#16
「うそー?!じゃあ、人肉腸詰工場は?」
「かまぼこ工場ならあったけど……」
そう。確かに、あんまり物騒なものなんかなかった。
「なーんだ。驚かせておいて。たいしたことないじゃない。笹目さんの生まれたとこなら優しい人も多そう……」
「故郷って言っても小学校の低学年のうちに引っ越しちゃったから……それもあってさっきまで確証持てなかったし」
「そうなんだ?」
「……何か嫌なことがあって……それで村を出たような気がする。細かいことは覚えてないんだけど……」
「ね、笹目さんの生まれた村、見に行きたい。工場だってちょっと遠くから眺めるだけでいいし。実家だって残ってるでしょ?」
「どうだろう……分からない」
「分からない……って……」
不思議なもんだな。
だんだん思い出してきたよ。
あの村で起きたこと。
はじめは「気を利かせて」だろうか。祖母は俺の身に何が起こったのかをずっと黙っていた。
そのせいか、いつしか俺もそのことを聞かなくなり、日常の中どころか意識の端にすら上らないようにするのに慣れていった。
「家族のほとんどを、あの村で亡くしたんだ」
じっと俺を見つめる紀子の前で、今まで誰にも話したことのない、自分の生まれた村の事を静かに話しはじめた。
「俺のばあちゃんが一度だけ話してくれたことがある。明治の頃に地主でもあった曾祖父が、ここにかまぼこ工場を誘致した。そのおかげでこんな田舎の村でも栄え、近隣から働き手を集めるようにすらなった。そして太平洋戦争がはじまり祖父は戦争へ行ったんだ。体の弱かった大叔父を残し」
「そんな戦時中のある日、浜に敵戦闘機が不時着した。イギリス人のパイロットが生きててね。村の人たちは工場でかまぼこにしてやると、いきり立ったらしいんだけど、大叔父がそれを止めたんだって。実はそのパイロットは本国では大手企業の息子で、そのおかげで戦後、この村と工場はとてもよくしてもらった。でもそのせいで近隣からはよくない噂を立てられた、とかも聞いたよ」
「……やがて工場はアメリカの企業が買い取ってね。戦時中に行方不明になっていた祖父が、戦後しばらくして戻ってきたときにはこの村はすっかり変わっていた。村人は皆、工場で働いていた。村長は祖父ではなく、大叔父に変わっていた。それでも祖父は「村が栄えるのはいいことだ」と、村の片隅でひっそりと暮らし続けた。もともとの職業だった漁師を続けて」
「だが頭のよかった俺の父は漁師を継がず、いったん都心の大学へ行ったんだ。そこで同じ学者仲間の母を連れて帰った」
父と母のことをおぼろげに覚えている。いつも忙しそうにしていて、なんかいつも怒っていたような……
「その頃かな。工場が閉鎖されたのは。水質調査がなんとか、で。工場が有害だとか。そして政府の研究所ができて、監視するとか何かで俺の父母はそこで働くようになったみたいなんだ。俺がまだ小学校に上がる前の話だ。その頃から……村を離れて行く人が増えてね。人口は急に減ったんだ」
「政府の研究所ってそれ非公式か、もしくはフェイクね。いろいろ調べたもの。このへんのこと」
「俺も子供ながらに違和感を覚えた。見知らぬ大人が増えて、村の中でも『遊びにいっちゃいけないとこ』が増えてね」
「あ、話さえぎってごめんなさい。続けて……」
「やがて、歳の離れた兄……父母と一緒に研究所に出入りしてたんだけど……が……失踪してね。その頃は父母は毎日、口喧嘩していた気がする。そして……ある嵐の晩、研究所に行ったきり戻ってこなかった。所長っていう男が来て、二人の乗った車が崖から落ちた、とだけ告げた。その晩のことだけは覚えている」
そうあの所長……妙にニヤニヤした顔つきが、気に入らなかったっけなぁ。
紀子が俺の手をつかんで握りしめた。
俺はそのまま話を続ける。
「直後だよ。祖父が死に、祖母は俺を連れて東京に居る親戚の元へ来たのは。その後、更に何度か引越しをして。最終的に俺はこっちで刑事やってる遠い親戚のとこに落ち着いて、ばあちゃんだけオキナワに移ったんだ……寒いところは体にこたえるってね」
「刑事にはならなかったの?」
「刑事やってるその人がね、刑事にだけはなるなって遺言をね」
「遺ご……その人まで……」




