88.異空に坐す袂別者
「――嘗めた真似をしてくれるッ!!」
「同感じゃエイジ! こんな雑魚共では相手にならんというのにのぉ!」
エイジとフォウは西の四王ゾーンによって、異空間へと飛ばされた。
そこは景色こそ先ほどまでいた帝都ヴェルフェリアと何ら変わりはないが、空は灰色に染まり、緋色の月が昇っている。
この異空間は、以前イスター地方で戦った幻竜イルシオンの力によって作られた幻想空間に似たものだ。
そして異空間に入るやいなや、周囲を取り囲んでいた竜たちが一気に襲い掛かって来ていた。
エイジとフォウは訳も分からないままに、竜を斬り裂き、燃やし、殺していく。
「ここは一体どこだフォウ! レンティアとロイはどこへ行ったッ!」
一匹の竜の首元に大剣を突き刺しつつ、エイジが声を上げる。
対して一気に何十匹もの竜を紫黒色の炎で薙ぎ払ったフォウが答えた。
「恐らくゾーンの力じゃろうな! わしらがこの空間に連れてこられて、二人は元の場所に置き去りにされておるのじゃろう」
「チッ……抜け出すには、四王を殺すしかないか……!」
迫り来る竜たちの息の根を全て止め、エイジは竜の首から大剣を引き抜く。
その時だ。またも竜子光に乗って、ゾーンの声が彼らの頭に直接流れ込んだ。
『その通りであるぞ竜殺し。余の元へ来るがよい、このヴェルフェリア城の玉座まで』
「言われずともそうする……!」
『今の内に言い残す言葉でも考えておくがよいゾーンよ。今向かってやる』
急ぎ、二人は目の前にある朽ちた城へ向かって走りはじめた。
三年前までは皇帝が住まい、人々を守る騎士達が多く詰めていたヴェルフェリア城も今となっては見る影もない。
城壁は崩れ、三つあった塔は一つを残して瓦礫と化し、今や何とか形を保っているだけの廃墟の城。
それに加え、玉座に座っていた皇帝バルベルトは国中の人間を裏切り、竜の側へとついた。
フォウ・ク・ピードの人間を全て殺し、何の目的があってか、全てを思い通りにすると言って。
「しかし皮肉なもんじゃのぉ。人間の王が住んでいた城が、今は竜の王が棲む城になっておるとは」
「竜には薄暗い穴蔵がお似合いだ。今すぐ玉座から引きずり降ろしてやる」
「おいおいエイジぃ、遠回しにわしのことも貶しておらんかそりゃ」
「気にするな」
「はぁ。まったく……」
崩落した城門を通り抜け、二人は一気に階段を駆け上がる。
蛻の殻となった城内を走り、片方が外れた大きな扉を抜けると、そこは目的の玉座の間。
火がともされた燭台が並び立つその先には、絢爛たる装飾が施された玉座に座る、一人の女。
金色の髪を縦に巻いた、淑女の雰囲気を漂わせるその女は、玉座に座っているためまるで皇女のように見えてくる。
そして女が口を開き喋りはじめると、先ほどまで頭の中に直接響いていたあの声と全く同じ声であった。
「ようこそ、余の城へ」
「……貴様がゾーンか」
「いかにも。こうして直接顔を見てみると、なかなか良い顔つきをしておるな竜殺し? 余の好みであるぞ」
「ふざけたことを抜かすな」
エイジはすぐさま背中の大剣を抜き放った。
彼の復讐、この世から竜を全滅させるという目的。それを成し遂げるために追い求めていた竜の王。
西の四王ゾーンが目の前にいることに、彼は殺気を押さえていられなかった。
柄を握る拳に、食い込むほどの力が入る。
「しかしゾーンよ。なにゆえ変姿をして人間の姿になっておる? 竜の王であるおぬしには、少々似合わん姿じゃろうに」
「余の本来の姿では、この玉座に座っていられないのでな。小さき身体というのも、存外便利なものであるぞ」
「――ッ」
ゾーンが喋り終わる前にエイジは大剣を振り翳し跳んだ。
問答は無用。わざわざ人の姿になったまま油断しているのならば、その隙に殺してやろうと考えて。
エイジは身体の底から溢れ出る殺気を切っ先に集中させ、玉座に座ったゾーンを真正面から潰すように大剣を振り下ろす。
しかし。
「っ、なに……!?」
真っ二つに斬り裂かれたのは玉座のみ。
ゾーンは涼しい顔で頬杖を突いたまま、伏し目がちに目の前のエイジを眺めている。
どういうわけか、エイジの大剣はゾーンをすり抜けてしまった。
異様な光景を目にして、咄嗟にエイジはマントを翻してフォウの隣へと跳び帰る。
「どういうことだ……?」
「あやつの身体を剣がすり抜けておった。もしや、これもあやつの力か」
ゾーンは舐めるような視線を二人に送りながらくすくすと笑った。
「せっかちな男よのぉ竜殺し。残念であるが余に一切の攻撃は通じぬぞ?」
「何だと……?」
「余は袂別者。この世の全てを袂ける力を持っておる……城の前でそなたらの仲間の空間を袂けたように、余とそなたらの空間も袂けられておるのだ」
「ほう、それは面白いのぉ。果たして本当かどうか、確かめさせてもらおうではないか……!」
フォウが腕を交差させ、背中から紫黒色の炎を噴出させる。
彼女が両腕を振るうとともに、炎は一斉に津波のようにゾーンへ向かって放たれた。
「狂糺絶炎華ッ――!!」
一息の間に玉座は炎に呑み込まれ、ゾーンの姿も見えなくなった。
フォウの炎は全てを焼き尽くすもの。これほどまでに周囲を炎で満たされては、無傷とはいかないだろうとエイジは思っていた。
「どうだフォウ、手ごたえはあるか……?」
「いいや……そもそも、わしが何の躊躇も無く攻撃できるのがおかしい」
「なに?」
「言ったじゃろう。わしら竜は、服従意識の所為で四王を殺すことが出来ん。じゃがわしの炎は呑み込んだ全てを焼き殺す……ということは」
殺すほどの攻撃を繰りだせるということは即ち、無意識に殺せないとわかっているということ。
フォウは荒れ狂う炎を指先の合図で消す。すると見えてきたのは、彼女の予想通りの光景だった。
「何度も言わせるでない。余とそなたらは袂けてあると言っておるのだ」
「……どうやら、本当に攻撃が通じないようだな」
予想以上の能力を有している四王、ゾーン。
もし攻撃が通るようになったとしても、フォウは服従意識がある為に致命傷をゾーンに与えることは出来ない。
自分の持ちうる竜の能力で、一体どうやってゾーンを倒せばいいのか。
エイジは奥歯を軋ませて、すぐそこに居るのに居ない、憎き竜を睨みつけるのだった。




