#19
夕方には想い出の封印された出身地のすぐ近くまでたどり着いた。
「ね、ここも『土砂崩れで封鎖』なんだね」
紀子の言う通り、国道から村へと分岐して伸びる道路が、初日に見た「土砂崩れ」の場所同様に封鎖されていた。
「あのお姉さん達、もう先に行ったのね」
「ああ、そうみたいだ」
封鎖の看板がずらされている形跡が残っている。
「お兄ちゃん、力持ちぃー!」
これどかしたのってフクノウミなんだろうな、とか思いつつも車を降りる。
看板を固定している土嚢袋を数個どかせば、まあなんとか動かせなくもないだろう。案の定、4つ外したところで看板をじゃりじゃりとずらすことが出来た。
看板をずらしたままにして俺たちは車へと乗り込んだ。帰りは逃げるように急ぎでってことになるかもしれないし。
村へと続く道……のはず。
いや、正直、記憶にないんだ。
だって俺がガキの頃はずっと村に居た。小学校も村にあったし。どこか村の外へ旅行なんてこともなかったし。村から逃げる時は……多分、夜だったし。
……でも、もう暮れてきたし、ひょっとしたら見覚えとか出てくるのかな?
ヘッドライトはつけずに、なるべく静かに移動する。とはいえ車だから静かにとは言っても空噴かしをしないってくらいだが。
スピードは控えめ。道路わきに車を隠せる場所はないか、常に注意をしながら。
しかしどうして、こんなに緊張するのだろうか。
昔、住んでいた村に戻るだけだというのに。
……いや。だけ、ではないことは、分かっている。土砂崩れの封鎖看板にせよ、行ってみて「行けなかったねアハハ」で終わるようなものではない気配がじわじわと匂ってくる。そういう鼻はきくんだよ。
助手席の紀子をちらりと見ると、デジカメを構えてじっと外を見つめている。
依頼内容とかそんなレベルではなく、この子が危険な目に遭わないようにする責任が、大人として俺にはある。
つばを飲み込む音が聞こえそうな圧迫感の中で、俺たちは静かに車を進め続けた。
「そろそろ、だよね?」
車の速度計と時計とを時々チェックしていた紀子が、ペンライトで地図を再確認しながら言った。
「そうだな」
「懐かしい?」
「んー……このへんまではあんまり来なかった気がする。いっつも海に出て遊んでいたし」
「海いいなぁ……小学校はあったの?」
「ああ、工場で働いている村人も多かったし、子ども自体もそれなりに居たし……あ」
「ど、どうしたの?」
紀子が慌てて俺の左手をつかむ。
「大丈夫。そういうのじゃない。ただこの三本杉……見覚えあるなって」
割と背の高い杉三本が密集して、大地から天へと助けをもとめる手のようにそびえていた。
「なんか、手みたい。急に襲ってきたりしないよね?」
「樹が、か?」
笑いとばしながらもさっき見たサカナ人間を思い出す。何が起きても不思議じゃないと考えていた方がよいのかもしれないな。
その三本杉からそれほど遠くない場所へ、車を停めた。
「ここからは歩いていくぞ」
「はい、隊長!」
紀子がまた敬礼をする。その手をつかんで車のキーを握らせた。
「え、だって」
「いざとなったらこの車に乗って逃げろ。オートマだから紀子にも運転できる」
「え、鍵は持っててよ。お兄ちゃんのこと信じてるから」
「俺がみの……紀子を置いていくことはない。だから鍵は紀子が持っているほうがいい」
「……でも」
「いざって、ときのことを考えての話だよ」
すると紀子は俺の手を無理やり開いて、キーを戻した。
「気持ちで負けると本当にも負けちゃうぞ。気休めでもいいから俺にまかせとけ、くらい言っててよ」
紀子は本当にしっかりしている。俺がこの子くらいの頃はもっとバカだったよ。
俺は苦笑いしながら鍵をキーチェーンにつなげ、ズボンのポケット奥へと仕舞いこんだ。
「退却って言ったら、ちゃんと退くんだぞ」
「らじゃー!」
夕暮れからずっと外に居るせいか、かなりの黄昏が深まっても道はなんとなく見える。
手をつないでなければ、互いに隣に居ることすら見失いかねないほどの夜の闇の中、ようやく村へと到着する。
「あれ? こんなフェンスあったかな?」
映画の米軍の基地とかにありそうな高いフェンス。
「……でも、鍵、かかってないみたい」
紀子……こいつ案外、探偵向きかもな。
「よし、行こう」
ここまで来たら、もう行くしか、だ。




