第一章Episode6「終わりの始まり」
「君は―――自分が思っているよりずっと"危険な存在"かも…しれない」
俺は、まだその言葉の意味をよく理解できていなかった。
「俺が―――危険な存在?」
俺は、自分の手のひらを見つめた。 どこにでもある、ただの人の手だ。異形の爪が生えているわけでもない。 なのに、セリシアの言葉は、まるで俺が「歩く災害」であるかのように告げているような気がした。
「……冗談ですよね? 俺はただ、記憶がないだけで……」
乾いた笑いを浮かべようとした。けどセリシアの瞳はそこまで真剣な眼差しということでもなく、俺に対して不思議そうに見つめていた。
それはまるで俺が別の生物であるかのような…。
「冗談ってわけではないけど……、でもあくまでも私のただの推測だからさ!そこまで気にかけなくてもいいと思うよ!。」
なんてことをセリシアは言っているが、初対面の相手にこんなこといわれて落ち着いてなどいられるわけがなかった。
でも、俺が危険な存在か………本当に自分はなんなんだろう……ふと何度も何度も考えてしまう。どこから来て…なにをしたいだろうか
もし、自分の記憶が戻ったら今の自分がいなくなってしまうのではないかどうなってしまうのか…と不安になってしまった。
そんな中しばらくなにも言わず横ででくのぼうように立っていたユノアが口を開いて語った。
「せ、セぇリシアさんは……気配の感知能力とか……ぐ、群を抜けて優れていますからね……結構信憑性はありそうですけど……」
ひょっと横から割って入ったと思ったら、更に不安になりそうなことを言ってきた。
「なんだよ!急に現れて何を言うのかと思ったらっ…人が不安になってるとこ更に水を指すような言い方しやがってっ…!ん?でもなんか、なんだかユノアの喋り方に違和感がある気が…」
ユノアの声に全然力が入ってない。
すると間もなく、「グゥ〜〜っ」今の雰囲気に合わないような音が横からなり響いた。
「お…お腹スイタ‥」
横を向くと空腹でグテっとしたユノアの姿があった。
「だ、大丈夫か?」
ユノアは「だ……大丈夫で、す‥」って言ってるがどう見ても大丈夫そうじゃなかった。
顔もだいぶ痩せこけているようだ。
「大丈夫じゃねえだろ、ん?そうだ」
ふと思い出したかのように倒れていたユノアをツンツンと道端の虫をつつくようにツンツンつついてみた。
そんなことをしていると当然のようにユノアが口を挟む。
「な、なに子供みたいなことしてるんですか…⋯」
ときっぱりとツッコミを入れられてしまった。
「ご、ごめんっ」
とおれはユノアに夢中で気づかなかったが、なぁにをやってんだかと言わんばかりの顔でセリシアがこっちをみていた。
なんだか呆れているというよりめんどくさそうな顔でセリシアは言った。
「あ、あの私からみるとまるで死んだユノアをいじくってるような人にしか見えないんだけど…」
たしかにこの描写を他の村の人にみられたらめんどいことになりそうな感じだ。
と、セリシアが急かすような口調で口にする。
「もう、早く帰るよ!ほらアス君も!」
「え?お、俺も?」
「もう夜も遅いし、どうせ他に行く宛もないんでしょ。
それに、まだ聞きたいこともたくさんあるしね。」
倒れたユノアを背負いながらセリシアに連れられるように腕を引っ張られた。
着いたのは村の端っこにあるこじんまりした家だった。ここにセリシアとユノアは二人で暮らしているそうだ。
家の中は、様々な食材が天井に吊るされ、セリシアが読んだであろう古い書物がぎっしりと詰まっていた。セリシアは手際よく火を起こすと、鍋に干してあった肉とありあわせの野菜を放り込む。
「ごめんね~ちょっと座って待ってて!」
「は、はい。」
言われた通り俺は背負っていたユノアを椅子におろして自分もその横にあった椅子に座った。
鍋からは湯気が立ち、この部屋一体を温かい香りで満たしていき、セリシアが手際よくスープを器によそい、俺とユノアの前においた。
「はい、熱いから気をつけて食べてね。 ありあわせの食材だけで作ったから口に合うかわからないけど」
「…⋯いただきます」
俺は木製のスプーンですくい、スープを口に運んだ。ありあわせの食材なのかというほど干し肉の旨味が野菜に染み渡っていて、すごく美味しかった。
今思うと、こうして人と囲んで食事をするのはいつぶりなんだろう、それも相まってかいつもより美味しく感じた。
人と一緒にご飯を食べる。他の人にとってはとても当たり前なことなんだろうけど、自分にはすごく特別に感じた。
(でも……なんだろうこの感じ、初めてじゃない感じがする。)
「おいしい…」
ふとこぼれた一言に、セリシアが意外そうな顔をし、それから少しだけ誇らしげに口角を上げた。
「そう?味付けとかあんまり自信ないから、そう言ってもらえると嬉しいよ。あとユノア?お腹が空いてるのはわかるけど、そんな味わいもせずにすぐ飲み込むの禁止!みっともないよ」
「ふがっ……ごほっ!い、言われなくてもわかってますよぉ‥‥」
ユノアはまだ喉を鳴らしながら、夢中で木皿の底をさらっている。
そんな二人のやりとりを眺めながら、俺はもう一口、スープを口に運ぶ。
記憶を失っていても何となく分かった。この、誰かと食卓を囲む雰囲気というか空気感。
だが、それを裂くように、セリシアがスプーンを置き、真剣な眼差しをこちらに向けた
「あの、アス君。食べてるときにごめん、私から一つ提案があって…」
「提案?」
俺もスプーンを置き。彼女の言葉を待つ。少し間を開けて、セリシアははっきりと告げた。
「アス君。明日から家で一緒に暮らさない?」
その言葉に俺は目を丸くした。
「そう。別に変な意味じゃないよ。君が何者なのか、私は近くで知りたい。それだけ。」
セリシアは少しだけ心配そうな眼差しで俺に言った。
「どうせ君、ここを出ても行く当てなしに彷徨い続けるんでしょう?」
「うっ……」
図星だった。
確かにここをでたあとの行手なんて考えていないし、いままでもそうだった。
気がついてからは記憶を失っており、帰る場所なんてものはなく、いろんな場所を彷徨っているだけだった。
「…確かに…それは否定できないな」
俺は「ハハッ…」と力なく笑い、もう一度スープを口に運んだ。
ここでの温かい食事、二人の賑やかな会話。それは記憶を失った俺にとって、初めて手に入れた「安らぎ」の場所だった。
「じゃあ、決まりだね。改めて今日からよろしくね!」
セリシアがパアッと表情を明るくして言った。
そうして俺は、記憶に抱えた過去を置き去りしたまま新たな人生の一歩を踏み出していく。
次回Episode7「適正属性」
8月4日、もしくは5日 投稿予定




