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第十五話 断罪


 実の兄からの憎しみに満ちた眼差しと絶叫に、ルルディ嬢は反射的に身を固くさせたが。一度目を伏せ、そして次に顔を上げた時には、その眼差しは凪いでいた。


「お別れを申し上げます、お兄様」

 ルルディ嬢が感情の抜け落ちた表情と声で答える。


「お前っ、お前は実の兄を売ったのか! やはりお前など、早々に毒杯か病死として、一生、領地に閉じ込めておけば良かった!」


「私は、私がこの国にいない方が良いと判断しました」


 怒り狂うカラモス卿に比して、ルルディ嬢は淡々とした態度を崩さない。

 しかし、ルルディ嬢のどこか茫洋とした眼差しに、クライファスは危うさを感じた。先ほどの言葉も、会話と言うよりも――感情が麻痺しているだけに思えた。

 トランペタスも同じように思ったのか。

 

「クリサンセム国の第一王子は、父殺し、当主殺しの継嗣殿をどうなさるおつもりでしょうか」


 ビュロン第一王子を促し、カラモス卿の捕縛へと誘導した。

 カラモス卿は長子で、継嗣。それが父殺し、当主殺しを行った。

 ビュロン王子は長子で、第一王子。それが父殺し、当主殺しを犯した継嗣を放置すれば――父王がビュロン第一王子を何と思うか。

 捕縛。

 ビュロン第一王子に選択の余地はなかった。


 ビュロン第一王子が兵士に命じれば、カラモス卿は囲まれ、押さえつけられ、連行されていく。

 最後に、カラモス卿は何か言おうとして口を開いたが。黙ってクライファスの傍に佇むルルディ嬢()、そして、ビュロン第一王子を見て。

 嘲笑うように唇を歪め、口を閉じた。


 口汚く罵っていたカラモス卿の、あっけない退場に一瞬の空白が生まれるも。トランペタスがすかさず次へと誘導する。

「キーボス侯爵家の次代当主、本来であればルルディ嬢も候補に上がるかとは思いますが」


 視線を向けられた執事が、慌てて答える。

「は、はい。あと、領地には旦那様の……亡くなった旦那様の弟君がおります。王都には旦那様、領地は弟君、だったのですが……」


 兄のカラモス卿がこうなってしまうと、ルルディ嬢が総領娘という状況に。前当主の娘であるルルディ嬢が主筋ではあるが、だからと言って今から当主というわけにも……。

 まだ若いルルディ嬢よりも、侯爵の弟が当主になるほうがまだ妥当である。

 困惑顔の執事に、トランペタスがさらに畳みかける。


「しかしながら。ルルディ嬢はその横暴さにより、ビュロン殿下から婚約破棄をされました」


 クライファスは聞きながら、横暴なルルディ嬢、の部分に本当に誰のことだ、と繰り返し思った。


「王家から咎められた者を当主などと、あまりにも王家に対して無礼ではありませんか。それどころか、侯爵家に名を残しておくことさえ不敬極まりない」


 クライファスは想った。

 トランペタスが属するキグナスバーネ侯爵家の、王家への態度を。


 ――無礼? 不敬? 俺は聞いたぞ、王家へ反旗を翻す決定を即断した男が現在のキグナスバーネ侯爵家当主だって!


 クライファスは場を読んで口を噤んではいたが。表情を作ることも忘れて、淀みなくしゃべるトランペタスを凝視した。


「王家も。ルルディ嬢の傍若無人な態度に、やむを得ず婚約破棄をしたはずです。それなのに、その当人がキーボス侯爵家の名を背負って再び社交界へ、とは」


 王家の面目は丸潰れですねと、トランペタスがさも同情している風に語る。

 言われてビュロン第一王子も、ルルディ嬢が社交界へ返り咲くことを如実に想像したのか、渋い表情を浮かべた。


「ところで。本日のキーボス侯爵家への来訪は横暴なルルディ嬢の処罰、幇助(ほうじょ)した使用人の連行、と伺いましたが」


 その通り、とビュロン第一王子が尊大な態度で首肯する。

 婚約破棄から始まった出来事は、キーボス侯爵家の財を奪う、無理を通して道理をねじ伏せるための王命。故に、あくまでも瑕疵はキーボス侯爵家にあると、ビュロン第一王子は強気な態度を崩さない――崩せない。


「ルルディ嬢の処罰――毒杯は、父を亡くしたばかりの令嬢にあまりに厳しい。王家の方々の、苦渋の決断の心を知らず、批難する者が現れるかもしれません」


 愁いを帯びた表情で、難しい立場への同情を滲ませてトランペタスが語ると、ビュロン第一王子も眉をひそめて考え込んだ。


「では、領地での終生の謹慎処分はというと。次にキーボス侯爵家当主となる方にとって、前侯爵の忘れ形見とはいえ婚約破棄をされたルルディ嬢、その扱いに困るのは必至。

 ――であれば、王命による処罰は『国外追放』が最善ではないでしょうか」


 ビュロン第一王子が顔を上げ、ケレアウィス国(他国)の第三王子であるクライファスを見た。

 クライファスは慌てて表情を取り繕い、せいぜい偉そうに見えるよう大きく頷いた。


「家名剥奪、国外追放、それが傍若無人の末路に相応しい。ルルディ嬢のことは、平民の使用人としてこちらが預かろう。二度とクリサンセム国の土を踏ませぬと約束する」


 打ち合わせ通りの台詞をクライファスは口にしたが、違和感しか覚えなかった。まさしく、(従順)(横暴)と言いくるめている。

 表向きは堂々と言い切ったクライファスをビュロン第一王子が見つめ、次いで、ルルディ嬢に視線を向けた。

 反抗的な態度一つ見せずに、ルルディ嬢が大人しく目を伏せる。


 クライファス、そしてルルディ嬢の様子から、すでに話はついているとビュロン第一王子は見て取った。少し考え、言う通りにした方が無難に事が進みそうだと判断する。

 大国ケレアウィス、そしてキグナスバーネ侯爵家、そのどちらとも干戈(かんか)を交えたくはない。


「よかろう。命を差し出させない慈悲に、その命尽き果てるまで(こうべ)を垂れているがいい」


 ビュロン第一王子が命じると、祐筆が国外追放の令状を書き記した。王の代理人としてビュロン第一王子がサインする。

 この瞬間、断罪は成された。


 ――国外追放


 地面から引き抜かれた花が捨てられるように。

 キーボス侯爵家から引き剝がされた家名無き(ただの)ルルディは、二度とこの国の土を踏まぬよう追放を言い渡され(捨てられ)た。


 全員が塔の前から正面玄関へ移動する。

 そこには総勢二十名の、旅装を整えた随員たちがそろっていた。笑顔でクライファスたちを迎える。クライファスが侯爵転落を殺人事件だと立証している間に、急ぎ出立の準備を整えたのだ。

 馬を前に、クライファスがルルディ嬢に乗馬の経験を(たず)ねる。


 その時。

 本館から、国軍の制服を着た兵士がビュロン第一王子に駆け寄って来た。手に持ったいくつもの紫の花を咲かせたパンジーの鉢植えを見せる。


「殿下、中庭に大量にパンジーの鉢植えがありましたが……咲いている花はこれだけで、しかも祝福の花ではありません。それどころか、屋敷中、どこにも『花』がありません!」


 最初は小声で、最後は悲鳴のように何故!? と叫ぶ兵士に、ビュロン第一王子までも驚愕の声を上げる。

 そして。

 声に驚いて、ルルディ嬢は振り返った。振り返ってしまった。

 ルルディ嬢の目に、紫のパンジーの花が映る。毎日、手ずから水をやっていたパンジーの内の、その一鉢。


 突如、花の上に七彩が揺らめいた。

 朝焼けの光ではない、昼の陽炎でもない、輝光石による人工光彩でさえない。

 本物の光輝が百花繚乱、千紫万紅(せんしばんこう)の色彩を放つ。


 色鮮やかな光彩は次第に膨れ上がり、等身大から人の背丈の倍ほどに変化し続け。

 そして。

 赤、青、黄、紫、緑――虹色の燐光を放ち、その姿は鳥のようにも、蝶のようにも、はたまた大きなヒレで跳ぶ魚のようにも見えた。


 ――花神、光臨。


次回16話(最終話)、本日(4/3)の夜に投稿して完結となります。

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