第一章 Episode3『謎めいた少女』
「よしっ…!」
震える指先を握りしめ、俺は小さく息を吐いた。
「無より生まれ、敵を射抜け――
《マジックショット》!!」
――マジックショット。
初歩の攻撃魔術。命中精度が高く、詠唱も短い。
威力こそ控えめだが、多くの魔導士が最初に“魔力の形”を掴むために習う魔法。
俺が唯一使える、たったひとつの術
――バチバチッ!
掌に淡い光が宿り、まるで鼓動を持つように震え始めた。
瞬間、光球は空気を裂き、一直線に闇を貫く。
――ドンッ!!
「グゥオオォッ!!」
夜を切り裂く閃光。
炸裂音が木々を震わせ、森の静寂が砕け散る。
だが――その巨体は、わずかにのけぞっただけだった。
立ち込める煙の向こうから、黒い影がゆっくりと姿を現す。
漆黒の毛並みが揺れ、紅い双眸がギラリと光る。
まるで夜そのものが、牙を剥いているかのようだった。
「くっ……!」
それでも構わない。撃つしかない。
何も思い出せない自分にできることは、ただそれだけだった。
「もう一発……いや、撃ち続けるしか……!」
――バシュッ! バシュシュッ! ズドンッ!
光の弾丸が闇夜を裂く。
何度も、何度も、ただ必死に撃ち続ける。
森に響く轟音。焦げた匂い。
それでも――。
「グルルルルルァァァッ!!」
ダスクウルフの毛皮が焦げ、地面がひび割れても、奴は倒れない。
黒い瘴気がモワァ…と立ち上り、空気が重く淀む。
足がすくむ。
「やっぱり……マジックショットじゃ、無理か……」
膝が震える。
それでも、光を絶やさなかった。
「……でも、ここで逃げたら……何も変わらない。」
俺は光を絶やさなかった。
手のひらの中で、かすかな魔力がまだ“ジジッ”と息づいている。
――負けるもんか。
だが――
「し、しまった……!」
気づいた時には、すでに遅かった。
ダスクウルフが低く身をかがめ――地を“ドンッ”と蹴る!
「ガァアアッ!!」
唸り声が夜気を裂いた。
その巨体が一直線に迫る。
“ドドドドドッ”―――地面が震える。
目にも止まらぬ速さ。
間合いに――入られた。
「くっ……!」
咄嗟に光を放とうとするが、腕が追いつかない。
背筋を“ゾクリ”と冷たいものが走る。
“ハァッ、ハァッ……”息が詰まる。
鼓動が耳の奥で“ドクン、ドクン”とうるさいほど鳴る。
(もう……おしまい、か―)
刹那、視界が白く弾けた。
――ドガァァァンッ!!!
まばゆい閃光と共に、爆風が森を吹き抜ける。
木々が“バキバキッ”とへし折れ、砂塵が舞い上がった。
「な、なんだ……!?」
思わず腕で顔をかばう。
熱気と風圧で身体が後ろに吹き飛ばされ、地面に“ドサッ”と倒れ込む。
耳鳴りがする。
焦げたような匂いが漂っていた。
ゆっくりと目を開けると、そこには――
さっきまで自分を襲っていたダスクウルフが、黒煙を上げて倒れていた。
胸のあたりには、まるで“雷”が落ちたような焦げ跡。
「……助かった……?」
震える声でつぶやいたその時。
風がふっと吹き抜け、森の奥から足音がした。
“コツ……コツ……”
静寂の中、その音だけがやけに鮮明に響く。
「大丈夫ですか?」
柔らかくもどこか儚げな声。
顔を上げると、そこに立っていたのは――一人の少女。
月光を受けて淡く輝く銀髪が、夜風にそよいでいる。
瞳は琥珀のように淡い黄金色。
だがその瞳の奥には、深い悲しみの影があった。
「き、君は……?」
言葉を失い、ただ見惚れていた。
彼女は静かに微笑むと、俺にそっと手を差し伸べた。
「無事でよかった……あなた、あの魔獣に襲われていたでしょ?」
その声はまるで、長い夢の終わりに聞く“記憶の残響”のように優しかった。
次回Episode4「運命の道標」
明日投稿予定




