#15
「あ、あの……」
その呼びかけに振り返る二人。
「伝票、置いていってください」
バイク美女は一瞬、戸惑った表情になる。いや、ナンパするつもりじゃないんだが。ほんとに。
「私のアイスコーヒーも入ってるのよ」
「いいですよ。そのくらい」
「借り作るの、嫌いなの」
彼女は伝票の上にきっちりアイスコーヒー代だけ置くと、フクノウミと共に出て行った。
店の表に車が来ていた。オフロード仕様のごつい4WDだ。
サングラスをかけた男が運転席からこちらを見ている。
「ざーんねん、だったね。あれ、彼氏だよ? きっと」
「別に、そんな気はない、っての」
と言いつつも、目は車を追う。
「思いっきし、気にしてるじゃん」
「いや違うんだ。あのオフロード仕様の車……ここに何しに来たのかな、って」
「え? あ、そういえば……」
声のトーンを下げる。
「いったん宿に戻ろう」
紀子は黙ってうなづいた。
「何かまだ隠してることとか、ある?」
キツくならないよう声のトーンに注意を払いながら、紀子に尋ねた。
所在なさげに部屋の冷蔵庫の中味を何度も見ていた紀子は、振り返って立ち上がった。
「私、お兄ちゃんのこと信じてるから。全部話したよ……それは信じて」
「疑っているわけじゃないんだ。ただ、あいつらはこの町には不自然だ」
「単なる旅行かもしれないじゃない?」
「その『人肉腸詰工場』には、なにかの隠し金とか、そういう噂はなかったのか?」
「ないよ。あったとしても私は知らないわ」
「もし目的地が同じなら、そういう装備が必要な場所なのかもしれない」
「でも違うかもしれないでしょ?」
「まあな。だが、最悪の事態を想定して準備をするってのは、クセでね」
「お兄ちゃん、かっこいい!」
紀子の目がちょっとキラキラしている。
そういえばいつの間にか、周りに人が居ない時でも「お兄ちゃん」のままだな。
……これは、説得できるくらいの信用を得たってことかな?
「あいつらが何を企んでいるのか分からないが、どうも危険な匂いがする。俺はそういう鼻はいいんだ……なあ。探索はここいらで打ち切ったほうがいいんじゃないかって思うんだがな」
紀子は即座に口をとがらせる。
「……危険じゃないなんて、確かに私にはわからないわよ。でも、まだそうと決まったわけじゃないし……せっかくここまで来たのに」
彼女の理由の裏側にある感情を考えると、確かにここで帰るのは納得しないだろうという想定はしていた。
「紀子の安全を最優先したいっていう気持ちは分かってくれるだろ?」
「……依頼する、って言っても?」
「これは、依頼とか、そういうレベルじゃない」
「えー。まだ、危険とか、陰謀とか決まったわけじゃないじゃない」
「嫌な予感がするんだ」
そう言った自分自身に驚いた。
……あんな夢を見たから、か?
どうしてこんなにも「行きたくない」のか、自分自身にすら明確な理由を突きつけられないでいる。
クールでハードボイルド、なんて吹き飛ばすような大きな不安が、いつの間にかここにあった。
それについての記憶を辿ろうとしただけで、あの景色が蘇ってくる。
俺はたった一人で洞窟に居る。
洞窟の中はひどく居心地が悪く、逃げようとするのに出口が見つからない。
ただ波の音だけがぐおんぐおんと響き渡る。
周りだけじゃなく、自分の頭の中にもずっと。
逃げようとする。
でも、どこへ……その後はあんまり覚えていないけれど、しばらくして外の明りを見つけたんだ。
ただその光はずっと遠くて、満ちてくる潮に焦って。
……その後……
…………その後、どうしたんだっけ。
「ねえ」
「ん?」
「笹目さんこそ、何か、隠しているでしょ」
紀子が「笹目さん」と呼んだ。
でも。そのおかげで少し冷静さを取り戻した。
……きっと勘違いに違いない……そうやって、ずっとごまかして来た。
でも。
目をそらせない現実が、ここにある。
「この都市伝説の村はな……おそらく……俺が生まれた村だ……」




