80.リースとグルーガル
シュリアは今までの出来事を全て話した。
ノースガルム地方セルギウスグラードで起きた事件の顛末と、全ての元凶である騎士団上層部の正体を全て。
リーシャとグルーは息をするのも忘れるほどに、その話に聞き入っていた。
全ての話を聞き終えたとき、グルーは額に汗を浮かべながらこわごわと口を開く。
「そンな馬鹿な……騎士団の『上』が、皇帝含め人間を滅ぼそうなどと……」
「全て真実です。皇帝バルベルトは人間を滅ぼしたのち、何らかの方法で竜をも滅ぼし自らが神になるのだと」
「何がカミサマじゃァ! そんなものはこの世におらんわ!」
「いまこの世にいるかどうかが問題ではありません。いないと言うのなら、これからいるようになるんですから」
「くっ……!」
信じようとも信じられないほどの話に、グルーは当たり散らすように声を上げる。
かたやリーシャと言えば、あまりにもショックが大きすぎたのか虚ろな瞳で宙を見つめたまま動こうとしなかった。
そんな二人の反応も、当然と言えば当然だろう。
竜との戦争において、人間を守護し戦い続けてきたゲオルク騎士団。
『上』と呼ばれる上層部に統括されてきた騎士団が、よもやその『上』に裏切を受けることになったのだ。
皇帝陛下であるバルベルト・デオン・ルクスリア。
上位騎士のアレハンドロ・アルケーランドに、ベゼルト・アクィナス、そしてクラウディオ・アロイス。
その四人が、シュリアの知る黒幕。
全てノースガルムの死臭漂うあの洞窟で、知り得たことだ。
「今まで人間は、竜に脅かされ続けてきました。そう思ってきました。ですが、自分たちを本当に脅かしていたのはバルベルトを含んだ騎士団の『上』なんです」
「何もかも……バルベルトの手のひらの上じゃったというのか……!」
「『上』はその名の通りに、自分たちを常に上から見下しながら行動していたんです」
アレハンドロはノースガルムにて、『上』の計画の一端をシュリアたちに話していた。
現界転生と呼ばれる儀式を用いて、人間を竜に転生させる。そうして転生させていく過程で生まれる、突然変異を『上』は求めていた。
転生の突然変異体。通常の竜獣よりも強く、そして上位種をも超える能力を持った竜。
人と竜の戦争で決定打となった四体の竜、四王がその突然変異体だ。
『上』は四王を誕生させたのちに、更に人間を滅ぼそうと考えた。
その理由は、世界中の命の数を調整するため。
「……グルーガルさん。いま、世界中で生き残っている人間の数を知っていますか」
「考えたこともないわい……そんなことを考えても、虚しくなるだけじゃろうが」
「自分は調べ尽くしました。この三年間で」
「調べたって、世界中を回ってきたというのかお前さんは」
「……はい」
シュリアの瞳が、より一層暗く闇に染まる。
「イスター地方に二百二十人。サウスガルム地方に百七十五人。ウェスタ地方に七十人。ノースガルムに生き残った人間はおらず、世界中で生きているのはたったの四百六十五人です」
「な……た、たったのそれだけなのか……!? 生きているのは……!」
「さらにそこから贄の暦の犠牲者を差し引けば……もう生きているのは半分以下になっているでしょう」
贄の暦。四王が定めたとされるそれは、今まで何のために行われているのか不明瞭なものだった。
しかし現界転生の存在を知ったシュリアたちには、贄の暦の本当の理由がわかっている。
生き残った人間をただ殺すのではなく、竜に転生させる。そうやって竜の数を増やすための仕組みだったのだ、贄の暦とは。
「逆に、竜の総数がどのくらいかわかりますか」
「竜の数なんぞわかるわけが……」
「確かにはっきりとはわかりません。ですが、自分たちは現界転生の存在を知り、そして竜の繁殖速度というものも調べて知っています」
セルギウスグラードにて、レッドチョーカーは二匹の竜を捕獲したことがある。
わざわざ生かしたまま砦に連れ帰った理由は、竜の繁殖速度を調べるため。
捕えた二匹に交尾させ子供を産ませる。その経過観察の結果、竜がどの程度の妊娠期間を経て出産に至るのかを、レッドチョーカーは知ったのだ。
経過観察の途中で忌まわしき事件が起こったが、最後まで見届けることが出来たのは奇跡的だったと言えるだろう。
「竜の妊娠期間はおよそ一か月。産まれた竜は三ヵ月経って成竜となります。そして贄の暦によって連れ去られた人間もまた、そっくりそのまま竜になっていると考えていいでしょう」
「それで……竜の数はどうなんじゃ……」
「大雑把な計算になりますが、この三年間で増えた竜の数を加えて……現在この世界に存在する竜の総数はおよそ、二万匹ほどかと」
「に、にまん……!?」
生きている人間の数はたった数百人だと言うのに、竜の数は二万匹。
小さな子供でもその圧倒的な数の差は理解できる。
人間はどうあがいても、この数字をひっくり返すことなどできないのだと。そう直感できる、圧倒的な差。
「アレハンドロは自分たちにこう言っていました。『人間を全滅させたのちに、四王の争いが始まる』と……しかし実際、人間の数がここまで減った以上、奴らは計画を早めたようなのです」
「ど、どういうことじゃ! それは!」
「もう人間は滅んでいると同じなんです。少しくらい残っていようが、四王同士の争い……遊星限定は始まろうとしているんです」
アレハンドロが言っていた、四王同士の争い。
遊星限定と呼ばれるその争いによって四王が一匹だけになったとき、世界は変わりバルベルトが神になるのだと言う。
その遊星限定が始まろうとしているのだ。現にイスター地方とサウスガルム地方の地別線には夥しい数の竜が集まり、侵略の準備をしていた。
それは東と南の四王がぶつかり合おうとしている、兆しに他ならない。
グルーはふらふらと後ずさり、がくりと椅子に腰を落とした。
あまりにも希望が無いこの状況に動揺を隠しきれていないようだ。
「……お前さんたちは、何をしようと言うんじゃ。こんな絶望的な状況で」
「遊星限定が行われ四王の一匹だけが生き残れば、何が起こるかわかりませんがとにかく終わりです。恐らくアレハンドロの言っていたように、バルベルトが世界を支配し、このフォウ・ク・ピードは絶望郷になるでしょう」
「止めるすべなど、あるのか」
「あります。自分たちが四王を全て殺し、『上』の計画を潰すんです」
四王を殺す。低い声色でシュリアの口から放たれたその台詞を聞いて、グルーとリーシャは頭の奥に光を感じた。
以前この村を訪れた、青髪碧眼の男と白髪の少女。その姿がフラッシュバックする。
『四王を全て殺す。わしらの旅はそういう結末に向かっておるのじゃ』
同じことをあの二人は言っていたと、鮮明に思い出す。
四王を殺すなんて、不可能に決まっている。だがあの男たちと、目の前にいるシュリアは同じことを言った。
あの竜殺しの男の眼も、シュリアの眼と同じく暗い色を宿し、そして意志の光を宿していた。必ず成し遂げてみせるという、意志の光が。
「……四王を殺すために、儂のような老いぼれを尋ねたというわけか」
「確かに貴方は何年も前に騎士を引退し、当時の鋭さを失っているように見えます。ですが騎士団において歴代最強の戦技を持つと言われた貴方を、自分たちは頼りたいんです」
「フン……歴代最強、か。……使えば使うほどに命を縮める力の、どこが最強じゃ」
グルーは乾いた笑いを浮かべながら、シュリアの顔を見つめた。
彼女の表情は変わっていない。この村に来た時からずっと、色を失ったような無表情だ。
だがその瞳だけは、暗く闇色をしつつも『生きて』いる。
グルーはひしゃげた煙草を一本取り出し火をつけた。
薄白い煙を吐き出しながら、どこか寂し気な微笑みを浮かべる。
「じゃが……まだ力を使えるだけの命を残しておいて、正解じゃったのォ。竜共に殺されそうになったあの時、ギリギリまで助けを待ったのも全て、このためだったのかも知れん」
「では……ついてきていただけますか」
「どうせ儂がこの村に残っても、お前さんらが四王を殺せねば人間はお終いなんじゃろ。……年甲斐もなく足掻いてやろうじゃねェか」
にやりと歯を見せて嗤うグルーの答えを聞いて、シュリアはほんの少しだけ安心したように小さく息を吐いた。
そしてずっと放心状態だったリーシャが、震える唇を指で押さえながら声を出す。
「……グルー、さん。今のお話が、全て本当なら」
「あァ、リーシャ。そうじゃな。どうやら運命の歯車とやらには、儂だけじゃなくお前も含まれとるらしいのォ……」
「……? グルーガルさん、どういう事でしょうか。そちらの方に一体何の関係があると言うんです」
「わ、私は……私はっ、『お父様』が非道いことをなさっているなら……私はっ」
「お父様……?」
リーシャは自分の頬を手のひらでぱしんと叩いた。
先ほどまで震えていて声も切れ切れだったが、真っ直ぐな目でシュリアを見つめて、リーシャは言い放った。
「私の本当の名は、リース・シャギアルド・ルクスリア……。皇帝バルベルトの、娘ですっ……!」




