#10
人肉腸詰工場。
紀子の部屋に残された雑誌にあった工場とか都市伝説とかいうキーワードはそれか。
「いや。……さっきの作家の作品とか?」
「あのね……」
俺は車を止めた。結果的に紀子の言葉をも遮って止めてしまった。
「きゃっ……な、なに?」
「さっき伝えてくれた旅館だよ。昨日、君が泊まったっていう」
「……びっくりした。ありがと、待っててね」
「荷物運び、手伝うよ」
「あ、ありがと……」
親切ってよりは見張りの意味もありなんだけどな。『ママ側』の人間がここを突き止めていないとも限らない。
「ありがと。予備のPCとかも持ってきたから重たくて。男手っていいわね!」
「どういたしまして」
「ほら、また!」
「え?」
「なんかさ、怪しまれるじゃん。そんなしゃべり方だと。探て……そうね、お兄ちゃん。これからお兄ちゃんね!」
お兄ちゃん?
「私のことは紀子って呼び捨てで。おっけぃ?」
ここは乗っとくの一択か。
「OK」
……妹……か。どんなもんなんだろうな。
俺は確か一人っ子だったから。
自分の記憶に「確か」なんてつけてしまうことに苦笑いする。
小さい頃のことはあまり思い出さないようにしていた。昔はもっと意図的に。最近は本当に思い出せなくなってきている。
一人っ子。
……妹……? いや、妹なんか居なかった。
俺は浮かび上がりかけたおぼろげな記憶をまた呑み込んだ。
「準備もおっけぃ!」
荷物は全てトランクに入れ、ご機嫌な紀子を助手席に乗せて俺たちは出発した。
幸いなことに追っての来ている気配はない。
ちょっと走りはじめると、紀子は人肉腸詰工場の話題を再び持ち出した。
「あのね、陶蝶の最初の作品『魔女狩られ』ってのはね、実話だって言われてるの」
「どんな話なんだい?」
「このへんのそこそこ名家の生まれなのね、陶蝶は。で、あるとき一人の人が助けを求めてきてね。どうやらどこかの村にね、捕まってたらしいの」
「伊豆の?」
「そう。そこの工場で殺されかけたって……人をミンチにして腸詰めにしている工場でって!」
工場。
伊豆。
噂。
小さい頃に聞いた話が、耳鳴りのように、頭の中に戻りかけてくる。
「陶蝶はね、自警団を組織してその村に乗り込むのよ」
「へえ。その村では何があったの?」
「『恐ろしいもの』を『見た』らしくて、自警団の何人かは発狂して、あとは海にひきずりこまれたっていう展開ね。小説では」
「陶蝶は生き残ったんだ?」
「一人だけ、ね。で、自警団の人たちを見捨てたってことで一気に周囲からの信用とかを失って、そしてそのごたごたのまま戦争が始まったの」
「何があったんだろうな……」
海に引きずりこまれる。
それは、俺の中にも微かな記憶がある。
幼少時の……洞窟?
洞窟の奥にもうひとつ洞窟が……
そこに、誰かに…………だめだ、思い出せない……
「……お兄ちゃん!」
「あ、はい」
まただ。
最近、記憶のはるか向こうから波のようなうねりが静かに押し寄せてくる。
次から次へと。
その海を乗り切ろうとアクセルを踏む。
「読みたくなったんでしょ? 陶蝶」
紀子はリュックから古びた本を一冊取り出した。
「遠慮しておくよ。ホラーよりもハードボイルドが好きなんだ」
「かなり真剣に考え込んでたわよ。ストーリーが気になったわけじゃないの?」
紀子は勘が鋭い。
あんまりぼんやりもしてられないな。
「伊豆だからな。ここは」
「そうなのよ! ここの近くのはずなの、人肉腸詰工場! 記事、見たんでしょ?」
「いや、読んではない。メイドさんがたっぷり1時間かけて説明してくれただけだから、あくまでも伝聞だ」
「あはは。タマさんだ。話長いし飛ぶし。よく途中で投げ出さなかったね。お兄ちゃん、えらーい」
三島紀子の中で俺は、同じ学年の友達か何かなのだろうか。タメ口でいいよとは言われたが、まあ、なんというかまだ慣れない。それとも世の中の兄妹ってみんなこんな感じなのか?
というか、バイクが一台、近づいてきている。




