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心友

 中学校に上がっても、状況が好転する事などなかった。


 同じ小学校出身の奴らが一定数スライドしてくるのだから、そこに救いなどあるはずがない。「カルト村の泥棒の子」というラベルは、私の背中に深く、醜く貼り付いたままだった。


 けれど、そんな灰色の世界で、私は中学三年生で初めて「友達」というものを知った。



 彼女は、同じクラスの満里奈という子だった。


 私と同じように、クラスでは完全に浮いた存在の女の子。ただ、私と決定的に違っていたのは、満里奈が圧倒的に「攻撃的」だったことだ。



 校則を無視して染めた髪。スクールメイクの枠を超えた濃いアイラインに、ぶかぶかのカーディガン。耳にはたくさんのピアス。


 休み時間になると、机の陰でスマホの画面を高速でスクロールし、周囲を鋭く拒絶する彼女は、クラスの誰も寄せ付けない独自の気配を放っていた。




 漏れ聞こえてくる噂によれば、満里奈の父親は幼い頃に蒸発し、母親は夜の水商売で完全な放任主義。すでにネットの界隈で知り合った他校の高校生や、夜の街の人間と夜通しつるんでいるらしい。





 教室の「最底辺の透明人間」だった私と、スクールカーストの枠組みから外れた場所で荒れていた満里奈。

 住む世界が全く違うはずの二人が交わったのは、放課後の誰もいない教室でのことだった。



 夕闇が迫る教室で、何かの拍子に二人きりになったとき、机に突っ伏していた満里奈が、スマホの画面を伏せてポツリと呟いた。


「……皆、死ねばいいのに」


 いつもなら、関わらないように気配を消して目を逸らすはずだった。なのに、その時の私はなぜか、何かに背中を押されるように、自分の口から言葉が溢れ出ていた。



「……私の家、カルト村なんだ。毎日、変なお祈りさせられて、服もみんなで使い回し。……言うこと聞けないと閉じ込められる、洗脳部屋もある」


 私が初めて他人に打ち明けた、生々しい告白。

 それを聞いた満里奈は、一瞬だけ目を丸くして顔を上げた。


 驚くか、あるいは引かれると思った。けれど、次の瞬間、満里奈は背もたれにのけぞって大声で笑いだしたのだ。


「あはははは! 何それウケる! 地獄じゃん、それ!」



 クラスの誰もが憐れむか、気味悪がって触れようとしなかった私の「異常な背景」を、満里奈は『地獄』というたった一言で笑い飛ばしてくれた。

 その容赦のない軽やかさに、胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。



「……でもさ、私の親もかなりヤバいよ。会えば『あんたなんか産まなきゃよかった、あんたのせいで人生狂った』ってヒステリックに怒鳴って、普通に殴ってくるもん。ガキの頃から放置されてて、ママが何日も帰ってこない日は床にこびりついた米粒拾って食べたりさ。どっちもどっちだね、私ら」


 そう言って自嘲気味に笑った満里奈が、着崩した制服の襟ぐりを直した拍子に、鎖骨のあたりから、鈍い青や黄色の混じった生々しい痣が覗いた。



 ――浮世離れした村という見えない檻に心を殺されかけている私と、肉親の暴力という狂気に心身を痛めつけられている満里奈。


 最悪の環境を笑い合えたその瞬間、私たちの間に、目に見えない絆が生まれた。




 学校でただの透明人間だった私は、満里奈といる時だけは、確かにそこに存在する「一人の人間」になれた。




 それから、私たちは空虚を埋めるように、常につるむようになった。



 一緒にファストフードを食べ、ゲーセンに行ってたくさんプリクラを撮った。駄菓子を食べたことがないと言う私に、満里奈はコンビニで全種類のお菓子を買ってきて、これは美味しい、これは不味い、と笑い合った。


 満里奈は私に使っていないメイク道具を分けてくれ、メイクの仕方を教えてくれた。

 初めてスキンケアやヘアケアという概念を知り、地味な顔に派手な化粧を施すたび、私は自分だけの「鎧」を手に入れていくような高揚感を覚えた。

 

 さらに、私のために、満里奈は「知り合いの余ってたやつを貰ってきた」と言ってスマホを調達してくれた。その画面から流れ込んでくる外の世界の光は、あまりにも眩しかった。


 何もかもが新しく、新鮮な体験。全部全部、満里奈が私にくれた宝物のような日々だった。



 そうやって満里奈は、村の狭い価値観と学校の同調圧力に押し潰されそうになっていた私に、全く新しい視点を与えてくれたのだ。



「学校の先生なんて、所詮は給料のために仕事でやってるだけ。まともに相手する価値ないよ」


「学校なんてさ、上が扱いやすいロボットみたいな人間を作るための工場じゃん。だから、はみ出しものの私たちが気に入らないだけ」


「普通の家に生まれたやつらに、私たちの苦しみなんてわからない」



 村や学校が世界のすべてだと思い込んでいた私にとって、満里奈の言葉は、檻の格子をぶち破る鉄球のようだった。


 彼女が語る世界の捉え方は、冷めていてリアルで——私は満里奈が、たまらなく大好きだった。



「一緒の高校に行こうよ。それで高校卒業したらさ、二人でルームシェアしよう。皆全員ブロックして、誰も私たちのこと知らない街で、私たちの好きなものだけで部屋をいっぱいにしてさ」


 満里奈が語るその未来の約束が、私の暗闇の人生に、初めて灯った明確な「希望」になった。





 私たちは毎日のように授業をサボり、二人で誰も来ない屋上の隅へと向かった。


 イヤホンを片方ずつ分け合い、お気に入りの音楽を聴きながら、他愛のない話をして時間を潰した。


 村の厳しい門限なんて、もうどうでもよかった。

 

 満里奈の母親が新しい男の家に行っていて留守にしている、お香とタバコの匂いが混ざった小さなアパートに、無断で泊まる事も度々あった。

 満里奈の校外の友人たちと合流して、深夜のファミレスや、青白いネオンが光る夜の繁華街を徘徊して、始発まで遊び明かすこともあった。




 当然、そんなことをすれば、村に戻った後に待っているのは苛烈な罰だ。体罰を受ける事さえあった。


 けれど、満里奈と過ごすうちに、私は村のルールを破ってあの暗い「洗脳部屋」に叩き込まれても、吊るし上げになって叩かれても、不思議なほど全く動じなくなっていった。


 チカチカと点滅する不気味な蛍光灯も、ザーザーと流れるノイズも、自分を醜く映し出す大量の鏡も。


(――こんなの、ただの子供騙しだ)


 そう心の中で嘲笑える強さを、私は満里奈から貰っていた。



 ただ目をつむり、耳を塞いで、頭の中で満里奈と約束した「二人だけのルームシェアの部屋」の景色を思い浮かべていればよかった。頭を痺れさせる煙のおかげで、私はその景色に浸りつづけた。そうしていれば、私の心には一ミリも、彼らの言葉は届かなかった。


 かつて私の中に、教団の大人たちによって強固に張られていた「洗脳の根」が、音を立ててボロボロと脆く、崩れ落ちていくのを感じていた。



 私はもう、あの村の奴隷じゃない。

 私には満里奈がいるんだから。


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