83.竜の背に乗って
アレハンドロからの宣戦布告があった翌朝。
エイジ達は出立の準備を済ませてゲティスローツの外へと出てきていた。
低い位置に浮かぶ太陽がぎらぎらと彼らを照らし、早くも暑さで汗がにじむ。
「さて、それでは久々に変姿を完全に解くとするかの」
「何気にあたしやロイは、アンタの本当の姿ってこれが初見なのよね」
「ふふふ。あまりの美しさに驚くじゃろきっと」
フォウが腕を振ると、彼女の小さな身体が徐々に光に包まれていく。
そして見る見るうちに小さかった光の球体は大きくなり始め、少女のシルエットが歪に形を変えていった。初めて見る竜の変姿に、レンティアは驚いて目を丸くしている。
光が弾け、先ほどまで人間の姿をしていたフォウは完全に元の姿に戻った。
この世の何よりも真っ白な鱗と、それに覆われた巨きな体。
フォウが首を下げると、深紅の瞳にエイジ達の姿が綺麗に映り込んだ。
「どうじゃ。これがわしの本来の姿じゃぞ」
「で……でっかいわね……」
「うん。こんなに大きな竜も珍しいんじゃないかな」
久々に元の姿に戻ったフォウは機嫌良さげに翼を広げ、伸び伸びと体を動かしている。
レンティアとロイは、そうやってくつろぐように大人しい竜を見るのが初めだ。身構えながらも物珍し気な視線を彼女に送っている。
「大人しい竜をこんな間近で見るなんて、そうそう出来ない経験だね」
「こうして見てると、案外怖くないモンね」
「ほれ。身を低くしてやるからさっさと乗るがよい。エイジはわしの頭の方、レンティアとロイは背中じゃ」
言われた通りにエイジ達はフォウの体をよじ登っていった。
鱗の手触りは固く、しかし艶があってよく滑るので少し手間取ってしまう。
エイジはフォウの頭で中腰になりながら太い角を掴んで姿勢を安定させた。レンティアとロイは背中に生えた翼の根元で、浮き上がった鱗につま先を挟み込むようにする。
「うひゃあ……あたしってば竜の背中に乗ってるわ……」
「何だか不思議な感じだね。柄にもなくちょっとわくわくしちゃうよ」
「わしの背中に乗れるなぞ名誉中の名誉じゃ。誇りに思ってよいぞ」
頬まで裂けた口をつり上げながらフォウが自慢げに笑う。
彼女が笑うたびに頭が揺れるので、エイジは眉をひそめながら強く角を掴んだ。
「おいフォウ。あまり揺らすな」
「ん? なんじゃ、この程度で弱音を吐くのかエイジ。飛び始めればもっと不安定になるぞ」
「出来るだけ抑えて飛べ。ロイやレンティアが心配だ」
「そう不安がるな。背中はほとんど揺れんからの。一番不安定なのはおぬしの乗っておるわしの頭じゃ……おぬしなら踏ん張れるじゃろ」
「……ああ。ならいい」
フォウは真っ白な翼を大きく広げ、上下に羽ばたかせていく。
彼女の両脚が地面から離れると今まで体験したことのないような浮遊感を三人は覚えた。
しっかりした地面に立っているのではなく、いまは竜の体の上。見る見るうちに地上は離れていく。
「わわわわわっ……! た、高ぁ……!」
「あれ? もしかしてレンティアって高所恐怖症かい?」
「高い所は別に平気だけどっ、あたしたち今飛んでるのよ!? 別の意味で怖いわよ!」
「ははは。確かに不安定だし、落ちたら確実に死んじゃうもんねぇ」
「なんでそんなに余裕あんのよ! むかつくわね!」
背中の方でぎゃあぎゃあと騒ぐ声を聞きながら、エイジはフォウの頭上で周囲を見渡した。
今まで見たことのない角度からの景色。地面よりも雲の方が近く、世界中を見渡せる高度だ。胸がすくような感覚が身体を浮き上がらせ、エイジはまた角を掴む力を強くした。
「どうじゃエイジ。空はいいものじゃろ」
「……ああ。お前たち竜は、いつもこんな景色を視ているんだな」
「景色はとうの昔に飽きておるが、風を纏って飛ぶのは何度やっても心地よいモノじゃ。おぬしも少しは味わっておけ」
「そうだな……少し、速めに飛んでくれないか」
「ん? そんなにウェスタ地方へ急ぎたいのか?」
「……いや。俺もお前の言う、風を纏う感覚を味わってみたい」
そんなふうに望みを口にするエイジは珍しい。と、フォウは一瞬驚いた。
しかし人間らしい可愛い望みを叶えてやろうと、にっこり笑って小さく頷いた。
「いいじゃろう。しっかり掴まっておけ」
翼を大きく動かして、フォウは水平方向へ一気に加速した。
エイジのマントは後ろへひるがえり、前髪が風に押されて乱れていく。
まるで風の一部になったような心地だ。空の中を進むのはこれほど気持ちいいモノかと、エイジは感慨深そうな表情を浮かべた。
しかし一方、背中の方でレンティアはきゃあきゃあと女の子らしい悲鳴を上げてへたりこんでしまっている。
「速い速いぃっ!? も、もうちょっとスピード落とせないのフォウ!?」
「大丈夫だよレンティア。ほら、僕みたいにこうやって立ってごらんよ」
「無理無理無理ぃ! 吹き飛ばされちゃうわよ!」
ロイは平気そうに腰に手を当てて立っているが、レンティアは腰が抜けたように決して立ち上がろうとしなかった。
必死になって怖がるレンティアにフォウは呆れた声を出す。
「なんじゃこの程度で怖気よって……普段のわしならこの数十倍の速さで飛んでおるというのに。エイジよ、少しスピードを落とすがよいか?」
「ああ。もう十分、風を味わった。ありがとう」
「うひぃ。じゃからわしに礼など言うでない気色悪くて身震いするじゃろ」
「そこまで言うか」
先ほどよりもスピードを大幅に落として、ゆるやかに飛ぶフォウ。
とはいえ、空を飛ぶというのは人間では考えられないほど速いものだ。徒歩なら何時間とかかる道のりが、わずか数秒で進めてしまう。
これならウェスタ地方への地別線を越えるのも、一時間もあれば事足りる。もしも地上を歩いていればそこまででも数日はかかっただろう。
ここに来て、エイジはフォウと共に旅をしていて良かったと改めて考えていた。
竜との戦闘だけでなく、移動、そして時には話し相手としてフォウがいる。
便利、などとは思わずに、エイジは素直にフォウの存在に感謝していた。
「……帝都に着けば、いよいよ四王との決戦じゃな」
「ああ。俺の復讐の為に、四王は必ず殺す」
「おぬしの望みは竜の全滅じゃったのぉ」
「そう言うお前は四王を殺すのが目的だったな」
「そうじゃ。他の有象無象の竜には興味も無いからの。おぬしとの旅も、四王を全滅させれば終わりじゃ。騎士団の『上』やら何やらも、わしに関係ないしの」
「……そうだな」
エイジとフォウはお互いに、顔色のうかがえない位置にいる。
そのときフォウは何か考え込む表情を浮かべており、そしてエイジの瞳はどこか寂し気だった。
そしてしばらく空を飛び続ける。
一行は地別線を越え、西のウェスタ地方へと突入した。




