があるけれど……ばあちゃんの話の中の病弱な雰囲気はあまりないな。
「怖くて逃げ出したかったわ。でも、これ以上人が減っては困るから逃げちゃダメみたいな風潮に村中がなっていっちゃったの……工場での事故のあと研究所が大きくなって、それで働く場所が増えたから村の外に働きに出なくてもいいだろうみたいに村長さん言い出してね」
研究所。何度聞いても怪しさ満点だ。いったいその裏で何が……そして、大叔父さん……。
「小百合も研究所で働かないかって言われてね……他に選べる仕事なんて女にはなかったわ。二人であそこに勤めることになったの。そしたらね、ある日、小百合が突然言い出したの」
マリ子さんはいったん口をつぐむ。言いにくいこと?
「あの工場で兵器を作っているみたいなの、って」
その一言に、驚いた。
「え? 工場って閉鎖されたんじゃ……」
紀子も驚いたようで沈黙を破る。
マリ子さんは首を横に振った。
「表向きはね。でもね、あの研究所、閉鎖したあとの工場をなにやら改良して拡張したみたいなのよ。研究所が大きくなったって言ったでしょ。実質的には工場が再稼動したみたいな雰囲気だったわ」
マジかよ。
でも、公害で閉鎖された工場を再稼動なんて出来るのか?
「兵器を作っているっていうことはもちろん確かめたわけじゃないのよ。研究所の一部として蘇った工場も、働いた人の話では、以前のかまぼこ工場の時より新しい機械になっててね、何を作っているのかわからなくなっちゃってて。『研究のため』って言われて何をしているのか教えてもらえなかったんだって」
何をしているのか教えてもらえずにって……。
「でも、何を作っているか分からないってだけじゃ、『兵器』なんていう物騒な言葉は出てきませんよね?」
マリ子さんはうなずいた。俺がそう聞くのを待っていたかのように。




