第十六話 翼を広げよ!
――祝えや 祝え
花が降る。
――祝えや 祝え
鈴蘭、水仙、クリスマスローズ、パンジー、トランペットフラワー
――降りかかる雨のごとき祝いを
人の知覚では捉えられないが、あえて言語化するならば、虹色の燐光そのものが鳥のような、蝶のような、そのような形をしているのが花神だった。
花神から溢れ出る花々が、ルルディ嬢に降りかかる。
言葉を発しているわけでも、音を発しているわけでもないのに、頭の中に音と意味が響き渡る。
「永の別れを申し上げます」
誰もが身動きできず、息さえも止めて見つめる中、ルルディ嬢が言葉を発した。
「この国の土を踏むのも今日を限り。名を奪われ、国に捨てられての首途でございます」
その声はさして大きくもなく、張り上げられた声でもなかったが。
人の声として、人の耳に、はっきりと聞こえた。
――惜し
リコリス、スノーフレーク、バルーンフラワー、スパージローレル、シクラメン
花がルルディ嬢に降りかかり、黒に近い濃茶の髪に絡みつくことなく滑り落ちる、肩に、腕に。
零れ落ちた花は、そのまま地面へ。
花が地面へ届く頃には、花神は姿を消していた。
~・~・~
~・~・~
私が水を遣った花を。
私が見れば。
――虹色の光が訪れた。必ず、いつも。
そして花を愛でるでもなく、ただただ私を祝われた。
お父様は、私を怒鳴りつけた。お父様はご自分の花が選ばれるのを待っていたのに。
お母様は、私を詰って打った。お母様はお祖母様の次は自分だと、順番を待っていたのに。
前庭の美しい花々は切られて抜かれて、葉色を楽しむ色葉植物に置き換えられた。屋敷に咲いていた花はすべて私の前に運ばれた。
お母様がいなくなって……おそらく、お父様と同じ。
下から――お母様の椿があった塔の下から光が上がれば。何を置いても、お母様は塔の下を覗き込む。浮遊盤の安全確認なんてせずに、飛びついて下りようとする。
私は聞いて、知っている。塔の下にお父様がいて、一番に駆け寄ったのがお父様で、その時の浮遊盤はお父様が妻の形見だと言って回収したのを。
諦めきれなかったお父様は、屋敷から少しだけ離れた場所に花壇を作った。
私には決して入らないよう命じて、見張り兵まで配置して。
高い塀を築いて、私の視界から隠した。
お兄様は薔薇や蘭といった、美しいけれども高価で手のかかる花は非効率だと排して。パンジーやポピーといった育てる期間が短くて、花を多く咲かせる一年草を用意した。
そして咲けば咲くほど、花はただただ触媒になっていった。ただの一度も、綺麗も、可愛いも、愛でられることなく。
だから祝いの花が降るたびに、私は思った。
これは呪いなのだと。
~・~・~
~・~・~
音一つなく静まり返る中、一陣の風が吹き、地面に落ちた花がビュロン第一王子の足元へと転がっていく。
ほんのわずかな時間ではあったが、至近距離での神との邂逅。呆然自失となっていたビュロン第一王子だったが。
「神の……神の花! 祝福どころじゃない、神御自らの花!」
触るな、これは私のものだと、叫び。地面に膝をつき、一片も零すものかと土ごと腕でかき抱く。パンジーの鉢植えを持っていた兵士が「祝福の、花……」と、先ほどまでぞんざいに持っていた鉢植えを大事に抱えなおす。
そして、気付いたのか――腕を、手を、指を土で汚したビュロン第一王子が顔を上げた。
「お前……お前がっ……本物の、花神の娘だったのか――!」
ビュロン第一王子が土に塗れた手を、ルルディ嬢に伸ばそうとしたその時。
「翼を広げよ!」
鋭い声が響き渡り。
ばさり、と旗が振られた。
最初に目に入るのは血のような真紅。
次に目に入るのは、翼のように中央から左右に分かれた真っ白な羽。
トランペタスの声が大空に羽ばたいた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
ケレアウィスが死告鳥、キグナスバーネなり!」
馬に乗ったクライファスが、這いつくばるビュロン第一王子を見下ろした。豊かな金髪は陽を受けて王冠のごとく輝き、鷹のようなトパーズイエローの瞳が鋭く射抜く。
マントの表地の白が、羽の白にはためき。
マントの裏地の赤が、旗の赤に揺らめく。
翻る軍旗を背に、随員たちが高らかに唱和した。
――蒼穹に翻るは、真白き大翼
――暗雲蹴散らす我らが行く手、遮るものなし
――地に伏す者どもよ、とくとその目で仰ぎ見るが良い!
随員たちの唱和が終わると同時に、トランペタスの号令が響いた。
「出立!」
吹く風が、トランペタスがマントを大きく翻す。
マントの表地の白が羽の白にはためき、マントの裏地の青が空の青に溶け込んだ。
~・~・~
二人乗りをしたクライファスとルルディ嬢を先頭に、旅団全員が馬を走らせる。
「山まで着けば我らが領地です。ベニスィー国にいる時に報せは出しているので、もうそろそろ迎えと合流できてもおかしくありません」
安心させるよう笑いかけるトランペタスに、ルルディ嬢が顔を曇らせた。
「もうしわ……」
「王命でもって国外追放したのはあちらです。ルルディ嬢に非はありません」
トランペタスの言葉に乗って、そうだそうだ、と随員たちが囃し立てる。
「王命の撤回はないでしょう。なので、力づくで取り返しにくると思いますが……」
クライファスにも、容易く想像がついた。王命を撤回することなく、力づくでルルディ嬢を捕らえ。王家はその存在を公にすることなく秘したまま、ただただ触媒を作る奴隷とするだろう。
「こちらは二十騎。殲滅にはその倍の戦力が妥当でしょうが、こちらはキグナスバーネです。確実を喫するなら、三倍は必須。小国クリサンセム国において、六十騎の即戦力は難しいかと」
トランペタスが安心させるよう微笑む。
「殿下も、よく時間稼ぎをしてくださいました」
ビュロン第一王子が王城へ取って返し、王へ説明し、それから六十騎分の兵装を整えての出陣。どう考えても、身軽な二十騎が山へ辿り着く方が早い。おまけに、途中で迎えと合流して戦力増加の可能性もある。
「事件解決も見事でした。妹への土産話にさせていただきますね。題して『名探偵クライファス王子の事件簿』と」
「やめてくれ。俺は別に、謎を解いてないだろう? それに証拠とか証言とか、トランやみんなが集めたじゃないか」
それに、とクライファスは続けて。
「最後の謎を解いて、道筋を整えたのはルルディ嬢だろう?」
二人乗りでクライファスの前に横座りで騎乗しているルルディ嬢が、小さな声でささやかに反論した。
「私はただ、浮遊するかしないかを答えたぐらいで。私が解いたわけではないかと……」
三人は解決の名誉を譲り合ったが、土産の「話」だからと押し切られ。
「じゃあ、トラン。せめて名探偵はやめてくれ。そうだな……『名ばかり探偵』とでもしておいてくれ。それなら、まあ、なんとか」
そう言って渋々頷いたクライファスに、ルルディ嬢の口元が少し綻ぶ。
それを見て。
――長く風雪に耐えた古木には畏敬を覚える。
――その古木に花が咲いたなら感動を覚える。
それが、美しいと思った、ということなのだと。
暖かさに枝を伸ばし葉を広げ、瑞々しさを取り戻して花を咲かせたルルディ嬢を見て。
クライファスが自覚するまで、あと少し。
そして始まる、自己肯定感低めの不器用男と、臆病な才媛との、両片思いじれじれラブコメディ! クライファス王子はたぶんきっと、「かっこいいポーズ」の練習をします。
これにて完結です。お読みいただいてありがとうございました。
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