81.レンティアとロイ
時と場所は戻り、サウスガルム地方ゲティスローツ。
以前黒竜カロスタフティとの戦いによって負傷したロイ。彼が療養している地下の一室にて、レンティアとジゼルが集まって話しをしていた。
話の内容はジゼルたちレッドチョーカーの過去。そして騎士団の『上』の全貌。
四王誕生も戦争終結も全て、皇帝バルベルト率いる騎士達が引き起こしたこと。そして現界転生と呼ばれる人間を竜にする恐るべき儀式のこと。そのすべてをかいつまみながらジゼルは説明し終えていた。
粗末なベッドに横になっていたロイは、話を聞き終えてもどこか涼しい顔をしている。
対して椅子に座っていたレンティアは青ざめた顔で唇を噛んでいた。
「……なによ。なんなのよ、その話」
「揺るぎようのない事実だ。総てな」
「じゃあ、なによ。何もかも全部、騎士が悪いって言うの……? 竜に戦争に負けて、四王が現れて、世界がこんなことになったのがっ、全部っ……!」
「その通りだ。本来、竜と戦い人を守る立場にある騎士であるはずだった。だが皇帝は乱心し『上』も狂しくなっていった……挙句の果てにはこの様だ」
フォウ・ク・ピードという世界が竜に支配され始めたのは、四王と呼ばれる四体の強力な竜が現界転生によって生まれてからだ。
そしてその四王を産みだしたのは騎士団上層部。皇帝バルベルトと騎士達だ。
元を辿れば全ての元凶は皇帝と騎士。四王なんてものを生みだした者達に、レンティアは激しい怒りと哀しみを覚え、爪が肌に喰い込むほど強く拳を握った。
「あんたたち騎士って一体何なのよ……!? 竜を作ったり、人を殺したりっ……!」
「騎士のことをどう思おうが君の自由だ。だが出来ればその感情の矛先は、私や部下には向けないでいてほしい」
「そんなことわかってるわよ! そっちだって、ある意味じゃ被害者でしょ……。仲間がたくさん、殺されて……」
「哀れだと思うのなら、是非とも君たちも協力してくれ。諸悪の根源を叩くために」
過去を話し終えたジゼルは席を立ち、部屋を出ようとする。
するとロイが横になったまま長らく閉じていた口を開いた。
「スカーレット。一つ質問していいかい?」
「構わないが、何だ?」
「君たちレッドチョーカーは騎士団の『上』に復讐したがっているのだろう? その一環として、『上』が生みだした四王を倒そうとしているよね」
「その通りだ」
「その復讐が終わったとして……君たちはどうするつもりなんだい? 世界はもう絶望的なまでにボロボロだ。欠片も希望の無い世界で悪を滅ぼしたところで、何になるって言うんだい?」
「……『上』という悪を滅ぼした後は、私たちの罪を滅ぼす。私たちが奴らを止められなかったからこそ、世界は壊れてしまったからな。私は私の命を全て、再生に遣うと決めている……生き延びた人間を、騎士として守っていくつもりだ」
「……そうかい」
感情の見えない声色でそう言うと、ジゼルは部屋を出ていった。
煮え切らない気持ちを抑えられないレンティアが歯噛みしながら大きなため息を吐く。
「とんでもない話だったね、レンティア」
「まったくよ……。あんな話あたし達にして、どうしろって言うのよ」
「言っていたじゃないか。手伝ってほしいって」
「手伝えってねぇ。四王を倒すのに加えて、悪いことしてた騎士達にも復讐するなんて大掛かりすぎるわ。あたしにはそんな力ないわよ」
「……そう言えば、レンティアはどうしてエイジ達と一緒に旅をしているんだっけ?」
レンティアがエイジ達と一緒にいる理由を、ロイは聞いたことが無かったと思い出す。
イスター地方のバンサス村で暮らしていた狩人であるレンティアには、確かに竜とまともに戦える力は備わっていない。ましてや四王と戦うなど不可能に近い。
ならどうしてここにいるのか。
ソルダート・ガフルームという騎士を、彼女は探している。
レンティアの生まれ故郷はサウスガルム地方の港町アクアポート。そこで母親と二人で生活していたのだが、町はソルダートの手によって壊滅した。
住人は一人残らず皆殺しにされ、命からがら生き残ったレンティアも荒れ狂う海に流されてイスター地方まで流れ着いたという過去があるのだ。
ソルダートはアクアポートでも評判の騎士だった。優しく、そして竜と戦っても怪我一つ負わないほど強かった。
そんな彼がどうしてあんなことをしたのか。レンティアはそれを問いただすため、そして母親と住人たちの仇を討つために彼を探している。
世界中を巡るエイジたちの旅についていったのは、それが理由だった。
「――なるほど、結局のところ君の復讐もスカーレットたちと同じく騎士に対するものか」
「もしかしたら、ソルダートも『上』と繋がりがあってあんなことをしたのかもしれないわ……ううん、そうとしか考えられない」
「それだけの為に、危険なエイジ達の旅についていくとはね。余程憎いみたいだね、そのソルダートって騎士が」
「当たり前でしょ、家族も友達も知り合いも、みんな殺されたんだから。……ロイ、あんたはエイジと同じで、竜を殺すためについてきたんだったわよね?」
ロイはエイジと同じく、この世界に召喚された異界者だ。
異界者の役目は竜と戦うこと。エイジの場合は使命としてではなく復讐のために竜を殺すが、ロイは違う。
「一応そうだね」
「一応ってなによ、一応って」
「言ったと思うけど、僕は異界者として召喚されたあと、竜と戦うことなくフラフラしてたんだよ」
「……最初はちゃんと戦ってたんでしょ?」
「でも周りの人間が僕以外死んだ。一人になってでも戦い続けるほど、僕には竜と戦う理由が無かったからね。あてもなくフラフラさ」
「それでドルヤガに流れ着いて……子供たちを守りたいって思い始めたわけね」
ドルヤガの町には、路地裏の子供たちと呼ばれる子供たちがいた。
訳あって大人たちに虐げられ、路地裏で生活することを余儀なくされた孤児たち。そんな子供たちを守るために、ロイは自らも路地裏で生活していた。
そうして路地裏の王とまで言われていたロイと、レンティア達は出会ったのだ。
「あんたの大人に対する憎しみっていうか恨み、相当根深そうだものね」
「僕は大人が大嫌いだからね。だからずっと、路地裏の子供たちの子たちを守って生きていこうと思ってた。……だけど、あの子たちに僕は必要なくなった。路地裏に僕の居場所はなくなったんだ。だから気まぐれで、エイジについていこうと思ったのさ」
「気まぐれってねぇ……あんた言ってたじゃない、竜を殺すことは子供たちを守ることに繋がるって。そういう信念を持って、戦うことを決めたんでしょ?」
レンティアに言われて、ロイは自嘲するような薄笑いを浮かべる。
悲し気なような、困ったような、そんな判別のつきにくい表情だ。
「信念なんかじゃないよ。僕はただ、何かをしてないと不安で仕方ないだけなんだ」
「……どういう意味よ、それ」
「僕には帰る場所が無い。元々この世界に、異界者である僕が帰る場所なんてないのさ。帰る場所が無ければ心も休まらず、生きていることに『区切り』が無くなる。……目的があればそれをやる。目的が無くなったら休むものだけど僕は休めない。だから新しく目的を作ってとにかく動く。急かされていないと、どうにかなってしまいそうだからね」
「……アンタにとっては、竜との戦いもただ目についた目的ってこと?」
「そうだね。長く続きそうな目的が見つかって、よかったと思ってるよ」
――なんで、そんなに悲しい事を言うんだろう。
レンティアは何故かそのとき、ロイがひどく弱々しく見えた。怪我をして横になっているからそう見えるのではない。どこか、消え入りそうな儚さが言葉の節々から感じられたのだ。
ロイは達観している性格で会話も身振りも大人びている。だが実際にはレンティアよりも年下で、第二次性徴を終えて間もないくらいだ。
そんな子供が、帰る場所が無い、目的が無いと生きていても不安なだけと言っている。
レンティアはそれが哀しくて、寂しくて、胸が苦しかった。
「……何よ。そんなふうに大人びて諦めちゃって」
「こんな世界に連れてこられたのが運の尽きだよ」
「帰る場所がないくらいで、そこまで悲観してどうするのよ。……あたしだって、あたしだって、生まれた故郷はもう無いのよ」
「……似た者同士なのかもしれないね、僕たちは」
「似てなんかないわよ。あたしには帰る場所がある。小さな村だけど、そこに大切な人だって待ってるわ」
目を細めて、バンサス村のことに思いを馳せるレンティア。
彼女の生まれ故郷はもう無いが、それでも新しく帰る場所を見つけた。
帰る場所が無ければ作ればいいのだと、レンティアはロイの顔を上から覗き込む。
絞り出すような声は震え、彼女の瞳はじわりと潤んでいた。
「帰る場所が無いって言うなら、今度あたしの村についてきなさい、ロイ」
「ど、どうしてだい? というか、顔が近いよレンティア」
「帰る場所が無いなんて辛いこと言うんじゃないわよ! 『あたし達』が帰る場所だと思えばいいでしょっ……!」
涙がこぼれ落ちそうになったところで、レンティアは顔を上げる。
それ以上何かを口にしようとすると止めどなく泣いてしまう気がして、口を噤んだまま彼女は部屋を出ていった。
残されたロイは、頭の中でレンティアの言葉を反芻する。
涙ぐみながら言ったレンティアの台詞。ロイは知る由も無いが、実は彼女が口にした台詞は、彼女自身が言われたことのあるものだった。
幼い頃、喪失感と絶望感に自暴自棄になっていた頃のレンティア。彼女を優しく抱きしめ、受け入れてくれた人物。
当ても無く廊下を歩きながらレンティアは手の甲で目尻を拭い、その姿を思い出す。
小さい頃からずっと一緒に暮らしてきてくれた、リーシャのことを。
今も村で元気にしているだろうか。久しぶりに、会って話をしてみたい。
そんなことを考えていると、拭いても拭いても涙が止めどなく溢れてくるのだった。




