86.屍を囲み葬る焔
三年前のあの日のことを思い出し表情を曇らせたエイジは、後方から甲高い悲鳴のような大きい声を聞いて振り返った。
フォウの背中にしがみつくように乗っていたレンティアとロイも、同じように遥か後方に視線を送っており、全員が夥しい数の影を雲の隙間に見る。
「ちょっと何よあの数!? エイジ、フォウ! 大変よ!」
「一体何匹いるんだろうね、数えきれないほど多いよ」
フォウと同じ高度を保ち後方から近づいてくる竜の数は、数えきれないほどに多かった。
なるべく低速で飛んでいるフォウと違い全速力と思われる速さで近づいてきているため、見る見るうちに竜たちの影は大きくはっきりと見え始める。
それを確認したエイジの両手に、力が入った。
「エイジ。おぬしは大人しくしておけ、四王との戦いに体力を温存してもらわねばならんからの」
「なに? しかし、あの数だぞ」
追いかけてくる竜の数はゆうに百を越えている。あれほどの数を一度に相手するのはエイジとて経験のないことだ。いくらエイジが異界者としての力を使おうとも、数に押されて苦戦を強いられることだろう。
竜たちの怒号が激しいプレッシャーを与えてくるなか、それでもフォウは顔に湛えた微笑みを崩さなかった。
「おぬし、わしを何じゃと思っておる。上位五竜種とまで恐れられた白き竜なのじゃぞ?」
「……わかった。信用するぞ」
「全幅の信頼を寄せよ。その期待に応えてやる」
フォウの言葉を信じたエイジは、再び角を握って姿勢を低くする。
「ちょっとエイジぃ! フォウ! あれ何とか出来ないわけぇ!?」
「きゃんきゃんと黄色い声で喚くでない。心配せずともわしが片付けてやるから、身をかがめてしっかり掴まっておれ」
「あの数をかい? 僕たちってもしかして、物凄く凶悪な竜と一緒に旅していたのかな」
「括目して見ておけ。わしの本来の力をとくと、な」
そう言うとフォウはゆっくりと身体の向きを変える。背中に乗った二人が落ちてしまわないように、気を遣いながらゆっくりと。背中に人を乗せることなど何十年振りだったため、フォウは少し煩わしがった。
向かってくる竜たちの方を向き直ると、フォウは口から紫黒色の炎を漂わせ始める。その炎はエイジがサウスガルム地方で見た、あの黒龍カロスタフティを苦しめた炎だ。
「たかが竜獣と、雑魚の上位種め。わしに牙を剥くなどどれほど愚かな事かその骨に焼き付けてやろう」
フォウの口から吐き出された炎が、漂いながら前脚に絡みつく。
地上で使えば地形を焼き尽くし破壊する技だが、こうして空で使うならば問題は無い。フォウは思う存分に力を使うことができることを嬉しく思い、頬が裂けるように嗤った。
「――尸勹・葬炎獄」
空を埋め尽くすかの如くに、紫黒色の劫火が放たれた。
炎は雲を焼き、空を焼き。夜が朝を喰い殺すような勢いで広がり続け、やがて竜の大群をも呑み込んだ。
悪意を体現した色のその炎は竜たちを一瞬で焼き、溶かし、尽くし、断末魔など上げさせる暇も無く全てを消し去っていく。
その光景や圧巻を通り越し恐怖。フォウの上に乗っていた三人は言葉を失い、ただ茫然と目の前の地獄を眺めるしかなかった。
何もかもが燃やし尽くされ消えていく。あれだけ大量にいた竜の影などものの数秒で全て見えなくなってしまい、残ったのは空で踊り狂う紫黒色の炎のみだった。
そしてその残った炎も、フォウがひとたび腕を振るうと、幻のように一瞬で消え去った。
雲一つ残っていない空が驚くほど青く見え、エイジ達にはそれがひどく不気味に思えた。
「ざっとこんなもんじゃ」
「……驚きだね。僕が今まで出会ってきたどんな竜よりも、理不尽だよ」
ロイは一気に噴き出した畏怖の汗を拭う。その声は震えており、いかにフォウに圧倒されたかを物語っていた。
「あ、あたし……あんたとの付き合い方、やっぱり考え直した方がよさそうね……」
「案ずるな。おぬしらもエイジの仲間じゃ。仲間に危害を加えてエイジを怒らせるわけにもいかんからの」
「仲間じゃなくなった時が怖いじゃないそれじゃあ!」
フォウの力を目の当たりにしてすっかり怯えてしまったレンティア。ロイも同じくフォウに恐れを抱き、そしてエイジすらも長らく味わっていなかった絶望を感じていた。
もしも四王を殺したあと、フォウと殺し合うことになったとしたら。そのとき、果たして自分はこの怪物に勝てるのだろうかと、らしくない不安をどうしようもなく感じてしまう。
フォウは以前、自分には四王を殺せないと話していた。しかしそれは、竜の本能ともいえる服従意識という枷のせいである。
その枷が無かったとして、フォウと四王ならばどちらが強いのだろうか。
嫌な考えだ。もしも四王の方が強かったとするならばこれからの戦いは熾烈を極めることになる。フォウの方が強かったとすれば、それはそれで後におとずれる戦いに不安がよぎる。
改めてエイジは、竜という存在の大きさを身に染みて感じた。
「……さてエイジ。次はおぬしらが頑張る番じゃぞ」
フォウが首を動かし、エイジにも地上のそれが目に入った。
「あれが……帝都か」
「見る影も無くなっておるが、城は形を保っておるのぉ」
灰色の帝都を眺めながら、エイジは背中の大剣の柄を握りしめた。
先ほどから、凄まじい殺気とプレッシャーをそこから感じているのだ。
「今のわしの攻撃で、向こうも気づいたようじゃな。喜べエイジ、このプレッシャーは四王のもので間違いないぞ」
「……ようやくだ。恐れている暇も怯えている余裕もありはしない」
「その意気を保っておけよ」
「ああ。……行こう」
フォウは落下するようにしてそこへ向かう。
西の四王が待ち構える、かつて栄光の帝都と呼ばれたザナド帝国の都市。
廃都ヴェルフェリアへ。




