第十七章 選択肢の中身
翌朝、部屋の扉の下に封書が挟まっていた。
差出人の名前はない。封蝋は赤で、押されていたのは数字ではなかった——薔薇の紋章だった。後宮内の薔薇庭園を管理する職の印。誰でも手に入るものではないが、誰の印かを特定するのも難しい。
中には一行だけ書いてあった。
——本日正午。薔薇庭園の東屋。
私は封書を握りしめて、少しの間立ったまま考えた。
行くべきか。罠かもしれない。でも、侯爵が私を消したいなら昨夜の応接間で済んでいた。あの人はもっと別のことをしようとしている。
——選択肢を差し上げに来た。
内容を知らずに決断はできない。
私は封書をドレスの内ポケットに入れて、朝食を確認してから食べた。
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正午前、シリルを探した。
彼を探したのは初めてだ。いつも向こうから来るから。廊下を歩いていると、向こうの角からちょうど蜂蜜色の髪が現れた。
「珍しい」とシリルが言った。「きみから来るのは初めてだ」
「封書が来ました」
シリルの表情が変わった。笑顔のまま、でも目が動く。
「見せて」
渡すと、一読して、封蝋を確認して、私に返した。
「行くつもりか」
「はい」
「一人では行くな」
「一緒に来てもらえますか」
シリルが少し間を置いた。珍しく、即答しなかった。
「……行こう」と彼は言った。「でも俺は顔を出さない。東屋の外から聞く。何かあれば即座に入る」
「わかりました」
「レオン殿下には」
「終わってから報告します」
「なぜ先に言わない」
「止められるかもしれないので」
シリルが、小さく息を吐いた。呆れとも納得ともつかない音だ。
「きみは……まあいい」
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薔薇庭園の東屋は、庭の奥まった場所にある木造の小屋だった。
中に入ると、シュタイン侯爵がすでに椅子に座っていた。従者も護衛もいない。私も一人で立ち入る。
「来てくれましたね」穏やかな声だった。「座ってください」
向かいに座った。
「昨日の続きを」と私は言った。
「ええ」侯爵はテーブルの上に、折り畳まれた紙を置いた。「これをご覧になってから、選択肢を聞いてください」
紙を開く。
記録簿の写しだった。日付と名前の一覧——見覚えがある形式だ。古文書室でレオンに見せてもらったエリナの業務記録と同じ形式。でも内容が違う。
エリナの調査記録の中から、最後の部分だけを写したものだった。
最終日付の三日前から、エリナの記録に見慣れない名前が繰り返し登場していた。
——アルドリック。
「誰ですか、これは」
「先王の、もうひとりの側近です」侯爵が静かに答えた。「私と同時期に仕えていた。今はもう宮廷にはいません——表向きは」
「表向きは?」
「名前を変えて、今も王都にいます」侯爵は続けた。「そしてアルドリックこそが、勢力①——レオン殿下の廃位を望む一派の中心人物です」
頭の中で、今まで積み上げてきたものが急速に組み変わり始めた。
「待ってください」と私は言った。「それは——」
「エリナさんの最後の調査記録に、アルドリックの名前があります。彼女は私だけでなく、アルドリックの動きにも気づいていた。だから消えた」
「あなたが殺したんじゃないんですか」
侯爵が、静かに私を見た。
「私はエリナさんに、手を出していません」
沈黙。
「……信じろと言っても無理な話ですが」
「ええ」
「では証拠を」
「それが問題です」侯爵はゆっくりと言った。「私には証拠がない。エリナさんを殺したのはアルドリックの手の者です。私の推測では——エリナさんが調査記録にアルドリックの名前を書いたと気づいたアルドリックが、先に動いた」
「でもその記録はレオン殿下が持っています。殿下は私に見せてくれました。アルドリックの名前は——なかった」
「そうでしょう」侯爵の目が、少し細くなった。「レオン殿下が見せた記録は、最後の三日分が欠けていませんでしたか」
息が止まった。
確かに——レオンが見せてくれた記録は、最終日付から三日前で終わっていた。それについて、私は深く考えなかった。調査が終わったのが最終日だから、と思っていた。
「最後の三日分の記録は、別の場所に保管されています。私が持っています」侯爵はそう言って、東屋の外の気配を確認するように一度視線を向けた。「今日お見せするものの写しが、それです」
「なぜあなたが持っているんですか」
「先王から託されていたからです」侯爵の声が、初めて少し変わった。「先王はアルドリックを疑っていました。私に、もしもの場合に備えて保管を頼んだ。そして——先王は死んだ」
静寂。
「私が先王を殺したと思っているでしょう」
「はい」
「先王の食事からジラニア草が出たことをご存じですね。それはアルドリックが仕込んだものです。私ではない」
主張が真実かどうかは判断できない。でも、この展開はあまりにも具体的すぎる。嘘にしては、詳細が多い。
「選択肢を聞かせてください」と私は言った。
「ひとつ目」侯爵は指を立てた。「私の調査への協力をやめて、後宮を静かに去る。そうすれば、あなたはこれ以上危険に晒されない」
「ふたつ目は」
「私と協力する。あなたの鼻で、アルドリックの現在の接触者を追う。私の記録と、あなたの能力を合わせれば——真犯人を特定できる」
「三つ目は」
「ありません」侯爵は言った。「今のレオン殿下と共に動き続けることは、選択肢に入れていません。なぜなら——」
侯爵がテーブルの上の紙をもう一枚、重ねた。
「レオン殿下は、最後の三日分の記録が存在することを知っています。知った上で、あなたに見せなかった」
胸が、冷えた。
「……それは」
「殿下がなぜ隠したかは、私にもわかりません」侯爵は立ち上がった。「でもひとつだけ、事実として申し上げます」
「なんですか」
「三年前、私が後宮に薬師の娘を入れようとしたとき——それを阻止したのはレオン殿下です」
侯爵が東屋を出ていく。
私はしばらく、その場で動けなかった。
テーブルの上に、エリナの記録の写しが残っている。最後の三日分。そこに繰り返し書かれた名前——アルドリック。
レオンは最後の三日分を見せなかった。
レオンは三年前、私の入宮を阻止した。
なぜ。なぜ阻止して、なぜ今は招いた。何が変わったのか。
「アリア」
背後から声がした。シリルが東屋の入り口に立っていた。
「全部聞いた」と彼は言った。顔から笑顔が消えている。
「……シリルさんは、アルドリックという名前を知っていますか」
「聞いたことがある」シリルがゆっくり中に入ってきた。「アシュレイ家の記録に、十五年前に宮廷から姿を消した側近の名前として残っている。詳細は掴めていなかった」
「侯爵の言っていることは」
「全部嘘とは言い切れない」シリルがテーブルの紙を見た。「この写し、本物に見える」
「レオン殿下が記録の一部を隠していたとしたら」
「理由を聞かなきゃわからない」シリルは紙から目を上げて、私を見た。「でも——」
「でも?」
「きみは今夜、レオン殿下に会えるか」
「……会えます」
「会って、直接聞け」シリルが言った。「『最後の三日分の記録を知っていますか』と。その反応を見ろ」
私は紙を折り畳んで、内ポケットに入れた。
「シリルさん」
「何だ」
「あなたは侯爵を信じますか」
シリルが少し間を置いた。
「信じない」と彼は言った。「でも、嘘の中に真実が混じっていると思っている。それがどの部分かを、これから見極める」
東屋の外から、薔薇の香りが流れてくる。白い花びらが、風に揺れていた。
私はシリルの隣に立ったまま、少しの間そこにいた。いつもなら彼から距離を詰めてくるのに、今日はお互いに動かなかった。ただ並んで、庭を見ていた。
「シリルさん」
「うん」
「怖いです」
「そうだな」
「どうしたらいいかわからない部分もある」
「わかった」シリルが、静かに私の手を取った。ボディタッチではない——もっと違う、確かめるような触れ方。「それでも動けるか」
私は少しの間、その手の感触を確かめた。
「動けます」
「ならいい」
手が離れた。
今夜、レオンに会う。
全部を話す。そして——答えを聞く。




