第十四章 四人会議
翌朝、新しい部屋は南棟の端だった。
昨夜のうちにヴァルターが手配してくれた部屋は、前より少し小さいが、清潔で、薬草の匂いもしない。窓から白薔薇の庭が見える。
朝食を確認してから食べて、着替えて、医務室へ向かった。
扉を開けると、中に三人いた。
エリアス、レオン、ヴァルター。
三人が同時に振り返った。狭い医務室に、随分と密度が高い。
「おはようございます」と私は言った。
「来た」とエリアスが言う。「丁度よかった。昨夜の枕の成分が出ました」
テーブルに分析メモが広がっている。私はその端を覗き込もうと前に出た——ちょうど同じ瞬間にレオンも前に出て、肩が触れた。
「失礼しました」
「いや」
レオンが一歩引いて、メモを私の方に向けてくれた。
ジラニア草の抽出液、濃度は吸入による効果を想定した量。長時間睡眠している間に吸い込み続ければ、数日で判断力が著しく落ちる——エリアスの分析にはそう書いてある。
「部屋を変えて正解でした」
「当然だ」とヴァルターが言った。
そこへ、ノックもなく扉が開いた。
「おはよう」
シリルだった。
医務室に四人目が入ってきて、部屋の密度がさらに上がった。シリルが人数を見回して、軽く口笛を吹く。
「集まってる。俺も混ぜてほしいな」
「盗み聞きの前に入ってきたのか」とヴァルターが言った。
「盗み聞きはしてないよ。廊下で気配を感じただけ」
「変わらないな」
「殿下も変わらない」
二人が淡々と言葉を交わす。険悪というより、長年の慣れのようにも聞こえる。
「シリルさん、昨日の件を話してもいいですか」と私は聞いた。
「もちろん。俺も話したいことがある」
エリアスが「では整理しましょう」と言って、椅子を並べた。小さな医務室に五人分の椅子は入らないので、私とエリアスが座り、残りの三人は立つ形になった。必然的に、私の周囲三方にレオン、ヴァルター、シリルが集まる格好になる。
……これは落ち着かない。
「情報を出し合いましょう」とエリアスが言う。「まずレオン殿下から」
「昨夜アリアから聞いた件と、私の手持ちを合わせると」レオンが語り始めた。「シュタイン侯爵は十二年前に宮廷入り。先王の側近として信頼されていたが、先王の死後に国王の顧問に転じた。先王の食事からジラニア草が検出されたのは私の調査によるものだが、表には出ていない」
「先王が死んで一番得をしたのは誰ですか」と私は聞いた。
「先王に子がなかったため、弟——現国王が即位した。シュタインは現国王の代になってからも地位を保っている」
「シュタインにとって、現国王の方が都合がいいんですか」
「そういうことになる」レオンは静かに続けた。「現国王は政治的に温和で、顧問団の意見に従いやすい。先王は独断で動くことが多かった。エリナさんの調査を命じたのも先王の独断だ」
「先王の方が、シュタインにとって邪魔だった」
「おそらく」
シリルが引き取った。
「アシュレイ家の記録でも同じ結論に至っている。シュタインの目的は政治的な影響力の維持だ。都合の悪い人間を毒で排除し、自分に都合のいい人間を据える。先王、エリナさん、父——みんなシュタインにとって邪魔だった人間だ」
「お父様の今の容体は」とエリアスが聞いた。
「安定はしている。でも回復していない」シリルは珍しく、淡々とした口調で言った。「ジラニア草の解毒には時間がかかる。早く毒を断ち切らないと」
「解毒は可能ですか」と私は聞いた。
「長期摂取の場合、完全な回復には半年から一年かかります」エリアスが答えた。「でも毒を断てば、それ以上の悪化は止まる」
「シュタインを止めれば、お父様への毒も止まる」
「そういうこと」シリルが私を見た。「だから俺は止めたい」
私の右肩のすぐ近くにシリルが立っていて、左側にはレオンがいる。背後にはヴァルターの気配。医務室が小さいのか、それとも三人が自然と近くに来るのか——たぶん両方だ。
「作戦を立てましょう」とエリアスが言った。「シュタイン侯爵を引き出す方法です」
「証拠が必要です」と私は言った。「目撃証言だけでは、貴族相手には不十分ですよね」
「そうだ」とレオンが頷く。「現行犯に近い形、あるいは毒の供給経路を押さえる必要がある」
「厨房の引き出しに保管されていた乾燥薬草は、まだそのままですか」
「ある」とヴァルターが言った。「動かしていない」
「では、それを使えます」
四人が私を見た。
「三日後に第二回の選定試験があると通知が来ていますよね」私は続けた。「試験前日の夜に、誰かが薬草を補充しに来るはずです。試験当日に使うために。そこを押さえられれば」
「現行犯に近い形になる」とシリルが言った。「面白い。でも——」
「でも、補充に来る人間はシュタイン侯爵本人じゃない」とレオンが言う。「手を動かすのは、宮廷内の協力者だ。そこから侯爵本人まで繋げられるかが問題になる」
「一度に全部は無理だと思います」と私は言った。「でも協力者を押さえれば、侯爵に動きが読まれる前に証拠の一部にはなる」
レオンがしばらく考えた。
「……実行できるか」
「私が厨房近くで待ちます。匂いで人が動いたことを感じ取れます。補充の瞬間に——」
「それは駄目だ」
レオンとヴァルターが同時に言った。
二人がお互いを見て、それからまた私を見た。珍しい。この二人が同じタイミングで同じことを言うのは初めて見た。
「危険すぎる」とレオンが続けた。
「私以外に誰が匂いで判断できますか」
「それは——」
「やります」と私は言った。「条件を決めましょう。逃げ道の確保と、すぐに応援が来られる距離にいてもらえれば」
三人が黙った。エリアスが眼鏡を外して目頭を押さえる——彼のこのしぐさは「困っている」サインだとわかってきた。
「……俺が同行する」とシリルが言った。「一番不審に見えない組み合わせで動けるのは俺だから」
「私もいる」とヴァルターが言った。
「二人もいたら逆に目立つ」とシリルが返した。
「お前ひとりでは足りない」
「殿下だって白い外套のまま夜中にうろうろしてたら——」
「脱ぐ」
「え」
「外套を脱ぐ。それだけだ」
シリルが一瞬言葉に詰まった。「……それはそれで困る」
「なぜだ」
「いや別に。いいよ、二人で」
私はこの会話を聞きながら、ひとつ気づいた。
「あの、ひとつ確認ですが」
「何だ」と二人同時に返ってきた。
「ヴァルター殿下もシリルさんも、前日夜に厨房付近にいることになりますよね。第二回選定試験の前日。審査側の人間が前日夜に厨房付近にいたら、翌日の試験に何か仕掛けたと思われる可能性がないですか」
沈黙。
「……それは」とシリルが言った。
「考えていなかった」とヴァルターが言った。
「ですよね」
エリアスが、疲れたような顔で「では再度検討しましょう」と言った。
医務室の、密度の高い朝が続いた。
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一時間後、作戦の骨格ができた。
前日夜ではなく、試験当日の早朝——補充のタイミングを厨房の使用記録から絞り込んで、そこで待つ。表向きはアリアが薬草園を早朝散歩する体裁で動き、ヴァルターは見回りの延長として近くにいる。シリルは別経路で厨房の出入りを監視する。エリアスは医務室で待機、何かあれば即座に来られる距離。
「レオン殿下はどうされますか」と私は聞いた。
「私は動かない」レオンは静かに言った。
「なぜですか」
「私が動けば、シュタインに悟られる。奴は私の動きを見ている」
それは正しい判断だった。でも。
「殿下は、待つのが一番つらいですよね」と私は言った。
レオンが、少し意外そうな顔をした。シリルが「珍しいことを言う」という顔で私を見た。ヴァルターは表情を変えなかったが、視線が動いた。
「……そうかもしれない」とレオンはしばらく後に言った。
「うまくいったらすぐ報告します」
「頼む」
そのひと言は短かったが、重かった。
解散のとき、シリルが最後に残って私の耳元に顔を近づけた。
「アリア、ひとつだけ」
「何ですか」
「うまくいかなかった場合の想定もしておけよ」
翠の瞳が、珍しくまっすぐだった。笑っていない。
「……します」
「それだけ」
シリルが出ていった。
廊下に出ると、ヴァルターがまだいた。
「聞いていましたか」
「聞こえた」
「私、ちゃんと逃げ足の準備もしますよ」
「……知っている」
ヴァルターが先に歩き始めた。並んで廊下を歩く。
「殿下」
「何だ」
「試験まで三日、よろしくお願いします」
ヴァルターが少し間を置いて、
「ああ」
それだけ答えた。でもその一言に、前より多くのものが込められている気がした。




