断罪パーティ
すべては、私の思い通りだった。
学園での私は、紛れもなく世界の中心にいた。
エマニュエル王太子をはじめとする高慢な貴族の令息たちは、今や私の前に跪き、その瞳に濁った盲信を宿して私の一挙手一投足に一喜一憂している。
高位貴族の数人を除けば、生意気だった女生徒たちのほとんども、すでに私の手の内だ。
最近、私は公爵夫人に無断であの乾燥ハーブを練り込んだクッキーに値段を付け、高額で売りさばいていた。
皆、私を通じてしか手に入らない「あのクッキー」を渇望し、狂ったように小遣いを私の元へとつぎ込んでいる。
もちろん、その莫大な収入はすべて自分の懐へと収める。
モンテーニュ公爵夫人の操り人形で終わるつもりなんて毛頭ない。
この金と権力、および王太子という絶対的な盾さえあれば、私は元平民という手枷を外し、本物の女王になれるはずだった。
——そして今日、卒業を目前に控えた王太子が主催する招待制のシークレットパーティが、とある高級会員制クラブの貸し切りサロンで開催されていた。
今夜の私は、王太子から贈られた、目が眩むほどに華やかで派手なドレスに身を包んでいる。
男爵令嬢の身分には到底許されない最高級のシルクと、これ見よがしに散りばめられた宝石の輝き。
それを身に纏い、私は王太子のすぐ隣という特等席に収まって、その周りにライアンを始めとする王太子の取り巻きたちを侍らせていた。
他に集められたのは、すでに私の信者となり、倫理観の麻痺し始めた貴族令息や令嬢たちばかり。
この最高のお膳立てに合わせて、私はモンテーニュ公爵夫人から預かったペリドットのような淡い緑をしたリキュールを、王太子のお墨付きで会場に振る舞うことにしていた。
あのハーブをふんだんに使って醸造された薬草酒――その依存性と破壊力は、クッキーの比ではない。
実験台となった王太子や取り巻きたちの変わり果てた姿が、何よりの証明だった。
彼らは一度あの緑の液体を口にして以来、底なし沼に沈むように溺れていった。
酒が切れれば途端に理性を失って苛立ち、それを打ち消すためにまたグラスを煽る。そうして酩酊している間だけは、哀れなほどの全能感に満たされるのだ。
あの堅物で有名だったライアンでさえ、今や私の前では締まりのない笑みを浮かべ、あわよくばその肌に触れようと指を伸ばしてくる始末。
そんな男たちの姿が、王太子の独占欲をさらに狂わせた。
「モナは俺の女だ」
周囲を牽制するようにそう公言し、私を執拗に欲する王太子。
私はその寵愛を全身で受け止めながらも、決して最後の一線だけは越えさせない。
男など、手に入った途端に征服欲を満たして冷める生き物だと知っているから。焦らし、渇望させ、私の掌の上で踊らせ続けることこそが正解なのだ。
当然、私はその酒に一滴たりとも口をつけない。
私は溺れる側ではない。彼らを利用し、支配する側の、選ばれし人間なのだから。
(モンテーニュ公爵夫人の言いなりでいるのも、あと少しの我慢よ。王太子の権力を使って酒の流通元さえ聞き出してしまえば、もうあんな婆は用済み。自分が黒幕だって事に、馬鹿な私が気づいていないとでも思ってるんでしょうね。使えるだけ使って、一生ゆすって、搾り取ってやるわ)
そうして、この酒がここにいる若き貴族たち、ひいては全国民に浸透していけば、流通元になる私の将来は約束されたようなものだ。
紫煙とアルコールの香りが混ざり合う閉ざされたサロンの壇上で、王太子は私の腰を引き寄せ、熱に浮かされたような高い声を響かせた。
「皆、聞いてくれ!私は近いうちに、マチルド・ブリュイエール公爵令嬢との婚約を正式に破棄する手続きをとる!我が国の次なる王妃にふさわしいのは、この世界で一番優しく愛らしいモナだけだ!」
集まった取り巻きたちが、爛々とした瞳で一斉に歓声を上げ、私たちを称賛する。私は王太子の逞しい腕にしがみつき、嬌声めいた笑い声を響かせた。
——勝った。正式な婚約破棄が成立すれば、私がこの国の頂点に立つ。
今まで私を見下してきたやつらを、今度は私が見下す番が来た。……ざまあみろ!
そう確信し、優越感に浸っていたその瞬間だった。
バン、とサロンの重い扉が乱暴に押し開けられた。
そこへ現れた人影に、会場の締まりのない空気が一瞬で静まり返る。
扉の前に立っていたのは、この不健全なパーティに最も不釣り合いな――ブリュイエール公爵令嬢その人だった。
彼女はサロン内に立ち込める紫煙とアルコールの匂い、あるいは熱気で温められたいかがわしい空気に対して、白手袋に包まれた指先で不快そうに鼻を覆った。
その眉間には深く険しい皺が刻まれており、その場にいる全員を「汚物」でも見るかのような氷の視線が射すくめる。
公爵令嬢はゆっくりと手を下ろすと、絶望も動揺もない、静かな笑みを浮かべた。
「――おめでたい方々。そこまでにしておきなさい」
凛とした声が淡々と口上を述べ始める。その言葉が紡がれるたびに、私の心臓は冷たく凍りついていく。
「モナ・リビエール男爵令嬢。あなたが学園内で生徒たちに秘密裏に売却していたクッキーを入手し、国の生物研究室へ成分分析に提出いたしました。結果、配合されていたハーブに顕著な精神依存性が認められました。学園の生徒たちを薬物によって意図的に操っていた罪は、到底見過ごせません」
「は…?そんな、何を急に……っ、違います!私、 あのハーブがそんなものだったなんて知らないわ!」
「さらに」
私の弁明を、公爵令嬢の声が無情に遮る。
「本日、エマニュエル王太子の後援によりこの集会で用意されていた『薬草酒』。これにもクッキーと同じ成分が含まれ、アルコールの相乗効果で依存性が著しく高いと判明しました。あなたは既にこの酒を王太子および数人の貴族令息へ与えており、その悪質性が問われています。国家に対する諜報行為、および国家反逆罪の容疑で、あなたを直ちに連行します」
次の瞬間、公爵令嬢の背後から武装した近衛兵たちが一斉にサロンへと踏み込んできた。私的な隠れ家だったはずの場所は、一瞬にして包囲されたのだ。
「キャアアアアッ!」
「近衛兵だ!なんでここに!?」
兵士たちが入ってきた瞬間、サロン内は恐ろしいほどのパニックに陥った。
さっきまで陶酔に浸って踊り狂っていた貴族の子供たちは、一瞬にして顔面が蒼白になった。
このパーティへの参加が公になれば、自分だけでなく家名が完全に失墜する。その恐怖に突き動かされた彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
「どけ!離せ、俺は関係ない!」
「私はただ誘われただけよ!」
彼らはドレスの裾を踏みちぎり、互いを突き飛ばし、裏口や窓へと狂ったように殺到していく。
私や王太子を助けようとする者など、ただの一人もいなかった。
——これが、私が手に入れたはずの「世界の中心」の、あまりにも無残な結果だった。
「違う!そんなの全部嘘よ!離して!皆、助けて!エマニュエル様ぁ!」
私は叫んだが、肝心の王太子は青白い顔でぶるぶると震え、床にしがみつくばかりで何の役にも立たなかった。
薬物とアルコールで脳を溶かされた男など、有事の際にはただの木偶の坊でしかなかったのだ。
王太子から贈られた自慢の派手なドレスは、逃げ惑う者たちに容赦なく踏みにじられ、無残にも床に擦れて汚れていく。私は両腕をがっしりと掴まれ、衆人環視の中で引きずられていった。
酷く惨めで、屈辱的な幕引きだった。この私がここで終わるなんて――。
連行車へと押し込められる間際、私を誘導していた一人の兵士がさりげなく側に寄り、周囲を気にしながら私の耳元で低く囁いた。
「モナ様。モンテーニュ公爵夫人の口添えがありました。貴女をこのまま正規の監獄へ連れて行くわけにはいきません。今から、別の安全な場所へと移動します」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、私は安心感で気が抜けそうになった。
良かった。あの公爵夫人が、便利な駒であるこの私を捨てるはずがなかったのだ。媚を売り続けてきた甲斐があった。
「ええ、分かったわ。案内して」
私は警官の言葉を微塵も疑うことなく、差し出された馬車へと自ら足を踏み入れた。
これから向かう「別の場所」が、二度と光の差さない、本当の地獄の入り口であることなど、夢にも思わずに。




