信者の正義
帰り道、茜色に染まる街道を、エマは心地よい余韻に浸りながら歩いていた。
先ほどまで頭を包んでいたクラクラとするような白い霧は、いつの間にか綺麗に消え去っている。代わりに残ったのは、これまでにないほど巨大な使命感だった。
(私が、聖女……ええ、もっともっと、頑張らなくては!前世の私とは違うわ!)
胸の奥が、熱い達成感でじわじわと満たされていく。もう、誰の言葉に惑わされることもない。
「――おい。おい、そこの女」
物陰から、ぬっと一人の怪しげな男が姿を現した。深くフードを被り、鋭い眼光を放つその男は、エマの前に立ち塞がると、低く気怠げな声で声をかけてきた。
「お前がエマ伯爵令嬢か。……チッ、あの噂話は本当だったというわけか」
男は教会の建物を忌々しげに睨みつけると、エマに一歩詰め寄り、脅すような低い声で囁いた。
「おい、忠告だ。こんなろくでもないところからは一刻も早く足を洗え。お前、洗脳されてるんだよ。そこの奴らは、お前が思っているような聖人でもなんでもない、ただの詐欺師だ。さっさと逃げないと、取り返しのつかないことになるぞ」
前世の記憶を取り戻す前のエマであれば、その不穏な警告に我に返ったかもしれない。
だが、エマは笑顔を消し、冷徹な令嬢の顔に戻ると、不遜な男をまっすぐに見据えて冷ややかに言い放った。
「……私の事も、教会の事も、何一つよく知らないくせに。名乗りもせず、随分と不躾な方ですのね。あいにく、面白可笑しく記事にできるような事柄などございませんので。お引き取りください」
「は?おいっ……」
男は焦ったように、エマの華奢な手首を掴もうと、節くれだった手を伸ばしてきた。
「話を聞けって――」
「無礼者。触らないで」
エマの声音は、夜の底のように冷たく、そして鋭かった。男の手を払い拒絶すると、毅然とした態度で言葉を重ねた。
「身元の不確かな方からの、根拠のない中傷に耳を傾けるつもりはありません。ご心配いただいたようですが、他人からの口出しは無用です。失礼します」
男の言葉を完全に突き放し、エマはドレスの裾を翻した。そして、フンと鼻で笑うようにして、その場を悠然と歩き去る。
「おい! 待てって! 痛い目を見てからじゃ遅いんだぞ……!」
背後で男が苦々しく舌打ちし、呼び止める声を完全に無視しながら、エマは一度も振り返ることなく歩みを進めた。
(私の邪魔をする奴は、誰であれ許さないわ)
夕闇が迫る街のなか、エマの瞳には、どこか底冷えのする冷たい光が宿っていた。
私が、皆を守ってみせる――。
エマの胸は、心地よい歩調と共に、どこまでも歪んだ使命感で満たされていくのだった。




