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#20

 

 気がついたら、紀子と手をつないでいた。

 街灯はほとんどなく、気をつけないと転びかねない。いや、点いていないのもそこそこある。

 

 さっきの三本松から港に向けてなだらかな傾斜になっている。その斜面に家が疎らに建っている。

 昔はもっと家も多かった。

 残っている家ですら、廃屋が多いのだろうか真っ暗な家や壊れている家も少なくない。

 逆にその闇が、俺たちが移動するのにはありがたかった。村に入ってから、まだ誰にも出会っていない。

 

 紀子がきゅっきゅっと手を握った。

 俺は身をかがめて紀子の顔の高さにまで耳を近づける。

「ねえ、お兄ちゃんの家ってどのあたり?」

「確か、もうちょい先のほうだけど……」

 おぼろげな記憶を頼りに、道を辿る。

 歩を進めるたび、この潮臭い村での記憶が仄かに戻ってくる。

 

 この坂を下ったら、次の角を曲がって、またその先を……

 自分が大きくなったからだろうか、村そのものが小さく感じる。

 

 そして、この角を曲がって……

「だめだ」

「どうしたの?」

「なくなっている。多分……この空き地のあたりに俺の住んでいた家が……」

 紀子はしゃがんで何かを見ている。ペンライトか?

「火事の後がそのまま放置されてるって感じね」

 鑑識かってツッコミは置いといて、火事については覚えてない。

 俺がこの村を出た後に燃えたのか?

 

「ね、仲のいい人とか、いたの?」

 紀子が俺の手を握りながらたずねてきた。

 ……仲のいい人、か……

「村を出て行く人、けっこう多かったんだよな。俺がこの村を出る直前頃は、同世代なんてもう、4、5人くらいしか残ってなかったな」

「そっかぁ」

「一番近くに住んでいたのが、タモっちゃん……(タモツ)って言うんだけど、猫の鳴き真似が得意でね」

「あはは」

 少し坂を下ってみる。ほとんど向かいみたいなもんだ。

「お、タモっちゃんの家、残っているよ」

 だが、扉は開いている。

「……人が住んでなさそうだね」

「ああ。空き家が多いみたいだな」

「こんな時間なのに、明りがついているとこすんごい少ないし」

 

 そう。本当に少ない。

 電気がなかった時代にタイムスリップしたんじゃないかってくらいに、村全体を覆っている暗さ。

 そんな中、足が勝手に一軒の家へと向かう。

「ねーねー、今度は誰?」

 

 俺は黙ったまま、その家へと近づいてゆく。

 だって明りが、点いているんだ。

 

「あ、分かった! 初恋の人とかでしょ?」

「明りが点いているんだ……」

「ちょっと……ねえ、平気なの? 村の人に見つかっても……」

「多分……ここの家は……平気だよ」

「ねえ、ちょっとこっち向いて」

「何?」

 

 紀子がつないだ手を離し、両手で俺の頬をぱちんと叩いた。

「今ここに居る私と、思い出の中の誰かさんと、どっちが大事かよく考えてから行動してよね」

 

 俺の頬にはりついたままの紀子の手を静かにはがすと、ゆっくりと握りしめる。

「ああ……わかっている」

 紀子の言うとおり、なのは分かっている。

 誰だって、いつまでも昔のままじゃない。

 ただ、あまりにも長いこと忘却の彼方に隠されていた想い出が、急に戻ってきたんだ。

 ひたひたと波のように打ち寄せる感傷を、全て避けながら想い出の波打ち際を歩くなんて無理だよ。

 ……無理、か。

 ああ、探偵失格じゃないか。俺はいつからそんなこと言うようになったんだ?

 いや、違う。

 いつから言うように、じゃない。いつから言わないよう、だ。小さな頃はよく言っていた気がする。

 

 でも、それでも。

 俺は紀子の手を強く握りしめる。

 過去は過去。

 現在の俺だって、過去の俺の上に積み重なって在るんだ。

 もう一度逢いたかったあの子。

 そう。いまはそれより、紀子を守らないと、なんだよな。

 

 俺は心の中で、気持ちの深呼吸をした。

「そうだよな」

「え?」

「別の人が引っ越してきているかも、だしな……」

 紀子が、俺の手をぐいっと引く。

「まずは村の中、全部見る?」

「そうし」

 そうしようかと、言うか言わないかのタイミングだった。

 

 目の前の、あの子の家の扉が開いた。

 

 

 


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