第一章Episode4「運命の道標《みちしるべ》」
少女は倒れたダスクウルフへと一瞬だけ視線を送り、 それから静かに俺へ向き直った。
「……立てますか?」
差し出された手は細く、温かい。 その指先がかすかに“ブルッ”と震えているのは、 俺を気遣っているからか、 それとも――別の理由があるのか。
「だ、大丈夫……だと思う」
そう言って手を取ると、少女はほっと胸をなでおろしたように、 小さく微笑んだ。
「あ、ありがとう……助かったよ」
立ち上がると同時に礼を言うと、 少女はこくりと頷いた。
「それなら、よかったです」
……けれど、どうしても気になって仕方がない。
「でも……こんな森の奥で、どうやって俺の居場所がわかったんだ?」
尋ねると、少女は少しだけ首をかしげ――
「勘です」 少女がきっぱりと言った。
「ん? 勘?」
「はい。……というか、正確には――」
少女は視線を森の奥の闇へ向け、 そっと言葉を続けた。
「さっき、この森に“ダスクウルフのような魔獣とは違う魔力”を かすかに感じました。 とても微弱でしたけど……不思議と、そちらへ向かわなきゃいけない気がして」
まるで導かれるように―― そんな言い方だった。 「もしかして、ルシアのこと……か?」
心の奥で、自然と名前が浮かび上がる。 あの、どこか懐かしい気配が混ざった感覚――。 「ルシア? 誰ですか?」
少女は本当に知らないように首をかしげた。
「さっきのダスクウルフを召喚してきた奴だ。 あと、何故か俺の名前を知っていたんだ」
少女は小さく息をのむように目を見開いた。 驚きに、不安がほんのわずか混ざっている。
「なるほど……ルシアさんのことも気になりますが、 まずはこの森を抜けたいですね」
彼女の冷静な声に、胸のざわつきが少しだけ静まる。
「それより、あなたはどこへ行こうとしていたんですか?」
「お、俺は……この世界をずっと彷徨ってるだけだ」 言葉が震える。
吐き出すたびに、胸の奥の空白が露わになるようだった。
「小さい時の記憶がまったくなくて…… 家族のことも、過去のことも、何一つ覚えていない」 少女の瞳が、まっすぐに俺を捉える。
逃げ場のない、でもどこか優しいまなざし。
「だから、先ほどのダスクウルフに、 マジック・ショットだけで立ち向かっていたんですね」
その声があまりに柔らかくて、 胸の奥が“ドクッ”と大きく跳ねた。
「そうなんだ。魔術の詠唱も忘れちまって…… いま使えるのはマジック・ショットだけだ」
気付けば、指先がかすかに震えていた。
まだ鼓動も早い。 少女はふっと息を吐き、 ふわりと優しく笑った。
「あなた、私たちの村に来ませんか?」
「え……? ……なんで急に?」
不意に胸が高鳴る。 戸惑いと、ほんの少しだけ期待が混ざる。
「行くところもないのでしょう? 村のみんななら、きっと受け入れてくれるはずです」 その言葉に、 緩んではいけないと思っていた心が 思わず“ホッ”とほどけた。
少女はやわらかい微笑みのまま、俺を見つめている。
「これも……何かの運命だと思って」
その一言が胸の奥に温かく染みた。 なぜだろう。 懐かしい何かが、静かに息を吹き返すような感覚――。
「そ、そうか……じゃあ、お世話になります」 俺は小さく頷いた。
「わかりました。 あ、そういえば……まだ名前を言ってませんでしたね」
少女は一歩近づき、そっと微笑む。
「私はユノアです」
その響きは不思議と耳に心地よくて、 心の奥がふわりと軽くなる。
「俺は……アス。よろしく……ゆ、ユノアさん……?」
なぜか舌がうまく回らない。
「ユノアでいいですよ」
少女はくすりと笑った。 その笑顔を見て、俺の胸の奥に―― 少しだけ、懐かしいような温度が“じんわり”と混ざり込む。
なんでだ。 初めて会ったはずなのに、胸がふっと軽くなるような…… あの感覚はなんなんだ?
そんな俺の内心を見透かしたように、少女――ユノアは小さく首をかしげた。
「……行きましょう。村まではもう少しです」
その一言で、森の静けさがまた戻ってきた。 揺れる木漏れ日。葉が“さらり”と鳴る音。 俺たちの足音だけが細い道に溶けていく。
歩きながら、ユノアがふっと口を開いた。
「さっきの話の続きですが――あくまで私の予想ですよ? ルシアって子は……あの時点で五英傑の方たちと同等。 もしかすると、それ以上の力を持っているかもしれません」
「……五英傑って、聞いたことはあるけど……なんなんだ?」
俺がそう尋ねると、ユノアは森を見渡しながら淡々と語り始めた。
「まだ最近の話ですが……今から約二十年前。 この世界で、我々人間に敵対している奴ら――深冥の蹂躙者。 その連中との全面戦争がありました。 “終焉戦争”と呼ばれています」
終焉戦争。 その響きだけで“ぞわり”と背筋が粟立った。 けど、ユノアの声は妙に静かで淀みがない。
「その戦争の中で、五人の魔術師がいました。 その人たちは、一人で一つの国全体を救ったんです。 そして、五英傑――歴史に名を刻んだ英雄たちです」
「はぇ~」
理解したのかしてないのかよくわからない相づちを返しながら、俺はふと、気になっていたことを口にした。
「あ、あとさ――」
「なんですか?」
「……すごく言いづらいんだけど……ユノア、髪の毛、すごいな……」
言った瞬間、ユノアが“ピクッ”と反応した。
助けてもらった時は気にしてなかったが、こうして歩きながら横目で見ると……
ユノアの銀髪は“ふわあっ”と全方向に跳ね、まるで寝癖のモンスターみたいに暴れていた。
「もはや寝癖だよこれ……」
一本アホ毛がどうとかいう問題じゃない。
髪型全体が自由すぎる。
ユノアは深いため息をついた。
「……またですか。もう……」
「え?」
「いろんな人に言われ続けてるんですよ、この髪のこと!
私だって、なんとかしようとしてるんです! でも治らないんです!
だから“仕方なく”この髪型なんですよ!」
語尾がちょっと怒っている。
眉も頬も“むーっ”と膨れてて……なんか可愛い。
「な、なんか……すまん……」
「いいですよ。慣れてますし」
ぷいっと顔をそむけるが、耳がほんのり赤い。
怒ってる……というより、照れてる?
そんな空気の中、ユノアはふっと真顔に戻った。
「ちなみに、今から向かう村には―― このノクティス王国を救った英傑の一人が住んでいます」
「ま、まじかよ……」
ユノアはくすっと笑った。
「多分、見ればわかります。 きっとあなたでも気づきますよ」
「え? な、なんだよその言い方……」
「――着きそうですよ」
視界がひらける。
鬱蒼とした森の奥に、急に大きな影が広がる。
「はぁ~……こんな森の中に、こんなでけぇ村が隠れてたのかよ……」
「ここの村は英傑の方が結界を張っています。
だから魔獣も敵も侵入できません」
「へぇー……すげぇな」
そう言った瞬間、村人の女性が駆け寄ってきた。
「おかえり、ユノア!
急に家出たからびっくりしたよぉ……ってあれ?
その隣の子は?」
「拾ってきました」
「俺は捨て猫じゃねぇ……っ」
思わずツッコんだその瞬間――
視界の端に“何か”が流れ込んできた。
圧倒されるような――
空気そのものが“ぐっ”と沈むほどの存在感。
胸が一瞬だけきゅっと掴まれたようになる。
怖さはない。ただ、あまりに巨大すぎる“力の気配”に思考が止まった。
なんだ……この、人間じゃないみたいな圧……。
「……さすがのアスさんでもわかりましたか」
ユノアが小さく笑う。
俺は乾いた喉でなんとか声を絞る。
「こ、これって……まさか……誰だよ……?」
ユノアは誇らしげに前に立つ。
「この人こそ――
ノクティス王国を救った英傑、
セリシア・ウィステリナさんです!」
その名が響いた瞬間、
村の空気が“しん……”と張り詰めた。
次回Episode5「五英傑の一人」




