89.忌鱗示
「そういきり立つでない竜殺しよ。少しばかり話でもせぬか?」
「とち狂った冗談を聞く耳は持ち合わせていない……」
玉座に整然と座ったままのゾーン。
その外見だけを見れば稀に見るほどの絶世の美女に対して、エイジはこれでもかと尖らせた視線を送り続ける。
今すぐにでも自分の手で屠り去ってしまいたい竜の親玉を目の前にして、どうにも手を出せない状況。歯が軋むほどの苛立ちばかりがエイジの胸に募っていく。
そんな彼の一歩前に出て、フォウが自らの肩に乗っていた白い髪を翻す。
「さっきからどういうつもりじゃ西の」
「どういうつもり? 何がであるか?」
「ヴェルフェリアにわしらが踏み込んでから、その空間を袂ける能力とやらでわしらを二手に分断したこと。わざわざおぬしが居るここ……まぁ実際にはここに居てここに居らんらしいが、ここにすんなりと通したこと。なにより戦うと思いきや話をしないかと言いだしたこと……はっきり言って意図がわからんのじゃ」
妙な不可解さ。それを感じていたのは至極冷静なフォウだけではない。
憎悪と殺意に胸を膨らませたエイジでも、それくらいの違和感は覚えていた。
エイジが今まで戦ってきた竜たちは、性格の違いから大小の驕りや余裕はあったものの、必ず警戒心を持ち、殺気を滲ませていた。
しかし玉座のゾーンには、警戒や殺気といったものがまるで感じられない。
ヴェルフェリアに足を踏み入れてから今に至るまで、四王であるゾーンのプレッシャーは感じているのだが、それは明確な殺気などではないと、対峙した今ならわかる。
このプレッシャーは言うなれば、無機物でも持ち合わせている迫力のようなもの。
巨大な建造物を見たとき誰でも圧倒されるあの感覚に近い。
つまりゾーンはいま完全に無警戒なのだ。ただそこに座っているだけに過ぎない。
「ふむ、そうであるな……そなたらを二分したのは何てこともない。向こうの二人ではどう足掻こうとも余に敵うわけがないからな。居ても目障りなだけだ。同胞たちの餌にでもするつもりであった」
「っ……貴様ぁ」
「後の二つは話すまでもないであろう、のぉ? 白竜よ」
「……ふっ」
口角を上げてフォウが笑う。
そう、ゾーンがたった一匹でここに居てすんなりとエイジたちを招いたことと、無警戒でのんびりと話を持ち掛けてくることも、理由は明白。
「つまり西の……おぬし、絶対に自分が死なぬと思っておるのじゃな」
「当たり前であろう。余は四王であるぞ」
「ッ……!」
慢心一色に染まった顔でいやらしくゾーンは嗤った。
己を絶対強者だと思えなければ出来ない独特な笑み。かつて何度もフォウが浮かべていた笑みよりも更にいやらしいその表情。
一方のエイジとフォウは、目を見開いて噛み締めた歯を見せる。
「ゾォォォォォォン!!」
「エイジは兎も角わしをもそこまで嘗め腐るかッ! 元は人であった簒奪者風情がァ!!」
エイジが大剣を正面に構え、左手甲の召喚紋が青く輝く。
フォウも顔の正面にクロスさせるように腕を構え、両手の爪がめくれ上がりそうなほどに力を入れた。
「エイジ!」
「わかっている!! イルシオンッ!!」
幻竜イルシオンの力を使い、エイジが自らの幻の分身を一体作りだす。二人となったエイジは大剣を下段に構えた。
「カロスタフティッ……!!」
片方のエイジは右上に腕を振るい、もう片方のエイジは左上に腕を振るう。
剣筋が交差し、その軌道上に薄い風の線が漂う。
以前サウスガルムのリヴァージュ遺跡でヴェイン相手に見せた、あの超圧縮の風の刃である。
(……なるほど)
エイジの繰り出す能力を目の当たりにして、微笑みながらゾーンはその力の分析をする。
(竜殺しの男も異界者……あやつら異界の者は妙な力を使うが、竜殺しの力はあれというわけか)
分身したエイジから、そして空中に刻まれた風の線から、同胞たちの匂いを感じてゾーンはすぐに彼の能力の大部分を理解することが出来た。
(あの分身、幻であるのに実体と同じ気配を持っているということは恐らく幻竜種の能力……幻の鏡像とかいう技であろう。それにあの圧縮された一筋の風、あれは見たことがある。確か上位五竜種の黒竜が使っておった技……殺した竜の能力を自分のモノにすることができる、といったところか)
頬杖を突きながらなおも一切警戒する素振りを見せないゾーンに腹を立て、二人のエイジが発射の構えを取ったままゾーンを睨みつける。
「何がおかしい!」
「いやなに。余の話を聞かずに攻撃を仕掛けてきても無駄になるだけだからな、滑稽に見えて仕方ない」
「エイジ構うな! そのまま前方百里を斬り裂くつもりで放て!」
「ちっ……わかっている……!!」
二人のエイジが再び同時に大剣を振るう。
薄く圧縮された風の刃がそれを受け、巨大なX字に膨らみながら一直線にゾーンの座る玉座に迫る。
そのスピードやまさに一陣の風。突風のように床を、壁を、何本もの柱を斬り裂きながら放たれた二閃。
しかしその何もかも斬り裂く風の刃も、別空間に存在するゾーンを断絶させることは叶わない。玉座のみを断ち切り、そのまま背後のステンドグラスを貫いて城の外へと斬撃は通り抜けていってしまった。
「言ったであろう。余への攻撃は無駄だと……」
「果たしてそうじゃろうかのぉ!? 幻竜の創りだす幻想空間と違い、わしらは現実世界で位相をずらされているに過ぎん! 貴様が玉座に座っていられるということはつまり、貴様も位相をずらしたこの空間にいるということは変わらんからのぉ!!」
「……何をするつもりだ白竜?」
「このヴェルフェリア城ごと崩落させてやろう! さしもの貴様もそこでふんぞり返っておれんようになるじゃろ……!!」
力を溜めていたフォウが、カッと目を大きく見開く。
先ほどのエイジの斬撃で玉座の間は既に崩れかけており、崩壊も時間の問題だ。
しかしフォウはそんなちっぽけな崩壊で済ますつもりは無かった。
「忌鱗示ッ――」
両腕に白き鱗を発現させながら、フォウは振りかぶり、床に叩き付ける。
その瞬間、フォウの腕が叩き付けられた位置を中心にして、まるで城全体が呑み込まれるほどに歪み、破壊が広がった。
「大傾砦ァッ!!」




