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愛着の行き先

 中学を卒業した私たちは、名前さえ書けば誰でも入れるような、お互いの親も村も大して関心を持たない底辺高校へと一緒に入学した。


 村の大人も兄弟同然に育った子たちも、もはや私には何の期待もしていないようだった。「あの部屋」に行く事もなければ、進路についても誰も何も言ってはこなかった。



 それに、私の気持ちも何一つ変わっていなかった。


 満里奈から貰ったスマホを握りしめ、卒業した後のルームシェアのために、ひたすら求人情報を眺めて算段を立てる毎日。

 それだけが、私の生きるすべてだった。



 ――けれど、ある日を境に、歯車が狂い始める。




「ねえ、聞いてよ。私、彼氏できたんだよね」


 放課後のファミレスで、満里奈は少し照れくさそうに、けれど今までに見たこともないような、年相応に頬を染めた笑顔でスマホの画面を見せてきた。


 相手は、バンドマンで二十三歳の男だった。


 最初は、友達を取られたという嫉妬心を悟られないようにしながら、「よかったじゃん」と一緒に喜んだフリをしていた。

 けれど、それからの満里奈の話題は、狂ったようにその彼氏のことばかりになっていった。



「昨日からずっとライン未読無視されてる……。SNSはオンラインなのに、おかしいよね?何で? 別の子といるのかな」


「絶対浮気してる。さっき別の女にコメ返してたし!あいつ殺すマジで!」


「彼氏に振られたら、生きていけない……」


 かつて、学校のシステムを冷ややかに見下し、私に世界の戦い方を教えてくれたあの賢くて強い満里奈は、どこにもいなくなっていた。


 情緒が不安定になり、スマホの画面に一喜一憂し、男からの連絡一つで天国と地獄を行き来する日々。

 満里奈の腕には、いつの間にか、生々しいカッターの傷跡が何本も刻まれるようになっていた。


 男の気を引くため、自分の不安を埋めるためだけに繰り返されるリストカット。



「満里奈、もうあんな男やめなよ!卒業したら二人でルームシェアするって約束したじゃん。バイトしてお金貯めようよ!」


 私は必死だった。こんなの、私が憧れた満里奈じゃない。

 私の一番星だった満里奈を元のかっこいい彼女に戻したくて、必死に言葉を尽くし、何度も彼女の家へ通った。


 けれど、私の声は何一つ、彼女の耳には届かなかった。恋愛に脳まで支配され、盲目的な依存状態にある満里奈にとって、私の思いはただのノイズでしかなかったのだ。

 



 そして、終わりの日はあまりにも突然に、静かに訪れた。


 ある朝学校に行くと、満里奈の姿がなかった。


 体調不良の欠席だろうか。そう思いながら、胸を騒がせる黒い予感に耐えきれず、昼休みにメッセージを送った。


『満里奈、今日どうしたの? 大丈夫?またあの男といるの?』



 放課後になって、ようやく既読がついた。


 返ってきたのは、たった一言だけのメッセージだった。


『ごめんね』



 ——心臓が冷たく跳ね上がった。

 それから何度メッセージを送っても、既読はつかず、通話の呼び出し音だけが虚しく響き続ける。




 私は半狂乱になりながら、涙で視界をにじませて、満里奈の校外の友人たちを片っ端からSNSで探し、聞いて回った。

 けれど、誰も「知らない」「あいつ最近界隈に顔出してないし」と冷たい返事を返すばかりで、何一つ情報は得られなかった。


 毎日満里奈の家のアパートへと走り、数日経ってやっと帰宅してきた彼女の母親を捕まえて、すがるように尋ねた。


「あの……っ、満里奈は!? 満里奈、どこに行ったんですか!?」



 水商売特有の、きつい香水の匂いを漂わせた満里奈の母親は、ひどく面倒くさそうに私を一瞥すると、煙草に火をつけながら他人事のように言い放った。


「満里奈ぁ? ああ、あの子なら『彼氏と一緒になる』って、昨日荷物まとめて出て行ったよ。もう帰ってこないんじゃない?」




 ――嘘。


 頭の芯がスーッと冷えていくのが分かった。


 あんなに優しくて、あんなに強くて、私を狭い世界から救い出してくれた、世界でたった一人の私の友達。


 その満里奈が、たかが一人の男の「都合のいいおもちゃ」になるために、私との未来を、あの約束を、ゴミ屑みたいに足蹴にして消えてしまった。




(結局……みんな、同じだ)


 村の大人たちも、満里奈を洗脳した男も、それに喜んで飲み込まれた満里奈も、そして——いつの間にか満里奈が世界の中心になっていた私も。


 誰も彼もが、誰かを支配したがり、誰かに依存したがり、絆という麻薬に溺れて、約束も、尊厳も、簡単に踏みにじっていく。



「……あはは」


 満里奈の家の前で、私は掠れた声で笑った。


 私の中で、何かが完全に、修復不可能な音を立てて死んだ。

 





 それからの私は、本当に、文字通りの「ひとりぼっち」になった。


 誰とも喋らず、誰とも目を合わせず、ただ心を完全に閉ざしたまま、灰色の高校生活を義務のようにこなした。出席日数ギリギリで、なんとか卒業という肩書きだけを手に入れた。



 卒業式の翌日。


 私は村の大人たちに何一つ告げず、荷物とも呼べないほどのわずかな私物だけをバッグに詰め込み、振り返ることもせず深夜の高速バスに飛び乗った。



 身分証も、頼れるあても、金もない。



 そうして私は、空っぽになった心だけを持って、誰も私の過去を知らない街へと逃げ出したのだ。


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