大蛇の痕跡
王宮を飛び出したルイスは、夜の闇に沈む王都の裏街へと潜り込んだ。
エマが命を懸けて自分を逃がしてくれたのだ。ならば、おめおめと「生き延びました」で終わらせるわけにはいかない。教団を、そしてエマを縛るすべての因縁を根絶やしにするための、絶対的な『証拠』を揃えねばならなかった。
それから、丸二日。
ルイスは全身の傷口からじわりと血を滲ませ、高熱に浮かされそうになる身体に鞭打ちながら、二日二晩、寝食を忘れて王都の闇を駆け巡った。
自身が持つあらゆる情報網を叩き起こし、蜘蛛の巣のように張り巡らされた陰謀の糸を、力ずくで手繰り寄せていく。
まず向かったのは、裏社会の密貿易を取り仕切る情報屋の根城だ。ルイスは拷問でボロボロになった身体のまま、情報屋の胸ぐらを掴み、隣国からの資金の密流を吐かせた。
そこから、バラバラだったパズルのピースが、恐るべき執念によって一つに組み上がっていく。
「……モンテーニュ公爵夫人が代表を務めるドリー財団か。だが、モンテーニュ公爵家には今、出資するほどの財政的余裕などないはずだが」
書き散らされた帳簿の写しを睨みつけ、ルイスは呪詛のように呟いた。
(ともすれば、財団は隣国からの資金洗浄の隠れ蓑。慈善事業への出資名目で教団へ金が流れているのか?)
ルイスは急いで手下に帳簿の写しを預け、第一王太子の命で公爵家にガサ入れをしてもらうよう手配した。網を張れば、必ず売国の証拠となる裏帳簿が見つかるはずだ。
その足で、ルイスは王立軍が管理する刑務所へ急いだ。そこには、終身刑に処される凶悪犯罪を犯した者や、危険な政治犯などが収監されている。
「――久しぶりじゃねえか、ルイスのぼっちゃん。ずいぶん元気そうで」
満身創痍のルイスを見てニヤニヤしながら、重い鉄格子の向こうから声をかけてきたのは、ここの主とも言える、かつて裏社会を牛耳っていた男だ。
組織の内部抗争により売られ、こうして獄中にいる身ではあるが、その悪名は相変わらず刑務所の内外で恐れられている。
「五年前、ルピナス領のル・ロシェで起きた地主夫妻の屋敷火災について、知っていることはあるか」
「……ん〜〜? どうだろうなあ?俺も年だからなぁ、そんな前の事思い出せるかどうか」
「何が欲しい」
ルイスが間髪入れずにそう言うとと、男は鉄格子に脂ぎった顔を近づけ、恐ろしいほどの真顔で告げた。
「面会禁止の解除だ」
「――わかった」
「話が早くて助かるねえ!……ボワ通りに住む、ゴールという男を訪ねろ」
「……間違いないな?」
「それはお前次第だなぁ。——それにしても、お前がそんなに必死なところは初めて見たな。……女か?」
暗い廊下に響き渡る、男の痰の絡んだ笑い声を無視し、ルイスは刑務所を足早に出た。
すぐさまボワ通りへと向かい、ゴールという男を見つけて締め上げた。
尋問の末にその口から漏れたのは、悍ましき虐殺の記憶だった。
男は当時、見知らぬ男から高額な報酬で依頼を受け、雇われたゴロツキ数人とともに屋敷を襲った。扉や窓を外から完全に封鎖し、地主夫妻が中にいることを知りながら放火して殺したのだ。
そして、そこから芋づる式に判明した教団幹部たちの正体――。
ルイスが隣国の古い諜報記録の顔貌、および身体的特徴と照合させた結果、最高司祭の正体は、隣国の秘密組織の「元諜報員」であることが判明した。
さらにエマを誑し込んでいるラファエル神父もまた、隣国の反社会的組織の「実行部隊の一人」だった。
すべてが繋がった。
これはただの新興宗教の暴走ではない。隣国が仕掛けた、我が国への明白な『内側からの国家侵略行為』だ。
◆
二日後の晩。ルイスは再び、第一王太子の執務室へと姿を現した。
その身体は出発前よりも酷く汚れ、包帯からは完全に血が黒く染み出していたが、彼が両手に抱えていたのは、言い逃れの不可能な「国家侵略の完璧な証明書」の山だった。
ルイスから差し出された、最高司祭たちの正体、公爵夫人の売国行為、五年前の放火虐殺の完全な証言書を目の当たりにし、第一王太子は息を呑んだ。
「……ここまでのことを、わずか二日で調べ上げたというのか。お前という男は……」
「これで、王立軍を動かす大義名分は整いました、殿下」
ルイスは凄絶な笑みを浮かべた。身体の痛みはとっくに限界を超え、今は怒りと執念だけで辛うじて立っている。
だが、書類を受け取った王太子の表情は、どこか険しかった。
「見事だ、ルイス。……だが、例のパーティーの摘発の方で問題が発生した。護送中だったモナ・リビエール男爵令嬢が消えたのだ。どうやら近衛兵のなかに手引きした内通者がいたらしい。今、総力を挙げて行方を捜索中だ」
「——くそっ!なぜそんな……奴らの根は、すでに近衛にまで及んでいましたか。ではなおさら、この資料を基にモンテーニュ公爵夫人の身柄を即座に拘束してください。そして、今すぐアストリッド教会の敷地全体を完全に包囲しましょう」
第一王太子は力強く頷き、即座に近衛兵へ出撃の命を下した。
「分かった、これより作戦を開始する。我が王国の総力を挙げ、この売国奴どもを根絶やしにする。……ルイス、お前は休め。これ以上は命に関わる」
「いいえ。俺も行きます」
引き止める王太子の声を遮り、ルイスは外套を翻した。
こうして、教団崩壊へのカウントダウンが始まった。
その頃、追いつめられた教団の裏山――暗闇に沈むあの『調律の儀』の隠れ小屋へと、エマは信者に引かれ、一歩ずつ足を踏み入れようとしていた。




