#18
……半魚人?
魚……人間……魚……
記憶の奥底に、俺はまだ何かを封印している……なんだか思い出せない。
思い出したらいけないことなのか。
鼻腔の奥に、磯の香りがする。
潮の……痛い香り……
「やった! 写真いっぱい撮ったよ。これすごいネタかもね!」
紀子はかなり興奮している。
あの醜悪な生き物を見ても動じないとは、並みの神経じゃない。
辺りを見回すと、こういうときは携帯とかカメラとか構えて撮影するやつけっこう居るもんだが、なんというか多くの人がただ怯えた表情で、黙って事態を見守っている。
というかギャラリー減ってる? まあ無理もないか。俺ですら嫌な汗が背中をつたっている。
紀子がすごいとほめるべきか。
そこへ、銃声が轟いた。
警官のひとりが発砲したようだった。
サカナ人間は倒れ、そこへ他の警官達も発砲を行う。完全にトドメをささなければいけないと強迫観念にかられているかのように。
俺たちはただ呆然とそれを観ていた。
親たちは子どもを連れていつの間にか消え、カップルなんかも居なくなっている。
ここの通り、こんなに空いていたっけ?
皆、この見えない違和感というか想像したくない存在感から目をそらそうとしているのかもしれない。
また、サイレン。
救急車がやってきたようだ。
何人かの警官と共に、その生きているかもわからないその男も運ばれていった。
「紀子、危険だ。やっぱりダメだ。帰ろう。今からだっていい」
しかし彼女の答えはまるで正反対だった。
「あのサカナ人間、やっぱ工場から来たのかな……行くしかないよ。やっぱり」
正直に言えば、ここまで首をつっこんでおきながらこのまま帰りたくはないという気持ちはあった。
しかも……俺の中の……閉ざされた記憶。
思い出さない方がいいのかも、しれない。
それとも、これはなにかのきっかけなのか?
「私、免許は持ってないけど運転できるんだよ」
「な、何を言い出すんだよ急に」
「お兄ちゃん、私を守ってくれるんでしょ? じゃないと一人で行っちゃうよ?」
紀子の声は震えていた。
どうすべきか。もし今後、あんなやつらが出てきたら、俺は紀子を守りきれるのか?
「武器もちゃんとあるよ。魚人間だと水属性だから電気が効くよね?」
思わず鼻汁が飛びそうになる。
なんだこの緊張感のなさ。
目の前で人間がバケモノに変わり、しかも発砲まで見ておきながら、なんだその余裕は?
俺は紀子を見つめた。
「グロ画像はネットで耐性できてるの。現代っ子なめたらだめよ」
これはもう止まらない勢いだな。
紀子の性格を考えると、今は賛同するのが一番良い気がする。そして、いざとなったら紀子を抱えて全力ダッシュで逃げるか……それしかないよなぁ。
「俺の言うこときくんだぞ。逃げろと言ったら、撮影とか道具とか一切をあきらめて全力で逃げるんだぞ」
紀子は小さくガッツポーズをする。
「お兄ちゃん大好き! さっすが私のお兄ちゃん、話がわかるなぁ!」
「くれぐれも、調子に乗るなよ。分かったな」
運のいいことに、レンタカー屋にオフロード仕様のものが一台だけ残っていた。
持って行く荷物をまとめ……てるのは紀子が、だけど。
「こんなこともあろうかと……えへへ」
スタンガンに催涙スプレー。アラーム付きのキーホルダー。
さすが財力がある人は違う。
「ねえ、拳銃とか持ってないの?」
「マンガじゃねぇんだぞ」
と言いつつも、どこかリアリティが消えかけている世界に片足をつっこんでいる。こういうときは失敗しやすくなるんだ。
あのサカナ人間がまた現れたら。そして俺たちに襲いかかってきたら。心配事が現実離れしちまうと、夢か現かわからない世界に脳がシフトしちまう。そしてリアルの中で拾わなきゃいけないシグナルを見逃しちまうんだ。
現実ってのはそんなに甘いもんじゃないのに。
一方、紀子は楽しそうに荷物の仕分けを続けている。
「準備おっけー!」
無邪気な敬礼だ。
この子だけは、しっかり守らないとな。
準備を終えた俺たちは、新しいレンタカーへと乗り込んだ。




