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モナという少女

アズール学園で「天真爛漫で見目麗しい」と言われるリビエール男爵の養女、モナ。

 だが、その仮面の裏にある彼女の半生は、暴力的で悲惨な現実の連続だった。






 モナは、街の最底辺にある貧しい庶民の家に生まれた。


 生まれた瞬間から、彼女の人生は狂っていた。

 ありふれた茶色の髪を持つ両親から生まれたモナの髪は、白雪のように美しいホワイトブロンドだったのだ。


 貴族であれば、極稀に起こる隔世遺伝だろうと推測できるものもいる。

 しかし、学のない貧民街の住人たちにそんな理論が通じるはずもない。



 近所からは「どこかの貴族の種を孕んだ売女の子供」と指を差され、父親は母親の不貞を疑って、毎日のように狂ったような暴力を振るった。

 殴られ、顔を腫らした母親は、幼いモナの髪を掴み、いつもヒステリックに叫んだ。



『あんたのせいで! あんたのその忌々しい髪のせいで!あんたなんか産まなきゃよかった!消えてよ!』



 暴力と罵声、それがモナにとっての「家庭」だった。



 さらに一歩外へ出れば、その美貌を狙う人間たちが這い寄ってくる。

 幼い頃からいじめられたり触られたりするのは日常茶飯事。また、成長するに従い、顔だけは良い両親の遺伝が良くも悪くも作用して、さらに目立つようになった。モナは「不埒なこと」をされそうになる危機を何度もくぐり抜けた。


 そんな地獄のような環境で生き残るため、モナは生きていくための武器を、血を吐くような思いで身につけた。


――相手の心理や行動を、徹底的に読むこと。



 その始まりは、十二歳の頃のパン屋の店主だった。空腹に耐えかねるモナを哀れみ、パンを恵んでくれたのがきっかけだ。


「おじさん、ありがとう。こんなに美味しいパン、食べたことない……。ねえ、また来てもいい? パンが欲しいんじゃなくて、初めて優しくしてくれた人だから……おしゃべりだけでもしたいの」


 鈴が鳴るような声でそう言い、うるうるとした瞳で店主を見つめる。それは飢えていたモナが心の底から発した感謝であり、同時に本能的な防衛でもあった。


 店主は真っ赤になって慌て、それからは特別にいつでも無料でパンをくれるようになった。その時、モナは悟った。自分の美貌は、上手く使えば強力な武器になるのだと。



 それからは日々、人間観察と試行錯誤を繰り返した。

 目の前の人間が何を望んでいるのか。どんな言葉をかければ喜び、どんな隙を見せれば油断するのか。

 相手の欲望の出処を正確に見抜き、先回りして自分が有利に立つ。そのためには使えるものはなんでも使う。


 それが、彼女が五体満足で生き残るための「自衛」の手段だった。

 


 十六歳になる頃、モナのスキルは「生きるための生業」へと進化した。

 十六年間で彼女が学んだのは、日々の暮らしに喘ぐ貧民街の者より、金を持った人間の方が支配しやすいということだ。生理的欲求が満たされている彼らは、愛や承認、尊敬に飢えている。偽りの愛を与えてやれば、すぐに手懐けることができた。


 愛と引き換えに行うのは搾取だ。何も奪われないように、誰にも本当の心は差し出さない。親から愛されなかったモナにとって、それが生きる核となった。




 その美貌を最大の武器にし、少し見栄えのいい服を着て、金を持っていそうな「妙齢の男」たちに近づく。

 いかにも無知で従順な娘のフリをして取り入り、「虐待をする親から早く離れたい」「借金があって逃げられない」などの同情を誘う言葉や、「貴方みたいな素敵なお父さんだったら幸せだったのに」「早く大人になって、貴方と暮らしたい」などの甘い言葉で財布の紐を緩めさせ大金を騙し取っては、パッと煙のように姿を消す。


 そんな詐欺まがいの綱渡りで、彼女は日々の生計を立てていた。



 だが、そんな悪知恵がいつまでも完璧に通じるほど、社会は甘くなかった。


 ある時、同じように騙して金を巻き上げた男が、運悪く「本物の危険な男」だったのだ。消えたモナに激しく心を傷つけられたその男は、執念深くモナの居場所を突き止め、狂気的なストーカーへと変貌した。



「見つけたぞ、モナ……なんで、なんで俺を捨てたんだよお……! 君の借金を返したら結婚しようって約束したじゃないか!一緒に式場の予約までしたじゃないか! 妻も子供も捨てて、家財も売ってまで金をやったのに!お前を殺して、俺も一緒に死ぬ!!」


 薄暗い裏通り。刃物をチラつかせ、逃げ場を塞ぐ男。男の目には明らかな殺意と、歪んだ独占欲がギラギラと輝いていた。



 どれだけ言葉巧みに心理を誘導しようとしても、完全に理性を失った狂人には通じない。

 壁に追い詰められ、モナが生まれて初めて「死」の恐怖に身体を硬直させた、その時だった。


 重厚な馬蹄の音が、静かな路地に響き渡った。



 現れたのは、平民街にはおよそ似つかわしくない、一台の高級馬車だった。



 男が驚いて振り返る中、馬車の窓のカーテンが静かに開き、中から一人の貴族らしき女性が顔を覗かせた。仕立ての良いドレスを纏い、凛とした気品を漂わせるその女性は、冷めた眼差しで男を一瞥すると、護衛の騎士たちに低く命じた。



「不届き者です。……排除しなさい」


 騎士たちが馬車から降り一歩近づいただけで、狂った哀れな男は悲鳴を上げて逃げ出していった。




 九死に一生を得たモナは、冷たい地面にへたり込んだまま、自分を見下ろす美しい貴族の女性を、ただ呆然と見上げるしかなかった。


(助けられた……? なんで貴族が私を……?)


 これが、モナの人生を大きく変えることになる、「あの夜」の出会いだった。

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