#14
まるで何かに弾き飛ばされたかのように、その男はバランスを崩してこっち側に倒れこんできた。
慌ててその手からリュックを取り戻す。
それから改めて前を見ると、喫茶店の入り口を大きな壁が塞いでいた。
「だいじょぶですたい?」
壁と思ったのは一人の巨漢だった。下駄に着物、そしてマゲ。どう見ても相撲取りだ。
「ああ、助かりました。こいつひったくりでしてね」
倒れた男に目をやる。
無精ひげを蓄えているものの思ってたよりも若い……が、目はうつろでどこか遠くを見ている。『ママ側』の手の者か?
すぐに人が集まってきた。中には警官らしき姿も見える。
「だいじょうぶですかー?」
警官の声に反応して相撲取りが振り返った時、その一瞬のスキをついてその男は飛び起きて駆け出した。
驚くようなスピード……まさか変な薬でもやっているのかってくらい?
「すまんですたい。取り逃がしてしまったでごわす」
「いや助かりました。このリュックがなくなったら、妹になんて怒られることか」
喫茶店のマスターも話に加わる。
「注文を取ろうとしたらすぐだったから驚きましたよ……で、被害はありませんか?」
「はい、何事もなく」
「取り逃がしてしまったでごわすが」
「なんか尋常ではない目をしていましたね。この町の人じゃないと思います」
警官はあの男を追いかけて行ってしまったようだな。
「お客さん、ひょっとして力士さんですか?」
それに引き換えマスターは相撲取りの腕をぷにぷに押している。ずいぶん慣れ慣れしいな。
「福乃海ですたい。まだまだ幕内でごわすが」
フクノウミという力士の顔をじっと見る……口のまわりにケチャップがついているよ。
「あ、マスター! せっかくだからフクノウミさんに大盛りナポリタン、お願いします」
「はいよ! 大盛りはサービスします」
いそいそとカウンターの向こうに戻ってゆくマスター。俺も紀子のもとへ戻らなくてはと、踵を返したその背中に。
「そんなたいして活躍もできんと、申し訳なかですたい」
いい人だな。
「いえいえ。こちらこそ。たいしたお礼もできませんで」
席に戻り、紀子にリュックを手渡す。
「おそーい! 私を一人にして! 変なのがもう一人いたらどうするのよ!」
「すまん」
確かにその通りだ。今後は気をつけなくてはな。
「あのフクノウミさんって方が助けてくれて……お礼を、だね」
「へー。お兄ちゃんが取り戻してくれたんじゃないんだー。頼りにならないなぁ」
「ごめんって」
両手を合わせて紀子に頭をさげる。
すると紀子はいきなり笑い出した。
「お兄ちゃん、何言っても怒らないのね?」
「んなことねぇよ。ミスはミスだから。でもな……本当に何かあったら、ちゃんと守るから」
「へー。かっこいいこと言うじゃん」
当然だ。クールでハードボイルドな探偵がかっこわるいなんて問題外だ。
そのとき、背後に急に気配を感じた。
振り返るとそこにはフクノウミがどでーんと立っていた。その手にはナポリタン超大盛テイクアウト。
「この人がごちそうしてくれたですたい」
「そうなの? ……土地の人じゃなさそうね」
フクノウミの横から顔を出して覗き込んでいるのはさっきのバイク美女だ。こいつら知り合いだったのか。
俺は通路に出て立ち上がり軽く頭を下げた。バイク美女は俺の顔を見て、あっと口を開ける。
「先ほどはどうも。フクノウミさんが、妹の荷物を取り返すお手伝いをしてくれまして。そのお礼というほどではありませんが」
「犯人は取り逃がしてしまったでごわすが……」
紀子も立ち上がり、笑いながらお辞儀をする。
「ありがとうでございました……もう、うちのお兄ちゃんってば役に立たないんだから」
「荷物がご無事で何よりです。それからえーと……ガソリンスタンドではごめんなさいね。知り合いに、とても似ていたもので」
うーむ。こんな美人が全く記憶にないなんて。本当に他人の空似なんだろうな。
「あ、連れが来たので……これで失礼いたしますね」
「ちょっと!」
外へ出て行こうとするバイク美女を俺は慌てて呼び止めた。




