90.記憶の中の男
ドン。と腹の底から響く大きな音。
その後に地鳴りが足元を揺らし、何か巨大なものが崩壊する異質な音が周囲を支配していく。
西の四王ゾーンの力によってエイジ達と位相をずらされ、広場に置き去られてしまったレンティアは迫り来る竜獣の攻撃を回避しつつ、大声でロイに訴えた。
「次から次へとなんなのよもうっ!? 一体何がどうなってるわけ!?」
「僕らがいままさに死にそうになっているのは確かだね……ふっ!」
ロイは一匹の竜獣の頭を異界者の力で破壊する。すぐさま彼はレンティアの近くに駆け寄り、背中合わせで周囲を取り囲む竜獣を睨みつけた。
竜獣たちの見開かれた眼を見上げると、その先に崩れ落ちていくヴェルフェリア城の姿が確認できる。
「ここに居たら巻き込まれるか竜獣に喰われるか……どちらにしても、やっぱり今まさに死にそうな状況か」
「どうして冷静なのよアンタ! ああもうっ、とにかくリヴァージュ遺跡のときみたいに能力使ってばばーっとやっつけちゃってよ!」
「無理言わないでくれよ。これだけの数を相手にしたらまたリバウンドで当分動けなくなるか、僕の身体が耐えられずに壊れる」
背中合わせで警戒する二人を囲む竜獣たちは、喉を鳴らしながら徐々に包囲の輪を小さくしていく。
いくらロイが異界者とは言え今回は敵の数が多すぎる。二十、いや三十か更にそれ以上か、はっきりと判断が付かないほどに密集していた。
レンティアの戦技では一度の攻撃で精々が一匹仕留められるかどうか。次々と繰り出される竜獣たちの猛攻にはよほど耐えられるものではない。
このまま竜獣に喰い殺されるか、それとも城の崩壊に巻き込まれて潰れるか。
刻一刻と迫る死の歩み。二人の額に冷たい汗がにじむ。
「……レンティア、一瞬でいいから竜獣たちの気を引けないかい。そうしたら君を連れてこの場を逃げることくらい出来る」
「もう何だってするわよ! こんな所で死ぬのだけはごめんだわ! 一瞬でいいのよね!?」
「うん。頼むよ」
「じゃあ三秒経ったら目ぇ瞑りなさい!」
レンティアは腕の弦に三本の矢をつがえた。赤銅色の矢尻には彼女が調合した特殊な火薬が数種擦りこまれており、それを放てばロイの言うように一瞬だけ周りの竜獣たちを引きつけることが出来る。
矢尻を腕の金具に擦れるように構え、レンティアは上空に向けて弦を弾いた。
「光の馥郁ッ!!」
放たれた三本の矢が光の尾を天高く引いていく。
矢尻に擦りこまれた火薬が燃え盛り、矢がある高さまで到達したとき、光が弾けた。
光は矢を中心に半径数十メートルにわたり広がり、真っ白に染上げる。あまりにも激しい光に耐えきれず竜獣たちは視力を瞬間的に失い、怯んだ。
光が収まりつつあると、ロイは目を開き能力を発動させる。
「レンティアっ、手をっ!」
「うぇっ!?」
ロイは能力によって自らの身体的リミッターを段階的に開放することができる。今はこの場を逃げるために二段目までのリミッターを外し、素早くレンティアの手を握った。
風を切り裂きながら竜獣の合間を縫うように走り、近くの瓦礫の山を一直線に目指した。
「ちょっとどこ行くのよロイ!?」
「《《この状態》》の僕は視力もぐんと良くなる。見つけたのさ、一番いい逃げ道がね」
「はぁっ!?」
瓦礫の山に手を伸ばし、吸い込まれるようにロイが身体を押し込む。
そのまま瓦礫の中にでも隠れるつもりかとレンティアは思ったが、手を引かれ続くと、すんなり奥へ奥へと身体が入り込んでいく。
一体どうなっているのか。その疑問が湧くと同時に一つだけ理解も追いついた。
いま自分たちは、瓦礫の山に隠れた、地下へと続く洞穴の中を進んでいるのだと。
「な、なにここ……!」
「何かはわからない。どうやら方向的に城の地下の方に続いてるみたいだけど」
「ちょっ! それって大丈夫なわけ!? 城っていま崩れてる真っ最中じゃないの!」
「かなり深くまで続いているから、影響はないと思うけど……」
しばらく穴の中を進んでいると、広い空間に出ることが出来た。
ロイの能力で尋常でないスピードを出していたため、時間にしてはわずか十数秒といったところだが、距離で言えばかなり進んでいる。
二人が辿り着いたのは城の真下。かなり深い位置だ。
ロイはレンティアの手を離して、能力を解除する。彼の青く光っていた召喚紋も消えていった。
「……地鳴りはあるけど、崩れる心配はなさそうだね」
「はぁぁ……とにかく命拾いしたわね。にしても、一体何の地下室かしらここ。ぼんやり明るいけど、火は無さそうだし」
レンティアが寄りかかった壁際は剥きだしの岩にも関わらず、少しばかりの青白い光を放っていた。
彼女らには不思議で仕方がないその岩肌だが、それらには黒光石という発光する鉱物が含まれていたため、全体的に視界が確保できている。
「見たところどうも……牢獄に近い気がするね」
「牢獄ぅ? まぁ、お城の地下にならそういうのもあるかもだけど……それにしても殺風景すぎない?」
見渡す限りに生活感というものは皆無だった。
どこを見てもごつごつとした岩肌が壁や床、天井にまで続いており、仕切の鉄格子なども見当たらない。
「……しっ。レンティア、声を抑えて」
「えっ?」
人差し指を口元に当ててロイが言う。
言われた通りに口を噤んだレンティアは、ロイの視線の先を同じように追っていく。
するとどうやら奥の方に、何か人影らしきものが見えるのを確認できた。
「……誰かいるじゃない」
「……僕の後ろ、離れないでね」
二人はその人影の方に向かってゆっくりと近づいていく。
ロイは拳銃を構え、レンティアも矢筒から一本の矢を取り出し、いつでも放てるように構えた。
徐々に人影に近づいていくと、どうもそれは壁際に寄りかかってうなだれているようであった。
間違いなく人の形をしており、人骨でも無さそうだった。
しかし近づいていってもまるで反応を示さない。死んでいるのか生きているのか判別がつかない。
黒光石に照らされて光を返すほどの透き通った銀色の長い髪。小枝のような繊細さを思わせるすらりと伸びた手足。それは長い間、まともに食事をとっていない病人の姿に見える。
どうやら男のようだ。それがわかるほど近づいたとき、レンティアの瞳が驚きに身を縮めた。
「……嘘」
彼女には男の顔に見覚えがあった。
遠き過去の記憶にある男の顔。忘れるはずがない、背中の傷の痛み。
なぜこんなところにいるのか。一瞬にして頭の中が混乱に陥る。
「ソルダート……?」
男の顔も髪も、レンティアの記憶の中のそれと一致した。
かつて彼女の故郷アクアポートでの惨劇を引き起こした張本人。
ソルダート・ガフルームがそこに居たのだった。




