刻まれた誓い
資料室での甘やかな興奮がようやく収まった頃、二人はいつものように、温かいハーブティを挟んで向かい合っていた。
先ほどまで赤くなっていたエマの顔はすでにいつもの穏やかな表情に戻っていたが、胸の奥にはまだ微かな熱が残っている。
しかし、その熱を振り払うように、エマは真剣な眼差しを神父に向けた。
「神父様……私、もっと子供たちの力になりたいのです。この教会に集まる皆さんの、本当の助けになりたい。ただの気まぐれではなく、本気で心からそう思っていますの」
その言葉は、前世の死を乗り越え、今世の自分の居場所を守らんとするエマの、偽らざる本心だった。
神父は驚いたように少しだけ目を見張ったが、すぐに形が良い唇を柔らかく綻ばせた。
「エマ様……。あなたのような高潔な令嬢がそう言ってくださるなんて、神の祝福以外の何物でもありません。ですが……」
神父は少し言葉を遮ると、エマの、どこか張り詰めた横顔を覗き込んだ。
「あなたをそこまで突き動かすものが、ただの慈善の心だけではないように見えるのです。まるで、何か大きな使命を抱えているような……。差し支えなければ、あなたの心の重荷を、少しだけでも僕に分けてはいただけませんか?」
その優しく、すべてを包み込むような声音に、エマの心の奥の傷がズキンと疼いた。
前世の孤独、誰にも言えない記憶の混乱、そして今世で直面している冷酷な現実。一人で抱え込むには、それはあまりにも重すぎた。
「……実は、私の婚約者のことですの」
エマはぽつりぽつりと、しかし堰を切ったように語り始めた。
「彼……ライアン様が、他の女性と懇ろになっているのを見てしまったのです。それも、ただの浮気ではないかもしれません。お相手は、最近学園に編入してきたばかりの平民出身の女生徒なのですが……すでに学園内で多くの有力な令息たちを誘惑し、問題を起こしているような方なのです。王太子殿下にまで取り入っているという噂すらあります。そんな不穏な彼女に、私の婚約者までが……」
自分の声が、恐怖と悔しさで微かに震えているのが分かった。
破滅させられるかもしれない恐怖。信頼していた婚約者に裏切られた屈辱。貴族社会のドロドロとした陰謀の気配。
それらを一気に吐き出すエマを、神父は遮ることなく、ただ静かに、深く頷きながら聞き入っていた。
エマがすべてを話し終え寂しげに視線を落とした時、神父はそっと手を伸ばし、机の上にあるエマの震える手を、大きな温かい手のひらで包み込んだ。
「――お辛かったですね、エマ様」
その声には、先ほどまでの穏やかさだけでなく、エマの痛みに共感しきったような、痛切な響きがあった。
「信じていた方に裏切られ、不安の中で藻掻いて苦しんで……。あなたがどれほどの恐怖と孤独の中で、必死に前を向こうとしていたか。脇目も振らず薬草園を耕していたあなたの様子を見れば、それがただの現実逃避ではなく、生きようとする強い意志の現れだったのだと、今ようやく理解できました」
神父の指先から、心地よい体温が伝わってくる。
「どうか忘れないでください。たとえ学園や貴族社会があなたを裏切ろうとも、この教会は、僕は、そして子供たちは、絶対にあなたの味方です。あなたがここに差し伸べてくれた温かい手は、僕たちが全力を賭して守り抜きます」
「神父様……」
見上げるエマの瞳から、一筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
「あなたは特別な人です。僕や子供たちにとっても、この教会にとってもかけがえのない存在だ。打ち上げてくださって、ありがとう。エマ様はとても頑張っていますよ」
「ありがとう……ございます……っ」
エマはもはや婚約者のことなど忘れ、心酔しきった様子で神父を見つめた。




