宿り木
あの教会を訪れた日から数週間、エマは毎日のようにアストリッド教会へと足を運んでいた。
あれからライアンはエマに何も言ってこないし、エマもライアンには会わないようにしている。
最終学年で自由登校の日が増えたことを言い訳に、エマは最近はここに入り浸り、日々黙々とボランティアに打ち込んでいた。
無心で何かに没頭している時間だけが、今のエマにとっては心地よかった。
「あっ、エマ様だ!」
「エマ様! おはようございます!」
エマが到着するやいなや、子供たちは目を輝かせて集まってくる。
「皆、おはよう! 今日は昨日教えた数の書き方の復習からよ。それが終わったらお楽しみがありますから、頑張りましょうね」
「「はーい!」」
天気が良ければ原っぱで、天気が悪ければ教会の一室に彼らを集めて、簡素な木札を使った基礎的な識字指導をする。
最初は手探りだったが、前世の村で毎日のようにやらされていた年下の子守りの経験が、今驚くほど役に立っていた。
「エマ様……本当にこれ、僕に似合ってますか?」
「大変よくお似合いですわ、ラファエル様」
神父ラファエルは、今、悪魔の格好をしていた。
今日は救世主が悪魔を退けた日とされていて、毎年この日には、悪魔に扮した大人に子供たちが木の実を投げて追い払うという行事を行っているのだそうだ。
「はあ……木の実、当たると結構痛いんですよね……。それに神父なのに悪魔役だなんて、なんだか複雑な気持ちですよ」
「そうですね……だけど、その毛皮も尻尾もとっても可愛らしいですわよ? さあ、子供たちが今か今かと待ち侘びておりますわ。早く行ってらっしゃいまし」
「……人間ども、食ってやるぞ〜!!」
「うわー、来たあ!! 皆、投げろー!!」
ラファエルは情けない声を上げながらも、子供たちのために全力で「悪魔役」を熱演して追いかけ回されている。
その微笑ましい光景を、エマは木陰からにこやかに見守っていた。
「お疲れさまでした。子供たちもとても楽しそうでしたわね」
「やれやれ、やっと終わりました。……ところで、今年は子供たちが事前に戦略を練っていたみたいで、罠が仕掛けられてたり陣形が組まれてたりして驚きましたよ。まさかエマ様の入れ知恵ですか?」
「いいえ、私はただ盤上遊戯を教えただけですわ」
「絶対それが原因でしょう!」
子供たちはエマに教わったゲームのルールを応用して、見事にラファエルを翻弄したらしい。
二人の朗らかな笑い声が、教会の中庭に響き渡った。
午後は、いつものように動きやすい作業着に着替え、薬草園で土の手入れだ。
今日は一段と日差しが眩しい。
「いやはや、驚きました。エマ様は由緒正しき伯爵家の令嬢とお聞きしていましたが……実に見事な手つきですね」
ほっかむりをして鍬を握るエマの動きを見て、神父は感心したように何度も頷き、彼女を褒めちぎった。
前世で嫌というほど身体に叩き込まれた動き。
当時は苦痛でしかなかったその記憶が、否応なく正確にエマの四肢を動かしている。
おかげで広い薬草園の作業もみるみるうちに片付いていく。
「……ええ。自宅の庭で、趣味で園芸をしておりますの」
エマはその指摘にギクリとしつつも、頬についた泥を手の甲で拭い、曖昧に微笑んで言葉を濁した。
「前世で鶏小屋の世話もしたことがある」などと、口が裂けても言えるはずがなかった。
「それは素晴らしい事です。エマ様が来てくださってから、子供たちももちろんですが、薬草もなんだか生き生きして見えますよ。エマ様はもう、私たちにとってかけがえのない仲間ですね」
ラファエルはそう言って、嬉しそうにふわりと笑った。
先ほどまで無邪気に遊んでいた子供たちの歓声が耳に届くたび、エマの胸の奥には、ちくりと重い痛みが走る。
(私はただ、自分自身のために、彼らを……子供たちを都合よく利用している)
前世の記憶を思い出してからずっと囚われていた、生き残るための計画。
慕われれば慕われるほど、己の身勝手な目的の裏にある、暗い後ろめたさがエマの心を少しずつ蝕んでいくのだった。




