#12
……これは。
ナンパと取るべきか、それとも俺を油断させる作戦か? いやまさか、このおねーちゃん、池袋のどこかのお店で?
いや、これだけの器量なら一度見たら忘れるわけないだろう。
「へー。知り合いだったんだ?」
いつの間にか三島紀子が後ろに居た。ってさっきまで車の中に居なかったか? あっぶねぇ。やはり油断はならない娘だ。
だがここでゆらいでちゃヘボの二流だ。
「いや? 人違いだろ」
珈琲缶を手渡しながら、ゆっくりとその場を離れる。まだ探偵だってばれてないっての。とはいえ心臓が無駄に鼓動を早める。
落ち着け、俺。クールなハードボイルドだぜ。
紀子はとたとたとついてくる。明らかにそのステップが軽い。
「いいの? 綺麗な人じゃない」
声のトーンも違う……少しホっとしてくれたかな。
「仕事中だからな。今の俺はあんたのボディガードだ」
「かっこいいじゃん。それによく冷たいほうって分かったね!」
どうやら機嫌は直ったようだ。
バイクのいい女は、その間に轟音を立てて行ってしまった。
缶珈琲を飲み干して再び車に乗り込む。
しかしあの女……本当になんだったんだろう……どこかで会った? この伊豆でか? それとも……次回会うことへの宣戦布告? まさかな。まあいいや。あの女のことは次に会った時に考えよう。
それよりは……
紀子は助手席で様々な『都市伝説』の話を語り始める。
それをBGMにして、俺もアクセルを高らかに踏んだ。
三島紀子の指示通りのルートを進む。
そしてついたとあるバスの終着駅の町。
ここいらはそこそこ栄えているな。
紀子の計画ではここで物資を調達し、持って行かない荷物を置いておく『基地』を作るとのこと。
「ねー! ここの宿、泊まりたいの! いまはオフシーズンだし空いていると思うわ!」
「ああ。行っておいで」
とりあえず一服したいところだが……ここは我慢だな。
紀子の荷物を持ち、紀子のあとをついてゆく。
「お兄ちゃん、ありがとね」
すごいな。この順応力。
紀子が部屋の指定をしている。ふむ。佐々目みのり、佐々目洋介。どうやらここからは偽名で行くっぽいな。だが俺は微妙にそのままか。……笹を佐々にしたのはわざとか間違えているのか。
「お兄ちゃん、住所面倒だから書いておいて!」
うながされるまま池袋の住所を書く。転送されるダミーのほうのだが。
荷物を部屋に置き、バス停前の喫茶店に移動ということになった。
ああ、一服したい。
しかし古めかしい店だな。レトロってよりはオンボロだ。
古臭いドアベル付きの扉をカランコロンカランと開けると、奥の席へと案内された。
「で。なんで喫茶店なんだ? 宿で十分だろ?」
「だめだめ、あんな場所。きっと仲居さんが耳ダンボだよ」
「喫茶店の方が不特定多数に聞かれるだろうし」
そう言いながらもあのメイドのおばはんの声を思い出す。メイドとか中居さんとは同じではないが、そういう印象を持つのはうなずけるくらいの勢いはあったな。
「……だって……」
だって?
「……だって、同じ部屋にされちゃったんだもん……」
「だから、兄妹なんて言わずに……」
まあ、俺は車で寝るつもりだがな。
「一緒に行動するのに兄妹のほうが自然でしょ?」
10歳近く離れているのを兄妹ってのもちょっと胡散臭くもあるが。
「まあいい。俺は車で寝るからどっちでも」
「え、あ……そ、そんな。それはちょっと悪いっていうか」
「いや、紀……みのりは、自分がどういう立場かってことをもうちょっと考えたほうがいい。俺は」
声を小さくする。
「依頼人に手を出したりはしない。だが世間は、実際に出さなかったかどうかでは判断しない。みのりの将来を傷つけるわけにはいかないからな、泊まったという事実がないのを守る」
俺はまっすぐに紀子の目を見つめた。
「で、でも……あの女の人が来たら?」
「開けなきゃいいだろう。朝が来るまで」
「……そ、そうね……でも、なんか怖い」
いや、まずい。さすがにそれは……




