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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
ノースガルム編 赫焉のレッドチョーカー
75/90

75.プラネタリー・ギア

 まさに一瞬の出来事で、私もシュリアも反応できなかった。

 アレハンドロの背後に発生した歪みの渦の中から、鱗に覆われた巨大な二本の腕が這いずりだしたのだ。その腕は一気に私たちの方へと伸びてきて、そして私たちを握りこんだ。

 肩から腰にかけてをその腕に圧迫され、私たちは小さく弱々しい悲鳴を上げてしまう。


「ぐ、あっ……!?」

「ひゃぅっ!!」


 到底振り払えるものではなかった。文字通り手も足も動かせない。みしりと骨が軋む音が、私のうなじの辺りに冷たい感覚をもたらす。

 巨大な腕は私たちをそのまま持ち上げ、両足が宙へと浮いていく。視線の下には悠然と構えるアレハンドロ。私はかろうじて動く首を動かし、精一杯にアレハンドロを睨みつけた。


「アレ、ハンドロッ……! なんだこれはッ……!」

「ごめんね。最初から(・・・・)こうなる運命だったんだよ、君たちは」

「貴様ぁッ……!」

「ほら、腕だけじゃなくちゃんと出ておいで。デュオス」


 アレハンドロは腰をかがめて巨大な腕をくぐり抜ける。すると歪みの渦の中から、腕の先が徐々に姿を現し始めた。

 銀色の鱗に、黒い体色。兜を被ったような形の頭部から、太く大きい尻尾までが完全に渦から這い出る。今まで見たどんな竜よりも、その瞳は威圧感を持っていた。


「紹介するよ二人とも。この子はボクのお気に入り、デュオスモルフォガルトって名前なんだ」

「ど、どういうつもりなんです……! 『上』の人じゃあ、無かったんですか……!?」

「ボクは正真正銘『上』に所属してるよ。まぁ、ニンゲンじゃあ無いけどね」

「人間じゃあ、無いって……」

「まぁせめてちゃんと説明してあげるからさ。お願いだから変に暴れたりしないでよね」


 アレハンドロが指を鳴らす。すると私たちを掴んでいた腕にゆっくりと力が込められていき、まるで万力のように締め付け始める。

 肉が潰れるほどの強さではないが、もともと折れていた私の左腕は音を立てて呆気なく砕け、嫌な汗が額に滲みだした。

 シュリアは大丈夫だろうかと、心配になってゆっくり隣を見てみたが、どうやら私よりも強く締め付けられたらしくぐったりとうなだれてしまっている。


「ぐ、ぅ……っ!!」

「砦のみんな、碧竜を倒してノースガルムの状況を何とかしようと頑張ってたみたいだけど……全部無駄だったんだよ」

「ッ……無駄、だと……?」

「君たちが騎士団の本部に手紙を送ったからこうなったんだよ。ほら、君たち現界転生(アルターロット)に勘付いちゃったでしょ? ボクたち『上』としては、それを知った騎士を生かしてはおけないんだよね」


 痛みと圧迫感で霞む視界の先で、アレハンドロがにっこりと微笑んでいる。


「『上』は……何を考えているんだ……!」

「皇帝陛下も長い戦争で考え方が変わったんだよ。戦争じゃなく、別の方法で竜に勝つつもりみたい」

「別の方法だとっ……?」

「聞いたら驚くよぉ。まずはさ、皇帝陛下以外の人間をぜーんぶ殺すんだって!」

「は……?」


 アレハンドロの言っている意味が、理解できなかった。

 人間を全員殺す? 何を言っているんだ、こいつは。


「その後で、竜同士の殺し合いが始まるんだよ。最後の一匹まで殺し合う必要もなく、たった四匹が殺し合うだけ。それが終われば、皇帝陛下はぜーんぶ自分の思い通りに出来るんだって。神様にでもなれるって言ってたよ」

「神様……? なんだ、何を言ってるアレハンドロッ!?」

「覚えておきなよ。『遊星限定』が終わったとき、世界はまた変わるよ」

「……ふざけるなよッ」


 黒目が縮んで潰れてそうなほどに眼に力が入った。

 まだ私は、アレハンドロの言葉に理解が追いついていない。だが一つだけはっきりとわかることはある。

 アレハンドロは、私たち騎士を裏切っている。竜に加担し、私たちを陥れているのだ。


「さて。現界転生(アルターロット)は君たちが思っている通り、人間を竜に転生させる儀式のことなんだけど……そうやって竜に転生させると、時たま突然変異体が現れるんだよね」

「ハァ……ッ、突然変異……?」

「人間だった頃に過酷な死線をくぐり抜けている、強い人間ほどその突然変異が起こりやすいみたいでさ。突然変異すると、上位種よりも遥かに強い竜になれるんだよ。……まぁ、変異の種類はもう一つあるんだけど、それはいまはいいや」

「つまり……皇帝含め、貴様ら『上』は……今までずっと竜に加担していたという事だな……ッ」


 私の問いに対して、アレハンドロはわざとらしく両手を広げて微笑んで見せる。


「まぁそうなるよね。でも勘違いしないでよ、ボクも皇帝陛下も他の人たちも、戦争で竜が勝つためにこんなことしてるわけじゃないんだから」

「戦争の為などでは無いだろぉ! 皇帝は気でも触れたか!?」

「ボクにはわかんないよ。……それよりも、そろそろボクの目的を果たさなきゃいけないからさ。おしゃべりはこれで終わりっ」


 アレハンドロの目くばせに応えて、私とシュリアの身体を締め付けている竜の腕に更に力が加えられていく。

 肺が押しつぶされていき、息を吸うことはおろか吐くことも出来なくなる。

 戦技を使おうにも、想像を絶する痛みがそれを許さない。私の意識は徐々に、痛みの中で薄れていく。


 最後に私の鼓膜を揺らしたのは、自身の身体の骨が数十か所、一斉に折れ曲がる音だった。

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