383話 マイナス百物語に関する灰川の話 2
灰川が大学生の時、陽気な話を100個する逆の意味での百物語、マイナス百物語に関する話をしていく。
your-tuber志望の男子5人グループが百物語を、陽気な面白い話を100個する形にするという企画を行った時に関する事象だ。
「明るい話を100個するマイナス百物語ね、変わった事してんだね皆さん」
「そうなんよ! マイナス百物語をやった後から変な事が俺らに起こってさぁ! どうにかしてよ、霊能者なんでしょ?誠治君だっけ?」
当時の灰川は20才で、相談をしに来た武司という男も20才の男子学生だった。
彼は仲間と共にyour-tuber活動をしており、陽キャな雰囲気の配信や動画をやっているという、今時は珍しくないタイプの若者だ。
当時の灰川としては高校時代に最低な奴に変わってしまった先輩の事もあり、陽キャという人達に良い感情は持っていなかった。その感情は現在よりも強かったと語る。
大学の友達にも陽キャは居るのだが、良い奴と分かっているのだが良い感情が向け切れない自分が居る。これはもう自分の性分だから仕方ないと受け入れるしかないのだと今は感じていた。
公園のベンチの隣に座って話している武司に対しても、あまり良い感情は持っていない。
陽キャがyour-tuberやってるってだけで負けた感じがする、この時点で灰川は配信もやっていたのだが、視聴者登録で普通に負けていた。
妬みだとか八つ当たり的な感情だというのは自分も理解している、だからこそ嫌な気持ちになるというものだ。自分という存在を陽気で活発なタイプの者達の下に置いてしまっているのだ。
「まあ、とにかくその配信? 動画だかを見せてよ武司君、話はそれからだって」
「これなんだけどさ、もし良かったら誠治君もチャンネル登録してや? 俺ら登録者100万人目指してっから!」
「あ~、俺はアカウントとか作ってなくてさ、気が向いたら登録しておくよ」
公園の片隅で武司のスマホから動画を見る、チャンネル名は『スピードガレージS』という名前で、配信とか動画投稿をやっているグループだ。
内容は5人で何かする動画とか、面白おかしく喋りながら配信とかであり、よく見るタイプの感じである。
マイナス百物語開幕!という動画が再生され、灰川は飛ばし飛ばしだがしっかりと見た。
撮影場所は都内の外れにあるコテージとか貸し別荘的な場所だそうで、5人が揃っている状態で配信が始まる。
『今夜は~!スピードガレージSの面白い話100連発! 普通の百物語とは違ったマイナス百物語をやるよぉ!』
『うぇ~い! 俺達が送るぅ~、最高に面白い話を~~……』
そんな導入から始まって5人の男が楽しい話や明るい話をしていく。
配信のためコメントも何件か流れており、視聴者も楽しく聞いているようだった。
『これは俺が小学校の時の話なんだけどさぁ、学校に据え置きゲーム機とポータブルテレビ持って来た奴が居てさぁ! 休み時間にゲーム大会になった事が~…』
『ちょっと前に新宿の辺り歩いてたらさ、スゲェTシャツ着た人が居て~~……』
『ぎゃはは! マジおもしれー!』
視聴者が居るとはいえ数人であり、長時間の配信をしている内に視聴者は少なくなり、やがてはコメントも無くなった。40話も過ぎた辺りで視聴者数も0になったそうだ。
それでも彼らは楽しみながら話をしていく、彼らはyour-tube活動の本気勢でもあるがエンジョイ勢でもあり、視聴者が居なくても楽しく頑張れる精神があった。
明るい話を笑いながら彼らはしていくが、50話くらいから変化が現れる。
『中学の時によ、他校のダチと歩いてる時に行方不明になった人を探してますって張り紙を見てさ、その写真の顔が変でさ~…』
『商店街で買い物してたらよぉ、自転車に乗ってた男子高校生がコケて骨折して泣いてたんだなぁ! マジでウケちゃって~~……』
『ぎゃっはっは! マジおもしれー!』
彼らは笑いながら話しているが、なんだか内容が暗い。
行方不明になった人だとか、誰かが怪我をした場面を笑うような内容の話をしている。傍から聞けば不謹慎と思える話だが、彼らは笑いながら楽しそうに話していた。
こんな内容の話が30話くらい続いてるらしく、残りの20話は更に話が変な方向に行っていたようだ。
『前に実際にあった連続殺人事件の映画見たらさぁ! マジでこんな事あったんだって爆笑しちゃってよぉ! 超ウケルんですけど!』
『ちょっと前にニュースでやってた大事故のニュース見た時、マジで笑いが止まんなかったんよ! マジ気持ち良い!』
『ヒヒヒヒヒッ! マジおもしれー!』
スピードガレージSの配信は、人の不幸を笑いながら話す悪趣味な内容になり果てていた。
誰かの死を笑うような話が続き、明るい雰囲気に反して最低な話を楽しみながらしている。こんなトークを人気のyour-tuberがやってたら炎上待ったなしだ。
こんな話が20話近く続き、そして100話目となる。話し手は武司だ。
『でさ、俺って常日頃から死にたいって思ってるじゃん? だから何処でどんな風に死のうかな~とかメッチャ考えるんだよね!はははっ!』
『分かる~! 俺もいつ飛び降りるか迷ってんもん! 最後はやっぱハデにしてぇってかさ!』
『そうだよなぁ!そうだよなぁ! ヒハハハッ!!』
最後の話は明るく楽しそうに“死にたい”などという話をしている有様だ、明らかに正常じゃない。この動画は視聴不可にして彼らにしか見れなくしてるようだった。
「こんな話してるんだけど、俺らは絶対にこんな話はしてない! 100話目に俺が話したのは、こんな俺らでも楽しく見てくれてる視聴者さんへの感謝とかの話をしたんよ」
「記憶と行動が違うって事か、でも何だか声出して笑ってる人って幽霊か何かだよね? 他のメンバーの声と違うし、幽霊の声の特徴のかすれがあるし」
「それなんよ! こんな声のメンバーって居ないんだよ!」
動画の中に当たり前のように幽霊の声が入っており、メンバー達は『これホラー動画として投稿したらバズるんじゃね!?』と、最初は浮かれていたらしい。
だが普通に考えて気持ち悪いし、撮影時に自分たちが話した内容の記憶と動画の内容が明らかに違ってるし、怖くて動画にはしていないそうだ。
そもそも動画にするにしては5人が不謹慎で暗い話をしてるというものだし、あまり外には出したくない内容だろう。
「最初はマジモンの心霊動画だって騒いでたんだけど、これ以降に俺を含めて仲間に変な事が起るようになってさ…」
your-tuber名、キクシンは家のクローゼットから誰かが覗いてるのに気付き、焦って扉を開けたが中には誰も居なかった。
ウビビ君という奴はアパートの誰も住んでいない隣の部屋から声が聞こえるようになった。
イッチャンは駅で誰かに押されて階段から転落して大怪我をして入院中、事故の際の防犯カメラを見たが彼以外には誰も居なかった。
ホリゾンは寝たら必ず自分が死ぬ夢を見るようになり、酷い寝不足になってしまっているらしい。
武司も幽霊らしきモノを見たとか、嫌な出来事が続くなどの事が発生しており、霊能力がある奴を知ってるという話を知り合いから聞いて灰川に相談しに来た。
「他のメンバーは来ないの? 詳しく話を聞いた方が判断はしやすいんだけど」
「…4人は今はちょっと、ホントに外に出るのムリって感じでさ…」
マイナス百物語の配信があったのは1か月ほど前であり、その後のスピードガレージSのチャンネルは動画投稿が2本と配信が1度されただけであり、活動は実質的に中止状態となっていた。
武司たちは完全に心霊現象に精神がやられており、1人に至っては大怪我をしている。今は外に出ることすらキツイ状態であった。
「俺らさ、元々はダチの紹介で集まったような感じの仲だったけど、スゲェ仲良くなって今は5人で活動してる。アイツらが元通りになれるために、俺は頑張りたいんだ」
「そう、じゃあ次は俺から話をするよ。マイナス百物語は良い企画だったかもしれないけど、色んな要因があわさって嫌なモノを寄せてしまう催しになっちゃってたっぽいよ」
「やっぱそうなの…? マジかぁ…」
武司は会った当初は元気な感じだったが、実際には身の回りで発生する心霊現象のせいで寝不足であり、空元気も残り少なくなって来ていた。
「武司君に憑いてる呪いを見た感じ、ここで祓ってもすぐに元通りになるっぽいね。仲間の人達も同じだと思う、御札とかで対処は出来るけど大本をどうにかしないと、いつかは酷い目に遭うよ」
「俺って呪われてんの…? ちょっと信じられないけど、あんな事が連続して起こってるしなぁ…」
「武司君、金はある? 今から件のコテージに行って実際の場所を見たいんだけど」
灰川はお祓い依頼で掛かる費用は負担しない、特にそれが陽キャだった場合は尚更だ。今回も同じである。
結局はそのままマイナス百物語の怪談をしたコテージに行く事になり、電車賃とか諸々の経費は武司に出させて現地に向かう。
電車に乗る前に灰川は武司に陽呪術の邪気霧消を掛け、一時的に悪念や呪いが薄まった武司は体と心が楽になり安心して寝てしまった。
その後はバスとかを使いつつ移動して、午後の3時くらいにコテージがある山の中のロッジ施設に到着する。
そこは幾つかのコテージがあったりキャンプ場があったりするような行楽地であり、管理もされている場所だった。
入場料を払って敷地内に入り、散歩と称しつつ灰川と武司は調査をしていくが、灰川は既に幾つかの事に気付いていた。
「なあ誠治君ってさ、本当に霊能力とかあるの?」
「信じてないんなら別に今から断ってくれても良いけど、お祓い料金の5000円は別途でもらうよ」
「あ、いや! そうじゃなくて! 実はお祓いの事とかネットで調べたんだけど、誠治君のはスゲェ格安だったからさ」
「オカルト関連で俺は稼ごうと思ってないし、有名でもないからね。無名の霊能者のお祓いの相場なんてこんなもんだよ」
ネットには立派な肩書とかキャッチコピーの霊能者が、数万円から数十万円で除霊なんかを請け負っているという情報が溢れている。
その他にも神社や寺などでは本格的で様々な道具や宗教設備を使ったお祓いが、やはり数十万円とかの値段で請け負われている。
「俺はそういう所と違って大層なお祓い道具とかは用意できないし、運ぶ手段も運用するための場所も持てない貧乏人なんだよ。そういうのって、まず信用されないし宣伝もしてないから依頼が来ないのさ」
「そんなもんなの? やっぱ見栄えとかって大事なんだなぁ」
「そういうもんだよ、あと霊能力で必要以上に稼ぐと俺は力が濁るって感じてる。それにオカルト関連で多額の報酬を要求するとトラブルになりやすいんよ、だから自己防衛の意味なんかもあるんよね」
灰川と武司は数時間の間に少し仲良くなり、今は互いの事なんかを話しつつロッジ施設の敷地内にある小さな湖畔を歩いてコテージに向かっていた。
霊能稼業は言ったもん勝ちの世界であり、中には詐欺やカルト宗教なんかも混じってるから気を付けなきゃいけないとか、無料で除霊を請け負ってる本物も居たりするとかの話をした。
「武司君は何でyour-tubeやろうと思ったの? 5人で楽しく過ごしたいなら、ただ遊ぶだけでも良いじゃん」
「そうなんだけどさ、やっぱ有名になってガンガン稼いでみたいじゃん? 俺らなら出来るって思ってチャレンジしたんだよね」
「そっか、ならお祓い終わったら今まで通りに出来るようになるから、今度こそバズって有名になりなよ」
「灰川君って俺に心の壁スゲェ作って来るけど、メチャ良い奴だよね? ははっ」
スピードガレージSは本気とエンジョイが入り混じる大学生が5人組のグループyour-tuberだが、とても気が合う仲間同士なのだそうだ。
だが彼らが気の合う理由はちゃんと存在する。
「俺らってさ、中学高校時代ってか大学でも陽キャの2軍なんだわ! はははっ」
「2軍? 陽キャは陽キャでしょ、何言ってんだか」
「誠治君は陰キャ寄りの普通か、普通寄りの陰キャって感じだよね? 陽キャの2軍はツライよマジで」
武司が言うには陽キャには様々な区分けがあるらしく、リーダーシップが高くコミュニケーション能力も高くて異性からもモテる1軍とか、陰キャではないけど群れて過ごす2軍とかがあるらしい。
2軍はリーダーシップが低く、コミュニケーション能力も見かけほど高くなく、陰キャよりは女子からモテるけど1軍には及ばないという存在だそうだ。
「じゃあ武司君は2軍の中ではリーダーシップがあって、皆を引っ張れるって感じの奴なのか」
「マジそんな感じ、カーストの中にカーストありってね。世の中って面倒だよな、ははっ」
武司は明るい奴ではあるが1軍にはなれなかった男だ、顔も普通レベルだしカリスマ性だってそんなに高くない。あくまで2軍の中ではリーダーシップを発揮できるという性質だ。
「俺らスピードガレージSってさ、やっぱ劣等感とか抱えてんだわ。1軍として生きて来れなかった妬みとか、中途半端に陽キャだから味わった嫌な経験とかもあるからさ」
「陽キャが劣等感なんて贅沢なんだよ…やっぱ武司君とは仲良くなれそうにねぇな…」
「そう言うなって、むしろ1軍陽キャより身近だろ?」
大学時代の灰川は社会人の時よりも陽キャに苦手意識が強く、武司に対しても苦手意識はあった。
それでも渋谷とか新宿に居るようなチーマー陽キャ、いわゆるヤンキーとは違って話しやすい部類ではある。
「俺さ、好きで告った女の子が、1軍のイケメンと付き合ってるって聞いて、マジ泣きしたんだよね」
「うわ、それキツイわな。陽キャざまぁ」
「ひでぇな誠治君!? でもマジでヘコんで1週間くらい笑えなかったんよ」
1軍だったら付き合えていた?、2軍だから断られていた?、コミュニケーション能力がアイツより低いと思われたから断られた?
そんな思いがどんどん湧き上がり、武司はそこから自分を更に磨いていったらしい。ファッションや話し方とか、そういう方面だ。
「でもさ、どんなに頑張っても2軍は2軍だった。俺は女の子に振り向かれないし、話はできるけど好かれないって感じの奴で止まっちまった」
「そっか、まあ急がずやれば良いじゃん」
「急がず歩んでたら高校時代が終わって、未練ばっか残しちまったんだっての」
灰川も何となく気付いていた、武司と話してる内に持った印象、何となく彼は『好かれる素質が薄い』と感じた。
好かれる素質を持った奴は凄い、何をやっても誰からでも好かれるし、自分を取り繕おうが、そうしなかろうが大勢から好かれるのだ。
けれどそんな素質を持ってる者は少ないし、その素質を持ってる者の中でも上か下かというのがある。
「他の4人も似たようなもんでさ、普通に未練とか持ちながら生きてんのさ」
「陽キャには陽キャの悩みがあるのか、俺には分からん世界だね」
「皆そんなもんでしょ、未練とか後悔を感じつつ生きて行くしかないんだよ」
スピードガレージSは2軍陽キャ男子の集まりであり、どのメンバーも人並にコンプレックスを持って生きているそうだ。
陽キャグループの中でイジられ続けて実はスゲェ心に傷が出来たとか、グループの中で自分だけ彼女が出来なかったとか、他のメンバーの未練はそんな所だろうと灰川は予測する。
「俺は陰キャだから陽キャが苦手、つーか陽キャとか見るとドラッグやりながら乱交してるイメージすらあるな」
「それは偏見すぎでしょ!? それじゃ陽キャじゃなくてジャンキーじゃん!」
灰川も自分の事を少しだが明かし、パリピとか言われる人たちが苦手という事を言っておいた。
武司は自分の事を話したのだから、何となく自分も話しておいた方が良いと感じただけだ。そんなに重要な事は言ってない。
「俺らって未練が残ってるのが気になっててさ、それを取り除きたくて活動してんのかもだよ」
「後悔の無いよう生活して、過去の未練も解消したい。随分と欲張りだこと」
「熱くなれる何かが欲しい、10代の頃とかもっとガキだった頃に感じたような高ぶりを今も求めて、昔に残しちまった燃えカスを燃やして流しちまいたい、その方法を探してるのかもって思う」
「燃やした灰を川にでも流したいか、それなら灰川って苗字の俺に頼んで正解だったかもだよ。はははっ」
「そういやそうだな! よろしくな!天才霊能者の灰川誠治! 未来の有名your-tuberスピードガレージSを救えるのは誠治君だけだ!はははっ!」
コテージに向かいながら話す道の中で、灰川は武司という奴のことが苦手ではなくなっていた。
熱くなれる何かが欲しい、心を燃やし尽くせる何かに出会いたい、いつか自分の心を動かしたような景色を見たい、そんな感情は灰川にだってある。
「ここ、良い場所だよな。景色も良くて空気が澄んでて」
「ああ、ここの夕陽は最高だったぜ! 5人でスマホで写真撮る事も忘れて見入っちまったからね」
今は夕焼けは見えない時間だ、けれど灰川には何となく夕陽が見えたような気がした。
懐かしさを思い起こさせるような真っ赤な夕陽、高校時代の帰り道で見た夕陽の田舎道を思い出させる気持ちになった。
彼らはきっと、そんな夕陽のような心に残る瞬間を求めて活動してるのだと灰川は感じる。
未練も後悔も振り切れる程の満足のいく瞬間、そんな都合の良い瞬間などないと心の何処かで分かりつつも求めてしまう。
そんな夢見がちな若い男が2人並んで歩く、その道の感覚は何か懐かしいような気がした。
「…武司君、なんだかアンタには嘘を付きたくなくなった。これから話す事をよく聞いて欲しい」
「え? それってお祓いのこと…?」
「今回のマイナス百物語に関することだけど…実は相当に厄介なモノが関わってる。動画に入ってた幽霊の声、あれは人を呪う快楽を知ってしまったモノだ…」
人を呪う快楽、自分の呪いで人が不幸になったり、幸せな人が不幸になったりするのは面白いと感じる性質になってしまう者がたまに居たりする。
生きている人間にも居るし、幽霊などのオカルト存在にも居て、大概は厄介で面倒な存在だ。
「スピードガレージSのメンバーにもコテージにも問題はなかった、でも…百物語という形が、他の宿泊客か何かに取り憑いていた何かを呼び寄せちゃったっぽいね…」
「マジ…? そんなヤバイの…?」
「呪いを受け続けたら不幸になった末に誰かしらは死ぬ、そして死の瞬間に恐ろしいモノを見る事になると思う」
このままでは5人の内の誰かは取り殺されてしまう可能性があり、その事を武司に告げた。
「ここがコテージか…居るな、酷い悪念を感じる…」
「っ…! 何だコレ…!? 俺ですら怖いって感じる雰囲気あるぞっ…!」
コテージの中を紹介すると言って鍵を預かって来ており、中には入れる状態だ。
武司たちが利用したコテージからは明らかに悪霊の気配が漂っており、酷い霊状態である事が伺い知れる。
マイナス百物語は明るい話を連続で行うものであり、そこには場的にも人の精神的にも陽の気が強くなる行為だ。
そういった場には通常の霊であれば寄って来ないのだが、稀に存在する陽の気に集まるタイプの霊は寄って来てしまう。
武司たちはその中でも嫌な存在である『希望を持った者をドン底に突き落とす事を好む霊』に寄られてしまった。
しかも相当に強い霊であり、人を呪い殺す事も可能な悪霊である可能性が高い。
記憶と行動を変にさせる力があるし、恨みも無い5人を継続的に呪い続ける事ができる力を持っている。厄介かつ油断は出来ない相手だ。
「まずは小手調べと行くか……すぅ~、せいっ!」
こうして灰川によるお祓いは終わり、武司たちはyour-tuberとして特にバズる事も無く大学生活を終えたのであった。
「ちょ! 灰川さん!? その終わり方は何!? そこから悪霊とのバトルとか友情物語が始まるんじゃないのかい!?」
「は、灰川君!? そんな感じで霊能活動をしているのかっ?」
「いや、なんか一息で祓えちゃいまして、武司君も悪い気配が消えたのを感じて唖然としてましたよ」
灰川は非常に強力な霊能者であり、普通に強い程度の悪霊ならば正攻法では負ける事は有り得ない。この時の件も小手調べであっさりと、お祓いは終わってしまったのだ。
「でもマイナス百物語なんて初めて聞いた事だったし、個人的には気味が悪いなって思いましたからね」
「ま、まあ、本人がそう言うなら…」
明るい話をしていても運が悪ければ悪霊なんかが寄って来る事もあるし、その逆だって然りなのだ。
通常の百物語であっても必ずしも悪い霊やオカルト存在だけを引き寄せる訳でもなく、家の者にバレずにVtuberやってる猫叉の生霊とか、コタツが好きなカンガルー親子の霊のようなモノとか、太った狼の霊などが呼び出される場合もあるだろう。
「それで武司君たちはどうなったのだね? その後も交友はあったのだろう?」
「いや、その後は1回だけ会ったんですけど、武司君の仲間とは気が合わず、お互いに大学とかバイトとか忙しくなったんでそれっきりですね」
「そういうもんか、まあ仕方ないよね」
そこからは武司からお祓いの依頼などが来る事も無く、関係性は終わってしまった。スピードガレージSのチャンネルも今は無く、兵どもが夢の跡の諸行無常という感じである。
この一件は灰川にとっては気味の悪さもあった経験だったが、なんだか懐かしさのような熱さを感じた出来事であり、記憶に強く残っていた。
「さて、灰川君の過去も聞けたし仕事に戻るとするか、事務所の移転も終わったことだしな」
「そうですね花田社長、では所属者に3社コラボの解禁に関するメッセージを送るとしましょうか」
「俺も手風クーチェと詞矢運モシィの仕事の処理とかしないとっすね、まあすぐに終わると思いますけど」
こうして灰川、花田社長、渡辺社長の3人は業務に戻って行き、会議は完全に終わったのであった。
その後、仕事が片付いた事務所の中で灰川が休んでいると、スマホにメッセージが届く。
メッセージ 澄風空羽
今夜に史菜ちゃんと私に付き合ってくれないかな?
忙しかったら無理しないで断ってくれて良いからね。
「空羽と史菜? 仕事は終わったしOKだぞと、これで良しだな」
考えてみれば大学生の時に想像していた未来とは全く違った生活になったと灰川は思う。
今はビルの高層階の広いペントハウスに住み、7人もの彼女が居て、芸能事務所の所長になり、国の裏から認められた特殊な人材となっている。
「でもなぁ…自分の力で勝ち取ったって意識がないから、覚悟はあるけど実感は薄いんだよな」
市乃たちを大事にして守り抜くという覚悟はあるが、自分が金持ちだとか権力者という実感が薄い。
確かに今は前より金があるが、べらぼうに使っている訳ではないから自分に金があるという感覚は今も低いのだ。
まあ良いか、と考えて今夜は何があるのかと思ったりする。市乃たちは配信や仕事があるし、アリエルは今日は剣術の修練をするために部屋に籠るとの事だ。
「空羽と史菜は学校帰りだから少し時間に余裕があるな、ちょっと仮眠でもしとくか」
灰川は所長室のソファーに寝転がり、空羽と史菜が車で一休みするのであった。
その一方で学校帰りの空羽と史菜は、今夜に関する事の話し合いをしていたりする。




