密約
礼拝堂には子供たちが集合し、朝の祈りが始まろうとしていた。
ルイスはレオンの目配せに従い、神父たちの目を盗んで、礼拝堂の裏手にある薄暗い薪小屋へと足を運んでいた。
扉を閉めると、レオンが張り詰めた表情でルイスを見上げた。その瞳には、焦りと不安が混ざり合っている。
「……おっさん、本当は、ただの新聞記者なんかじゃないよね」
「へえ……」
ルイスは薪の山に腰掛け、右の口角に笑みを浮かべた。驚きはあったが、それを表には出さない。
「なぜそう思った?」
「おっさんの書く文字の癖とか、歩き方とか……それに、エマ様と話し終わった後の顔見て確信した。……俺、何年もここで色んな人間を見てきたからわかるんだ。おっさんは、ここの秘密を暴きに来たんじゃないの」
レオンは小さく息を吐くと、ポケットからしわくちゃになった銀紙の切れ端を取り出し、じっと見つめた。飴の包み紙だった。
「……俺、ずっと記憶喪失だったんだ。自分が誰で、どこから来たのかも思い出せないまま、ただ息をしてるだけの抜け殻みたいだった。……でも、エマ様がこれをくれた時から、だんだん昔の事を全部、思い出したんだ。俺の両親はこの街の地主で、聖アリア教の奴らに土地を奪われて、火事に見せかけて殺されたって事」
包み紙を握りしめる少年の小さな拳が、かすかに震えている。
「俺をもう一度この世界に引きずり出してくれたのは、エマ様なんだ。あの人は、恩人なんだよ。……だけど今のエマ様は、おっさんのことをすごく嫌がってる。怪しい、信頼できないって、遠ざけようとしてるんだ」
レオンは一歩、ルイスに近づいた。その目には、子供らしからぬ計算高い光が宿っていた。
「外の世界をほとんど知らない俺にとって、おっさんは外と繋がるちょうどいい保険の駒なんだ。俺はおっさんを手放したくない。けど、おっさんがここに残ったら、近いうちにエマ様が排除に向けて動くかもしれない。……だから、お願いだ。俺に協力して」
「協力?」
「俺はエマ様を見守りながら、教会の裏の汚い証拠や怪しい動きがあればおっさんに伝える。伝達は……そうだな、あそこのオリーブの木の根元にある穴に紙を入れておく」
そう言って、レオンは視線を礼拝堂の入り口へと向けた。
「ミサのある日曜日なら、参加者に紛れて気づかれにくいと思う。特に第二、第四週の日曜日はパンとスープの配給日だから、それ目当てで来る人間も多いんだ。だから……おっさんは一旦外に戻って待っててほしい。俺が『今だ』って言うまでは、絶対に何もしないで」
レオンはルイスの服の裾をぎゅっと掴み、幼い顔を必死に歪めて訴えかけた。
「まだ証拠が十分じゃない。今、急に大きな事を起こしたら、エマ様まで教会の悪い人たちの仲間と思われて一緒に巻き込まれちゃうかもしれないんだ。だから、その『時』が来るのを、離れたところで待っててほしいんだ」
(なるほどな……)
ルイスは自分にすがる少年の細い肩を見つめた。
エマを守りながら、教団に一人で立ち向かおうとしていた子供。その健気さが、かつての母親を救おうとしていた自分の姿にどうしても重なってしまう。
「わかった。……ただしレオン、俺もいつまでも待てるわけじゃない。それに、お前自身の安全にも気をつけろよ」
「……うん! ありがとう、おっさん」
「おっさんやめろ。まだ二十二だぞ俺は」
レオンはほっと顔を綻ばせ、服から手を離した。
――新たな協力者を得た。そんな安心感からか、油断していたのかもしれない。
レオンに続き、時間を置いて小屋を出たルイスは、周囲の確認を怠った。
「そこで何をしているのですか? ルイスさん。ずいぶんお元気そうですね」
振り向くと、ラファエル神父が間近に立っていた。
いつもの柔和な笑顔の形をしているはずなのに、その目は、一切笑っていなかった。




