84.失われた過去
地別線を越えた一行は、フォウに乗りながらウェスタ地方を見下ろしていた。
そして、イスター地方やサウスガルム地方と比べると全く違うことにエイジはすぐ気づく。
「……随分と悲惨なものだな」
「まるで戦争が昨日まで続いていたように見えるじゃろう? 何もかもが三年前のまま残っておるからのぉ」
見渡す限りに広がるのは、戦争の残骸だ。
空の上からでも巨大に見えるクレーターや、瓦礫に埋もれた居住地。
ウェスタ地方は三年前の戦争時もっとも激しい被害を受けた。そのため、こうして土地は荒れ木々も枯れ果て、人間の住んでいた街や村はことごとく破壊されてしまっている。
それらの悲惨な光景を見下ろしながら、フォウの背中にしがみついたレンティアが寂しげに表情を曇らせる。
「西の方は……こんなに酷い有様だったのね」
「この世の終わりって感じがするね。見放された土地だ」
「たぶんだけど、もう人はどこにも住んでないのよね……」
「よく見てみるとあちこちに竜がうろうろしているからね。きっとレンティアの言う通りじゃないかな」
「……あたしたち、これからどうするべきなのかしら」
未来のことを考えたレンティアは、より一層表情を暗くさせる。
ウェスタ地方は恐らく端から端までこのような有様だろう。だとしたら、生き残った数少ない人間たちだけで復興していけるものだろうか。
四王を倒したところで、竜を全滅させたことにはならない。
それどころか四王に従っていた竜たちが自由になってしまい、今よりさらに状況が悪くなるのではないだろうか。
そんな悲観的な考えばかりが頭に浮かんでしまう。
そしてレンティアと同じように、人間がこれからどうしていくのかと、フォウも考えていた。
フォウは興味なさげな声色で、その事についてエイジに尋ねる。
「のぉエイジ。四王をわしらが殺したのち……人間はどう生きていくつもりなんじゃろうな?」
「……俺に訊かれても困る」
「わしが考えるに、もう人間たちはどうしようもないところまで追いつめられておるんじゃないか? 修復不可能なまでに、世界はわしら竜に破壊されておる」
「俺には世界を元に戻したり、生き残った人々を救うことは出来ない。出来ることは竜を殺すことだけだ……そういったことは、ジゼルたちの役目だろう」
「おぬしも随分人任せじゃのぉ」
「そもそも俺はこの世界の人間じゃあない。この世界のことはこの世界の人間がやるべきことだ。俺はただ、自分の復讐を遂げる為に行動するだけだからな」
「ふむ……異界者、か」
エイジとロイは異界者である。
最初からこの世界を生きているわけではなく、召喚士に呼び出された存在だ。
ふとフォウは、エイジの過去が気になった。
今までは気にもしなかったのだが、空を飛んでいて気分がいい所為だろうか。これまで全く訊ねていなかったことをなんとなく訊いてみたくなった。
思えばフォウとエイジは出会ってから一度も、互いの過去について詳しく話し合ったことが無い。
「エイジ。暇じゃからおぬしの話でも聞かせてくれんか」
「急に何だ」
「思えばわしは、おぬしのことを全く知らん。まぁ、復讐に身を燃やしておることと、人間味を殺しきれないどこか甘い奴というのはわかっておるが」
「茶化しているのか」
「怒るな怒るな。わしらも今は仲間というやつじゃろう? 気になることくらい気軽に訊いてもいいじゃろうが」
「……そういう事なら、俺もお前のことを知らないぞ」
「ん? そう言われればそうじゃな」
フォウは初めてエイジと出会った時のことを思い出す。
イスター地方の海岸線沿い、潮風が入り込む洞窟の中で二人は出会った。
そしてフォウはふと疑問に思った。そう言えば何故、エイジはあんなにわかりにくい自分の棲み処に辿り着いたのだろうかと。
「思えばエイジ、おぬしどうやってわしの棲み処まで来たのじゃ?」
「あの海岸線近くの山に上位種の竜が一匹棲みついていたんだ、何匹か竜獣を引き連れてな。そいつらを殺した時に、お前の話を聞いた」
「ほう。あの近辺の山というと……星刻竜か。たしか名はアステルとか言ったか」
「ああ、そいつだ。そこまで手ごわい相手では無かったがな」
「なるほど奴からわしの話を聞いたというわけか。臆病者のアステルのことじゃ、恐らくわしの元へ来るようにおぬしを焚き付けて、仇を討ってもらおうなどと考えておったのじゃろうな」
それどころか手を組むことになったとは、思いもしなかっただろう。とフォウは牙を剥いて楽し気に笑う。
そしてエイジも当時は、竜と協力するなんて考えもしていなかった。フォウを殺すつもりで洞窟に入ったはいいものの、出ていく際は幼い少女の姿になった竜と一緒だった。
あの出会いからもうずいぶん経ったように感じて、エイジは懐かしさすら覚えた。
今となっては、背中を任せることができる強力な協力者だ。最初の頃に比べれば、フォウに対する姿勢もどこか柔らかい印象になってきている。
「……フォウ。俺のことを訊きたいなら、お前のことを聞かせてくれないか」
「仕方がないのぉ。何が聞きたいのじゃ?」
「過去の話だ。お前が今までどうやって生きてきたのか、どういう竜なのか。俺は今まで、そういうことを一切訊いたことがなかったからな」
エイジの言葉のあと、フォウはしばらく押し黙った。
その表情はエイジからうかがい知れないが、黙り込んだフォウの様子から何か言いよどむ理由があるのだということは理解していた。
そしてフォウは黙ってから十度目の羽ばたきを終えた頃、ようやく口を開く。
「……わしはの、昔のことを覚えておらんのじゃ」
その言葉に、エイジは目を開いて驚いた。それはまるで、自分と同じではないかと。
フォウが一言だけ言ったあと何も続けようとしないので、エイジはゆっくり問いかける。
「それは……どういうことだ、フォウ」
「断片的に記憶が無いのじゃ。おぬしと初めて会ったとき、わしは自分の名を忘れたと言ったじゃろ? あれは忘れたのではなく、最初から無かったのじゃ」
「……もう少し、詳しく教えてくれないか」
「なんじゃなんじゃ、随分と興味津々じゃのぉ」
エイジが気がかりになるのも仕方がないことだ。
なにせ彼もまた、記憶を失った男。フォウ・ク・ピードに来る前までのことを何一つ覚えていない。
フォウとエイジは似ているのだ。
「詳しくと言われても話しにくいが……数十年前、わしはおぬしと出会ったあの洞窟で目が覚めての。そのとき気づいたのじゃ、記憶が所々失われておることに」
「……何を忘れていたんだ?」
「さっきも言ったように自分の名前、どうしてあの洞窟におったのかということ、そして数十年間の記憶じゃな」
「それ以前のことは覚えていたのか?」
「それ以前のことも所々抜け落ちておる。わしがどれほど生きてきたとか、そういったことは覚えておるが……ぬぅ、やはり説明しづらいのぉ」
そこまで話して、フォウは唐突に首をぐんと上に上げた。
その動きはまるで何かに気付いたようなもので、頭に乗っていたエイジは体勢を崩しそうになってしまった。
「おいフォウっ、急に頭を動かすな」
「おっと、すまんのぉ。面白いことを覚えておったのを思い出してつい、な」
「面白いこと? なんだそれは」
「あくまでわしが覚えておる範囲の話なんじゃがな……くく、自分でも信じられん記憶じゃ」
「……?」
勿体ぶるフォウにエイジは疑問符を浮かべて首をかしげた。
自分でも信じられない記憶、という台詞が妙に引っかかる。
しかし、その言葉の意味は次のフォウの台詞で明らかになった。
「信じられんじゃろうがのエイジ、わしは――」
フォウの言葉通り、エイジは次の瞬間信じられない気持ちで頭の中が白くなる気分を味わった。
彼女が口にしたことは、到底信じることなど出来ない、想像も出来ない、意味すらわからないような代物だったのだ。
「――わしは昔、人間と暮らしていたことがある」




