#9
「インターネットってやつは君の居場所まで分かるものなのか?」
「違うわよ。聞き込みだけで陶蝶記念館まで来れたってのがすごいってこと。どのくらいかかった?」
「依頼を受けたのは昨日の昼過ぎ」
「はや! 優秀じゃん!」
「どうも」
悪い気はしない。
「ママがね。デザイナーなの知ってる?」
「インテリアなんとかです……だっけ?」
まだ敬語が混ざりそうになるな。
紀子の表情は笑顔に変わっている。
「そそ。でね、こないだ先物取引で赤字出したのよ。そしたら今まで興味なかったうちの会社の利権を欲しがっちゃって」
「へえ。毎回そんななのか?」
「会社がからんだ今回みたいな大掛かりのは初めて。初めはね、夫婦喧嘩から始まってお互いを罵って、先に私を連れ戻した方が勝ち、とか変な話になって」
つまり家出常習犯ってことか。
「ふうん」
「驚かないのね」
「驚く……って?」
「今まで私を連れに来た奴らはろくなやつ居なかったわ。話通じないし説教するし。ママが送ったのなんて一度ひどいのいたよ。ママの愛人のくせして私に手を出そうとしたの」
すごいな。女ならなんでもいいってのかよ?
男なら、付き合った女を並べたときに、そこにスジの通った美学が浮き上がらなきゃいけねぇ。
身につけるモノや付き合う相手ってのは、本人以上に本人を表すからな。
「俺は依頼主の環境には口を出さない主義だからな。見合うだけの報酬をもらえるならどんなことでもする。それがプロの探偵だ」
「かっこいー。いいプライド持ってるじゃん」
「どうも」
「ひょっとして内心むかついてる? 生意気なガキだ、みたいに……」
大胆で厚かましい娘かと思っていたが、それなりに細やかな神経を使うようだ。
「いや、コンピュータを使えるって時点ですごいよ」
「それ、あまり嬉しくない。いまどき小学生でも使えるし」
ふむ。
なんだかんだ言っているが、認められたいとかかまってほしいとか、そういう気持ちはやはりあるようだ。
コドモをコドモ扱いして、失敗しそうになったことは過去に何度かある。
だから俺は相手が誰でも全力で、クールに接することにしている。
……例え相手が猫でも、だ。
「俺からみたら、小学生でもすごい」
「ほんとにパソコンできないの? っつーか、携帯も持ってなかったよね?」
「どちらもさわったことはない」
「えー! 携帯持ってない人なんてこの世の中にいるの?」
「ここに居るじゃないか」
「……うわー……だから、カーナビもつかってないんだ……」
「使わなくても特に困らないしな」
紀子は横で地図を開いて眺めている。
もうすぐ街まで戻れるな。
紀子の『ママ』が雇っているはずの連中が居るとしたら、ここからが危険な場所。気が抜けないところだ。
「……ねえ。どんなことでも、って、コロシとかもしたことあるの?」
「ぶっ」
突然の紀子のフリに、つい吹き出してしまう。コロシって!
「そりゃ、変なマンガの見すぎだよ」
「そっか。なんか面白い依頼ってあった?」
「なかなかないよ。めんどくさかったり、汚れたり、自分は忙しくてできないようなことを金で代わりにやってあげるってだけだからね」
「そうだよね……」
やばい。テンション下がった……
面倒くさいってのはNGだよな。親にかまってもらえてないっての、けっこう繊細に反応しているっぽいし。
「あとはさ、一応プロだからね、自分でやるより依頼したほうが確実って言ってくる依頼主も多いよ。入れ違いになったりしないから結果的に早く達成できる、とかね」
これでどうだ?
紀子はしばらく窓の外を眺めていたが、静かにぽつりとつぶやいた。
「……ありがと。探偵さん。ほんと、ヒットよ」
「光栄です」
その後しばらくしてこちらを向いたときには笑顔になっていた。
「やっぱ、車いいなぁ!」
「行きは歩いたの? あの道」
「だってさ、そんなに距離ないって聞いたのよ」
「お疲れ様」
「……ママの方がどういうの雇ったか分からないけど、今回はパパの勝ちかな」
「こりゃ責任重大だ」
「今回はいつもよりオオゴトだから、ちょっとわがままするにはいいチャンスなのよね」
「わがままってのが旅行?」
そのとき、彼女の表情が変わった。
「人肉腸詰工場、って知ってる?」




