第十四話 VS ルルディ犯人説
花神の来訪は、クリサンセム国にとって誉れであり、金銭的恩恵もある。貴族であれば少しでも腕の良い庭師を雇い、領地でも花の栽培を奨励する。
領民の育てた花であろうと、庭師の手がけた花であろうと、来訪があればすべからく「自分の花」と吹聴する。
広義で言えば間違いではない。領民や庭師の育てた花は領主のものである。だから自分の花、と。
しかし。
本当の本当に自分が手掛けた花であれば――たとえ一度でも水の一滴、垂らしさえしていれば――社交界でこれ見よがしに、自分が育てた花、と喧伝する。
それがクリサンセム国の慣例であり、家の格が一気に上がる慣習だった。
亡き侯爵の、悲願だった。
「いや、待て。花園の花は、『ただの花』だった」
聴衆が納得しかけた所に、ビュロン第一王子が否定の声を上げた。先ほど花園に行った兵士が持ち帰ったものは、美しい白薔薇。
そう、「ただの美しい白薔薇」で、花神の祝福はなかったのだ。
ビュロン第一王子の否定に、クライファスが肯定を返す。
「そう、花神の光臨は無かった、それが事実だ。
話は多少変わるが。つい先日、ベニスィー国の水神祭で色付きの輝光石が使用された。その存在を知らない者の方が多いだろう……これだ」
クライファスは小袋から、手の平で包み込める程度の大きさの紫色の石を取り出した。光明の魔法をかけて、空に向かって掲げて見せれば、紫色の光を放って明るく輝く。
「試飲も兼ねて葡萄酒を贈呈したら、渡された返礼がこの色付き輝光石だ。錬金術による産物で、色は問わない。赤、黄、青……様々だ。
それで」
手を下ろして石を袋に片付け、クライファスは改めて語りかけた。
「カラモス卿は事件の時、花園へ輝光石を設置しに行っていた、と言ったな? 侯爵転落の現場で、照明に色無しの輝光石を使って……色付きは使うなと、わざわざ指示していた――つまり、色付きの輝光石を花園で使ったな?」
問いかけはしているが、それは追い詰めるための問いかけだった。
カラモス卿が顔をしかめ、煩わし気に言い返す。
「ええ、使いましたが、だから何だと言うのです。私は花園にいましたよ、父の転落死とは無関係です」
「そうか。俺はただ単に、花園に七彩の光が上がった、その理由を確認しただけだが?」
言いつつ、クライファスはちらっとトランペタスの涼し気な顔を盗み見た。あんな風に落ち着いた表情、と自分自身に言い聞かせ、できるだけ平気な表情を作る。
なお、この間に。
塔の作業場に向かった兵士が戻り、豊潤な魔力を宿したドライフラワーをビュロン第一王子に渡していた。
四階の扉――細い鎖がかけてあり閂が降りていたが、鎖は引きちぎり、閂は外して――の中は、この祝福の花が大量にあったと報告する。ビュロン第一王子は隠しきれない喜びの声で、証拠品はすべて押収せよ、と命じていた。
「話を戻そう。侯爵は、花園を見るために浮遊した。だから三階の犯人に槍で突かれて落とされて、解雇予定の警備兵に鉢植えを叩きつけられた。
ああ、四階に吊り下げられていた鉢植えを落としたのは、恐らくルルディ嬢に罪を着せるためだ。三階の出窓からなら、念動で落とすことができる。
そう言えば、カラモス卿は念動が得意なようだな。あの夜、輝光石を撒いてくれて随分と助かった」
背筋を伸ばし、視線を上げて、聴衆の顔を見て語りかけるように――キグナスバーネ家で鍛えられた、もとい、薫陶を受けた結果。クライファスは余裕綽々な態度を身に着けた。それを遺憾なく発揮する。
「では三階にいた犯人は、その後どこへ行ったか。次はこれを説明しよう。
三階にいた犯人、その後の移動は限られる。
二階への階段、降りれば侯爵の私室で見張りがいる。
四階への階段、上がればすぐ扉で、中にはルルディ嬢がいる。
三階の東の出窓は、音と警備兵の声で人が集まってきている。
残るは、西の出窓しかない」
聞いていた全員が、なるほど、と頷くが。
一人、カラモス卿が大声を上げて遮った。
「お待ちを。いい加減、ルルディを庇うのは止めていただきたい!」
王族の前だと言うのに腕を組み、カラモス卿が形相を歪ませ吠え立てる。
「報告は従僕から聞いている! 昼下がり、案内を終えたルルディは四階の作業場に戻ったと。だったら、犯人はルルディ以外にいないだろう!?
ルルディが夕方、三階に行って槍で父上を突き落とし、止めに鉢植えを落とし、そのまま四階の作業場に戻った!
大体、前庭には警備兵がいる。西の出窓から逃げたなら目立つはずだ」
四階にいたルルディ嬢が、三階に降りて犯行を行い、そのまま四階へ戻ればいい――カラモス卿は、妹が父を殺したのだと、そう主張した。
ビュロン第一王子を含め、聞いていた者が確かに、と頷く中。
今まで堂々とした態度を貫いていたクライファスが、急に狼狽えて、視線をさ迷わせた。
「いや、それなんだが……」
クライファスは視線をさ迷わせ、勝ち誇るカラモス卿を気まずそうに眺め見て。
おもむろに、覚悟を決めた顔つきで話し始めた。
「事件の日の昼、作業場を出てから、ルルディ嬢に花園へ案内してもらったが。その時、ルルディ嬢は閂と鎖をかけて、作業場を出た。
それで花園の案内が終わった後、ルルディ嬢に問えば、塔の四階の作業場に戻ると言う。俺はルルディ嬢にその足で四階まで階段を上らせるのが忍びなくて……マントを浮遊布にして、浮遊で四階へ送り届けて……その」
話が進むにつれ、またもや言い悪げに口ごもり。
「その……出かけた時のままの、外から閂が下りて、出入りできない部屋に送り届けてしまったっ、すまない、ルルディ嬢!」
閉じ込めてしまったと、最後、どうにでもなれと自棄になって叫ぶクライファスだったが。ルルディ嬢としては突然に謝罪され、狼狽えつつもマントをお借りして申し訳ないと逆に謝罪を返す。
俺が私がと言い合う謝罪の応酬を止めたのは、トランペタスだった。
「お二人とも、謝罪もほどほどに。結果的に、良かったじゃないですか」
トランペタスが穏やかに笑いかけ、ドライフラワーを持って来た兵士に確認する。
「鎖を引きちぎり、閂を外して入った、と言いましたね」
兵士が頷いたのを確認し、落ち込むクライファスの代わりにトランペタスが説明した。
「あの時、ルルディ嬢は塔の四階から殿下のマントを使って、浮遊で降りてきました。その後、カラモス卿ご本人に叱責され、作業場に戻ることなく本館の私室へ」
気を取り直したクライファスが、後を継ぐ。
「作業場の鎖はかけられたまま、閂は下りたまま。それは今、そこの兵士が証言した通りだ。だからルルディ嬢が、四階の作業場から三階へ移動して、犯行を行うことは不可能だ」
クライファスは断言した。
あの、ルルディ嬢が四階の出窓から顔を出して、すぐに姿を消した、その理由は。何のことは無い――一旦部屋に戻って扉から出ようとして、開かず。申し訳なくも仕方なく、クライファスのマントを借りた、ただそれだけのことだった。
なお、四階の西の出窓は侵入者防止用の格子付きで、出入りできない仕様になっている。
目を見開き、口を開け、絶句するカラモス卿に、クライファスは続けた。
「前庭に警備兵がいる、と言ったが。あの侯爵転落の騒ぎで警備兵は現場に……前庭の東に集まった。誰にも見とがめられず、西の出窓からの脱出は容易かったろう」
クライファスは滔々と語り、真正面からカラモス卿に視線を合わせた。
「侯爵が渇望と言っても良いほど、花神を待ち望んでいることを知っている者。
花園に七彩の光を灯し、侯爵が浮遊してくるのを待ち構えることができた者。
――それは誰だ?」
「わ、私は、その時、現場にいなかった!」
叫ぶように反論するカラモス卿に反して、クライファスが淡々と語る。
「いいや、先に確認しただろう。
『カラモス卿はこの間、花園へ行っていたが。本人は少し遅れて後から、従僕を先に。
従僕たちは白色・色付きの輝光石を花園に配置したが、遅れて来たカラモス卿はすぐに回収を命じた』
塔から花園は近い。曲がりくねった散策路、目隠しの樹木にトピアリーで誤魔化してはいるが、直線で突っ切ればすぐだ」
クライファスの言葉を、誰も否定しなかった。現にビュロン第一王子の兵士が、短時間で花園から白薔薇を持ち帰っているからだ。
「それに、地上で血を流して倒れている侯爵と散らばった鉢植えを見て、カラモス卿は真っ先に四階の塔の鉢植えに言及していたが」
クライファスは塔のそば、赤いポインセチアがびっしりと並んでいる――一鉢分を空けて――列を指し示す。
「真っ赤なポインセチアの葉、目立つだろう? あの時も、赤い血が沁みて印象的だった。だが、カラモス卿はそれには一切触れず、四階の塔の鉢植えのことだけ口にして、ルルディ嬢を責めた。
何故か? ――それは、カラモス卿自身が落として、ルルディ嬢に罪をなすりつけようとしたからだ」
真っ向から犯人と断定され、カラモス卿は助けを求めるように周囲を見回した。だが、キーボス侯爵家に仕える従僕たちは、誰一人として動かなかった。執事でさえ、父殺し、当主殺しをした継嗣を、そうと知って庇う理由は無く。
「侯爵は見るからに壮健で、引退はまだまだ先……二十年後か、三十年後か。継嗣とは言え、当主の座が待ちきれなかったか」
カラモス卿が言葉から逃げるように目をそらし、周囲を見回し。そして、見つけた。
侯爵が花神を待ち望んでいることを、クライファスに伝えた者を。
大人しく婚約破棄されて、大人しく黙って領地で幽閉されていれば良かった者を。
「ルルディ、貴様――!」
クライファスに庇われるよう背後にいた妹に、カラモス卿は怨嗟の声を上げた。
一歩間違えると監禁でした。やべー男になりかけた男、クライファス王子。
明日、四月三日の金曜日、朝と夜、十五話、十六話を投稿して完結とします。




