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第十三話 美しい花の咲く花園


 クライファスに先導され、全員が東側の前庭、つまり、侯爵が転落した現場に移動した。ここからだと、二階のバルコニー、三階の出窓、四階の出窓がよく見える。

 クライファスはビュロン第一王子に語りかけた。


「侯爵は夕方になると、二階の私室で人払いをして休憩するのが習慣だったそうだ」


 執事がクライファスの言葉を邪魔しないよう無言で大きく頷き、肯定する。

 ビュロン第一王子は地上の現場をじっと見つめ、次いで上を見やり、最後にルルディ嬢に顔を向けた。


「やはり、四階から鉢植えを落としたのではないのか。鉢植えを落とされ、転落した侯爵を先ほどの警備兵が……」


「それは考えたが、その可能性は無い、と結論付けた。四階から二階の侯爵に上手く当てる……それはそれはとても素晴らしく腕の良い投擲兵だな。ルルディ嬢は訓練を受けた軍の投擲兵だったか。

 そもそも」


~・~・~

 イメージ略図  

         / ̄\

        /   \

_  _ 出窓|作業部屋|出窓 4F

    |出窓|    |出窓 3F

本館  |__|2F私室|__←バルコニー

____1F通路__ _|窓  前庭東側


      =前庭=       


・三階、四階には東西に出窓あり

・四階の西側の出窓は格子付き


~・~・~


「四階の出窓から下のバルコニーにいる侯爵に落としたら、侯爵はバルコニーで亡くなっている。

 よしんば、四階からルルディ嬢が落とした鉢植えが奇跡的に命中し、偶然にも侯爵が上手くバルコニーの外に転落したならば、前庭にいたあの警備兵がルルディ嬢を目撃している」


 クライファスは真っ向からビュロン第一王子を否定した。

「警備兵は、ルルディ嬢について何一つ言及していなかった。見ていない証左だ」


「…………」

 ビュロン第一王子が面白くなさそうに口を(つぐ)んだ。クライファスも何も言わず、素知らぬ表情で話を続ける。


「では次に、私室から出て来た執事というと」

「わ、私奴(わたくしめ)ですか!?」


 まさか疑われると思っていなかったのか、執事が上擦った声を上げた。首を真横に振り、必死な形相で否定する。


「執事殿は私室の外扉に控えていて、周りには見張りや侍女もいたはずだ。証言も取れるし、確実に犯人ではないだろう」


 クライファスが保証すると、執事は安心したように息を吐いた。キーボス侯爵家の従僕たちも、一様に安堵の表情を浮かべる。


「ところで。昨夜、我らが塔の三階を見に行っていたと報告が上がっていると思うが。三階の東側の出窓、その近くに槍を持った甲冑が置いてあるだろう。

 槍の石突に、血痕と髪が付いていたぞ」


 侯爵の髪と同じ色だったとクライファスが言うと、ざわめきと息を飲む音が響いた。


「凶器はこの槍と見て間違いないだろう。では、この槍を使って、犯人はどうやって侯爵を殺したか」


 クライファスが一つ一つ丁寧に説明していく。


 一つ、三階にいた犯人が、バルコニーに降りて私室にいた侯爵を引っ張り出して突いて落とし、再度三階へ上がって逃亡。


 ――乱闘の音を扉の近くにいた執事は聞いていない。

 ――ポインセチアの鉢植えを叩きつけた警備兵も、三階へ逃亡する犯人を見てはいない。


「なので、この方法ではない。侯爵が元々バルコニーにいたとしても、やはり警備兵に目撃されるはずだ」


 一つ、三階の出窓から精一杯腕を伸ばして、二階の侯爵を突いて落とす。


 ――槍は長いが、さすがに一階分の長さはない。


「この方法も、ありえない」


 聞いていた全員が小さく首肯する。そして、ではどうやって? とクライファスの次の言葉を待った。


「三階に犯人がいて、侯爵は頭部の前後に打撲があったならば。侯爵自身が、三階に上がったのだ――侯爵が、バルコニーから浮遊して三階の出窓の前へ」


 クライファスが三階の出窓を指し示す。


「まんまと三階の出窓の前まで上がって来た侯爵を、三階にいた犯人がその頭部に向けて槍を突き出した。

 そもそも、二階程度の転落では人はそうそう死にはしない。侯爵は三階から落とされて、殺された――槍に突かれた後頭部の打撲と、転落による前頭部の打撲、これで説明が付く」


 警備兵によるポインセチアの鉢植えは、単なる追撃だろう、とクライファスは締めくくった。もはや聴衆と化したキーボス侯爵家の従僕たちが、おお~っと観客のような声を上げる。

 そんな中、一人だけ渋い表情を浮かべて苦言を口にする者がいた。


「御客人とは言え、勝手に当家を歩き回られては困るのですが」


 カラモス卿だった。

 キーボス侯爵が亡くなった今、暫定的に当主的立場にあるのは継嗣であるカラモス卿である。亡くなった父侯爵が歓待を約束した客とはいえ、混乱している状況で勝手に行動して良いわけではない。

 だがしかし。クライファスは意図をあえてねじ曲げて、話を続けた。


「そう言えば、こちらの行動を伝えていなかったな。侍女や見張りから連絡が言ってるとは思うが。

 当日はルルディ嬢に案内をしてもらっていた。午前中に中庭、塔の四階の作業場。昼からは花園へ行って、浮遊魔法で塔の四階へ送り届けたのは昼下がりぐらいだったか。で、ガゼボで話していたら、夕刻、事件が起きて駆け付けた。

 証人なら侯爵家の見張り兵が。遠目ではあったが、こちらをちゃんと認識していたぞ」


 見張られていたから問題は無いだろうというクライファスの図々しい態度に、カラモス卿の表情がますます険しくなっていく。


 また、ビュロン第一王子の連れて来た兵士達も、ただ聞いているだけではなかった。クライファスが話している間にも、庭や邸宅にいる庭師と思しき従僕を、『ルルディ嬢の横暴を幇助(ほうじょ)した使用人』として丁重に連行していく。

 当然、東の塀に囲まれた花園にも向かっていたが。戻って来た兵士が差し出した上品な白薔薇を、ビュロン第一王子は「ただの花ではないか」と言って手で払いのけていた。


「そういえば、塔の四階の作業場を見させてもらった。あれがクリサンセム国特産の『触媒の元()』か、凄まじいものだった」


 それを見たクライファスが触媒に言及すれば。護衛に残っていたと思われる兵士の内数人が、ビュロン第一王子の視線を受けて離れていく。

 花弁――触媒という財が目的であると、隠しもしないその行動、いっそ清々しい、とクライファスは見送った。


「さて。これまでの話で、どうやって侯爵が殺されたか、は説明できたと思う。だが何故、侯爵はバルコニーで浮遊魔法を使ったのか」


 クライファスはバルコニーを指し示した。


「本当に、侯爵はバルコニーで浮遊魔法を使ったのか? それに対しての答えがなければ、三階にいた犯人が槍で突いた、という犯行は成立しない」


 クライファスはバルコニーを指し示して手を動かし、今度は木々の向こう、高い塀に囲まれた花園へと向けた。


「侯爵が浮遊した理由。それは、花園を見るためだ」


 周囲がざわりとしたのも束の間。ビュロン第一王子が即座に声を上げた。出まかせを言うなと、不快気に声を荒げる。


「あそこには、ただの花しかなかった。あんな価値のない花園を、どうして浮遊してまで見なければならない」


「ただの花……しかし、侯爵にとってはそうではなかった。手ずから育て、心を傾けて世話し続けた花々だ――いつか、花神が訪れ、祝福を受けた暁には――持ってこれ見よがしにひけらかし、誇示するための、美しい花」


 だからあの花園にあった花は、白薔薇、赤薔薇、大輪の牡丹、香しいカサブランカ……どれもこれも見栄えの良い高級花ばかりだった。


「高い塀で囲い、『ただの花』であることを人の目から隠し、ずっと、ずっと侯爵は待ち続けた。神に、美しい花と認められるのを。だから、本当に神の訪れがあったという伯爵夫人に請い、その娘を妻にした。少しでも、神に繋がる縁を求めた――そして、あの日」


 クライファスは視線を巡らした。トパーズイエローの瞳が陽の光を受けて黄金に輝く。ビュロン第一王子を、カラモス卿を、キーボス侯爵家の従僕たちを順に視界に納め、言い切った。


「あの日、侯爵は花園から立ち上る七彩の光を見て――虹色の燐光を放つ花神が顕現したのだと、そう、思った」


 侯爵は、待ちに待った日がようやく訪れたのだと。

 美しい花の元に訪れるという花神が、自ら世話をして育てた美しい花の元に、ついに光臨したのだと。


「高い塀に囲まれて、バルコニーから花園は見えない。だから――だから侯爵は、浮遊で上へ上がった。知らず、まんまと犯人が待つ三階の出窓の前へ」

神が実在する――異世界。


豆知識

花屋さんで花束を頼むと、花の種類によってお値段が変化。意外と安くて見栄えが良いのが鉄砲百合。

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