#17
「事故でね。流れ弾に当たったとかでしばらくは息があったんだけど……俺が駆けつけてしばらくして」
「笹目さん……なんて言ったらいいのか……壮絶な人生だったのね……」
「別に壮絶とは思っていないよ。実際、俺はこうして普通に生活しているし……」
紀子の目もとが赤く腫れていた。
「ねえ、私、ほんとの妹になってあげる」
どうして、そうなるんだ。
「お兄ちゃん!」
そう言って俺のすぐ隣に座り直し、腕を組んできた。
ミンクちゃんがおねだりの時にやるような胸を押し付けるやり方ではなく、もっとなんというか小猿が母猿にしがみつく時のような。
この子なりの優しさなのだろう。気持ちは嬉しいが、寂しさ舐めあうようなそんな人間関係は持ちたくない。
紀子が俺に「与えたい」と思っていることはきっと、自分がしてほしいことに違いない。
ここで俺が紀子を抱きしめれば、彼女の中の何かが満たされるだろう。だが、それではいけない。
彼女を抱きしめるのは彼女の両親であるべきなのだ。それも、二人揃って。
「明日の朝には帰ろうな」
俺は紀子の頭をなでた。あとはどうやって彼女の両親に……ん?
「お兄ちゃんも聞こえた?」
「ああ」
紀子は窓際に近づくとカーテンに隠れながら外をうかがう。
「ね、外が騒がしい」
俺も同じようにして旅館の窓から外をうかがう。だが、ここから見える範囲には事件らしきシーンは全く見えない。
「外、行ってみよう」
紀子は俺の手をひいた。
一人行動しないようになったのはえらい。でもな。
「だめだ」
「だ、だって」
「観に行くのは俺が行く。君はここに居るんだ」
紀子は俺の手の指のそれぞれの間に自分の指をすべりこませ、がっちりと握りしめた。
「一人の方が怖いもん。それに……ここだと逃げ場ないし」
……仕方ないか。
「危なくなったら、逃げるんだぞ」
「頼りにしてるから」
紀子が、俺の手をぎゅっと、つかむ。
旅館の入り口まで行くと、女将がそこに居た。
「どうしたんですか?」
「いえね。町の電気屋さんにね、へんな男が立てこもっているみたいで……こんなこと初めてです。お客様も外へはおでかけにならないほうが……」
その説明の間にも、パトカーのサイレンが聞こえる。
紀子が手をひっぱり小さな声でささやいた。
「見に行こうよ。警察来てるし、平気だよ」
「お客様、くれぐれもお気をつけくださいませ。あまり近寄りすぎませぬよう……」
娯楽のない町とはいえ女将とめないのかよ、とか、心の中でつっこみつつ、俺たちは旅館の外へ出た。。
大通りに面したその店で、ひとりの男が店内のパソコンを壊していた。
ガラス張りのために中がよく見える。
パトカーが2台、そして拡声器で「おとなしくしろ」とか「出て来い」などと怒鳴っている。
「ねえ、あれ、さっきの……」
紀子が俺の後ろに隠れつつ指差した男。
喫茶店で紀子のリュックを盗もうとした男だ。
「ああ、そうだな。あの時からラリってる感じがあったもんな」
「機械フェチの……S……とか?」
冗談を言う紀子の声は笑ってはいない。
そりゃそうだ。
ひょっとしたら彼女にとっては生まれて初めて観る、生の「暴力」なのかもしれない。
「あ!」
入り口から店員らしき男が転がり出てきた。見た感じ、怪我は軽い擦り傷くらい。
それと入れ替わりに警察官達が駆け寄ってゆく。
お互いに何度か頷くと、店の中に突入していった。
不意に紀子が俺に強くしがみついた。
「ね、あれ!」
ガラス張りの店の中……あれ? 中の男……?
「いつの間にか変なカブリモノしてる……え、映画の撮影だったりして」
そう言いながらも紀子はガタガタ震えている。
得体の知れないものに出遭った時の原初的な恐怖。
それがそこに居た。
さっきまで男だった者の頭部が醜く歪んでいる。まるで魚みたいに。
冗談抜きで半魚人だった。




