82.遊星限定
広大な砂漠が、月に照らされる。
昼間の暑さが嘘のように感じるほど、枯れ果てた大地は冷たくなっていた。
そんな砂の大地に囲まれたゲティスローツ。
ジゼル・スカーレットは地下の一室で武器の手入れをしていた。
来るべき日に備えてこれからどう行動するべきかを思案しながら、光る刃を見つめている。
そして突然、彼女の頭の中に声が響いた。
『――聞こえるかい。生き延びてしまった人間たち』
その声はジゼルだけでなく、それぞれの部屋にいたエイジ達にも聞こえていた。
それどころか、サウスガルム中に、そして世界中に。全ての人間たちの頭にその声は聞こえていた。
この声は何だ。一体誰の声なんだ。どうして頭の中に直接聞こえてくるのか。不可思議な声に対して人々は混乱を覚える。
だがジゼルと――恐らくどこかでこの声を聞いているレッドチョーカーのメンバーは、激しい嫌悪感を覚えていた。
『ボクの名前はアレハンドロ。君たちに伝えなきゃいけないことがあるんだ』
思わずジゼルは爪が肉に喰い込むほど拳を握りこんだ。その目つきは禍々しさすら感じるほど鋭く、アレハンドロの声にどれだけ憎悪を感じているかが窺える。
一方別室で休んでいたエイジとフォウは、静かに声に耳を傾けていた。
「これは竜子光を使った念話じゃな……世界中の人間全てに話しかけるとは相当の手練れと見てよいじゃろう」
「アレハンドロと名乗っているな。ジゼルの言っていた、騎士団の『上』の一人か」
「そうじゃな。しかし一体何を話そうというんじゃ?」
アレハンドロの声は、どこか楽し気な口調で続ける。
『フォウ・ク・ピードを支配している四匹の竜はもちろん知っているよね。四王と呼ばれる竜たちのことだ。君たちが一番恐れる竜の王様だよ』
『そしてその四王たちが、一週間後に争うことが決まったんだ。遊星限定と呼ばれる争いがもうすぐ起こるんだよ』
『遊星限定が始まれば、世界は先の戦争よりももっと悲惨にバラバラになっちゃうんだ。折角生き延びた君たちの小さな命も簡単に潰されてしまうよ』
それは世界に対しての余命宣告だった。
四王同士の争い、遊星限定。
一週間後に始まるそれは、規模の大きいものとなるだろう。
恐らくアレハンドロの言う通り、世界は炎に焼かれ、人々も死に絶える。
『カミサマに祈りながら死んでいこうが君たちの勝手だけどさ。もし遊星限定を止めたいなんて思う奴がいたら、是非足掻いてみてよ』
『風の噂で聞いたけど……竜殺しなんて呼ばれてる人間もいるんだろう? 一週間ですべての四王を殺すなんて絶対無理だと思うけど、希望を捨てちゃいけないよ』
アレハンドロの声は神経を逆なでするほどいやらしいものだった。
どの口が言う。その一言に尽きる。
諭すようなことを言う彼女に、レッドチョーカーは胸中並々ならぬ思いだったろう。
そして名指しで呼ばれた竜殺しのエイジは、眉をひそめて目つきを鋭くした。
「一週間とは随分と短いのぉ。それに四王の居場所すら今は掴めておらんというのに」
「……ああ。どうにかして四王を見つけ出さなければ」
『――四王を殺すって言っても、きっと君たちには四王がどこにいるかもわからないだろうね。そこでヒントをあげるよ』
笑い混じりにアレハンドロは続ける。
『四王は配下の竜を集めて遊星限定に備えている。つまり竜が集まる場所を探せば自ずと答えは出てくるはずだよ。……まぁ、死地に飛べってことだね』
「言ってくれるのぉこやつ。言われんでもそうするつもりじゃわい」
「……なるほど。そういうことか」
話をそこまで聞いたエイジとフォウは立ち上がり、部屋を出ていく。と言っても、アレハンドロの声はまだ頭の中に響いているのだが。
猶予が一週間しかないとあれば、早急にどうするかを話し合う必要がある。
二人の足はゲティスローツの会議室へと向かっていた。
そしてジゼルは、アレハンドロに対する憎しみを抑えきれずにいた。
壁に震える手をつき、その表情は怒気に歪んでいる。
ぴしりと壁に亀裂が走り、巨大な破壊音と共に壁は抉れるように砕け始めた。
「こちらから出向いてやるぞ。アレハンドロ、クラウディオ……そしてベゼルトっ……」
疼く顔の傷を押さえながら、ジゼルも会議室へと向かう。
ヴェインもウェッジも、そしてレンティアと傷の癒えたロイも同じく。
それぞれの復讐が再び動き出す。
◆
作戦会議室にて、七人が全員そろって席についていた。
ロイとウェッジ以外の全員が神妙な面持ちになり、これからどうするかについてを話し合おうとしているところだ。
「全員あいつの声を聞いただろう。我々は何としても一週間のあいだに四王を全て殺す必要がある」
「つってもよぉ隊長。普通に考えてそりゃ無理難題ってやつだぜ?」
「カウフマンの言う通りだぜ。一週間じゃここからノースガルムにも行けやしねェ」
「……ああ。確かに最初の問題はそこだ」
一週間後には遊星限定が始まってしまい、そうなれば手遅れだ。
何としてもそれまでに決着をつける必要があるのだが、七日間では世界を巡ることなど到底不可能なことだ。
しかし悩む三人に向けて、フォウがくつくつと笑いながら口を開いた。
「何か忘れ取らんかおぬしら。わしは正真正銘の竜なのじゃぞ?」
「……まさか、私たちを乗せて飛んでくれるのか」
「こうなってしまった以上仕方あるまい。じゃが時間も少ないからのぉ、相当速く飛ぶ必要がある。乗せられるのは精々三人くらいじゃぞ」
「それで十分だ。元々手分けするつもりだったからな」
ジゼルは円卓の上に大きな地図を開き、皆にそれを注目させながら続ける。
「南と東は私たちレッドチョーカーが担当する。幸いにも距離がそう離れていないからな。エイジ達には東と北に向かってもらう」
「俺とロイ、レンティアがフォウに乗っていくのか。わかった、それでいい」
「なんじゃエイジ随分素直じゃな。おぬしのことじゃ、四王は全て自分の手で殺さねば気が済まんとか駄々をこねるかと思っておったぞ」
「竜を全滅させられればそれでいい。今までは俺しかそれを出来ないと思っていたからそうやって行動してきただけだ。ジゼル達なら戦力として問題ないだろう」
「エイジの言う通り、私たちも君たちを信用している。異界者が二人に上位五竜種の竜が一匹いれば、四王とも十分戦えるだろう」
「……その中にぽつんといる真人間のあたしって、やっぱり相当浮いてるわよね」
「大丈夫だよレンティア。逆に言えば僕らがいれば絶対安心だよ」
悩みや我儘を言っている暇はないと、会議は淀みなく進んでいく。
続いて議題は、四王がどの辺りに潜んでいるだろうかという予測の話へと変わっていった。
アレハンドロの言葉によれば竜が集まっている場所に四王がいる、ということだが、そうだとしても竜が集まれる場所も限られるだろう。例えの一つだが、小さな洞窟などは除外していい。
「サウスガルムなら私たちも長く駐在したことがあるからな。大体の見当は付けられる」
「問題はわしらじゃの。西も北も詳しくは知らんぞ」
「ウェスタ地方なら帝都が怪しいだろう。四王のことだ、征服した城をそのまま拠点にしていても不思議ではない」
「ノースガルムの方はどうだ。お前たちはしばらくそっちにもいたんだろう」
「そうだな……竜が多くあつまれる場所というのも限られている。我々騎士の砦、セルギウスグラードの跡地や、北の山々を越えた先にあるリヴァル大氷湖の辺りが怪しいな」
「ねぇフォウ。いくらあんたが竜で飛べるって言っても、一週間のあいだにそんな遠いとこまで行けるの?」
「心配せずともよい。わしなら本気を出せば一日で世界三周できるからの。今回はおぬしらを背に乗せることになるのじゃから、西の帝都まで半日、そこから北までは一日といったところか」
移動だけで一日半を費やすとなれば、エイジたちに与えられた時間は残りの五日半ということになる。
その五日半で、西と北の四王を殺さなければならない。
そしてジゼルたちはもっと日数が少なくなる。フォウのように飛んでいける竜がいないのだから。
「私たちは今から出発する。少しでも時間を無駄にはできんからな。いくぞヴェイン、ウェッジ」
「はーあ。今日くらいゆっくり眠りたかったぜ」
「ぼやいてないで、とっとと行くぜカウフマン」
そう言って会議室を出ていくジゼル達。
エイジ達は一夜が明けてから出発することを話し合って決めた。
なにせ夜のあいだにフォウの背に乗って飛べば、凍死してしまう可能性もあったからだ。
三人と一匹は部屋に戻り、各々が明日のための準備を整える。
明日から、遊星限定を止めるための、そして四王を殺すための、戦いが始まる。




