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独房にて

 先ほどまですっかり洗脳された様子だった男が、焦点の合った瞳と確かな足取りで礼拝堂の裏手をうろついている――その決定的な不自然さを、抜け目ないラファエルが見逃すはずがなかった。



 ルイスの首筋に冷たい汗が伝う。


「ラファエル様……。いや、ちょっと出来心で、この小屋が気になったもんですから……記者の悪い癖ですかね、いやすみません本当に」


 ルイスは咄嗟に調子のいい笑顔を貼り付け、必死に信者の顔を演じ直そうとした。

 だが、ラファエルはその見え透いた弁明に、それ以上一切の耳を貸そうとはしなかった。



「……こちらへ来てください」


 有無を言わせぬ声。

 ルイスは逃亡の機会を窺う間もなく、背後に回った屈強な男たちと神父に挟まれるようにして、教会奥の個室へと連れ出された。








 重い木製の扉を押し開け、部屋の床に目を落とした瞬間、ルイスの背筋に冷たい緊張が走った。



 部屋の中央にある古びた机の上。そこには、ルイスが寝泊まりしていた部屋の、二重底の鞄に仕込んでおいたはずの私物が無造作にぶちまけられていた。




「――ルイスさん。少し、お聞きしたいことがありましてね」


 神父はいつもの優しげな仮面を完全に消し去り、冷徹な、獲物を値踏みするような目でルイスを見据えていた。



「実は、新しく入信した信者の中にどうにも不審な動きをしている者がいると……熱心な信徒から『密告』がありましてね。それで、大変心苦しかったのですが、あなたの荷物を改めさせていただいたのです。……さて、このノートには、随分と面白いことが書き連ねてありますね?」



 神父の細い指先が、一冊の小さな手帳をトントンと規則的に叩いた。


 それは、ルイスがこれまでの調査内容――教会の様子や毎日の儀式、『調律の儀』の詳細や、「モナ」「エマ」に関する相関関係などを書き留めていた、極秘の調査メモだった。



「ただのゴシップ記者にしては、文字の筆跡も、頭の回り方も、いささか『お上品』すぎる。……あなた、本当は何者ですか?」



「――チッ」


 ルイスが鋭く舌打ちをした瞬間、背後の影から大柄な男たちが数人、音もなく距離を詰めてきた。



 それからの記憶は、鈍い打撃音と、肉体が引き裂かれるような激痛に塗りつぶされている。

 言い訳など通用する相手ではない。ルイスは衣服に隠し持っていた武器を奪われ、激しい折檻を受け、抵抗する間もなく教会の地下深くに存在する狭い独房へと容赦なく放り込まれた。




「彼女は渡しませんよ」


 ラファエルはルイスを見下げてそう一言投げかけると、重々しい鉄扉をバタンと閉めた。完全に閉じ込められてしまった。


 周りを見回すと、石造りの壁には、かつてここに閉じまれたであろう人間の、必死にこじ開けようと爪で引っ掻いたような黒ずんだ染みが不気味にこびりついていた。



「あー、くそったれ……!」


 床に倒れ込んだまま、ルイスは痛む脇腹を抑えて激しく悪態をついた。




 エマのあの、底知れなさを甘く見た。

 そして、レオンとの同盟に一瞬でも安堵した代償は、あまりにも大きすぎた。


 このままでは王立軍への報告はおろか、ここで誰にも知られずに犬死にすることになる。






 しばらく冷たい床に転がっていた。

 全身の打撲痕が、熱を持ったようにズキズキと脈打つのがわかる。息をするだけでも激痛が走った。



 これではレオンとの約束も果たせそうにない。

 それに、神父へ密告したのは十中八九、彼が必死に守りたがっていたエマ本人だ。


 ——彼女はレオンが思うほど、純粋で無垢な令嬢でも何でもない。自分の世界を守るためなら容赦なく牙を剥く、冷酷な女だということだ。






 激しい無力感に苛まれて、ルイスは腕を重く目の上に載せた。


 目を閉じると、苦い古い記憶が脳裏の底から這い上がってくる。



 あれはまだ、ルイスが十七歳の頃。

 

 金銭のやり取りでヘマをして、暴力団の若手たちに囲まれ、集団暴行を受けたことがあった。なす術もなく殴られて死を覚悟した路地裏。


 だけどあの時は、なんと普段は酒に溺れて酩酊している事の多い彼の母親が、現場へ駆けつけてきたのだ。

 泥だらけになって地べたに這いつくばり、涙ながらに必死に息子の命を乞うた母親。


 なんとか許しを得た帰り道、何事もなかったかのように前を歩く母親の、小さく震える背中を後ろから盗み見ながら、ルイスは涙で肩を激しく震わせたのだった。




(母さん……ごめん……)




 胎児のように縮こまり、消え入りそうな声で呟いた、その時だった。


 静寂を破って、カチャリ、と部屋の鍵が回る金属音が響いた。




 暗闇の中、ルイスが痛む身体を引きずるようにして目を凝らすと、逆光の中、ゆっくりと誰かの細い輪郭が浮かび上がった。


(母さん……?いや——)




 ――それは、エマだった。


 エマは、貴族令嬢らしく小首を傾け、蔑むような目でルイスを見下ろしていた。



「――酷い有様ですわね」

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