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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
ノースガルム編 赫焉のレッドチョーカー
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64.インヴェイド

 白い息を吐きながら鼻を鳴らし、セルギウスグラードの門が開くのを待つ。

 何日ものあいだ雪ざらしの行軍を続けると、体力を消耗するのはもちろん精神的にもかなりきつい。一刻も早く砦に戻る必要があったため、休息もろくに取っていなかった。限界を迎えるには程遠いが、確かな疲労が両脚に重くのしかかる。


 私が鼻を何度目か鼻を鳴らすと、ようやく門は重苦しく軋みながら開き始めた。

 鎖の手錠を嵌めた二匹の竜、ジュリアとミオを引き連れて私たちは砦へと入っていく。


「お疲れ様ですみなさま!」


 セルギウスグラードの騎士が一人、私たちを出迎えてくれた。彼は私の背後に視線を送ったあと、緊張した様子で問いかけてくる。


「ジゼル殿……その二人が、今回の成果ですか」

「そうだ。予定していた通り地下の獄に連れていく」


 私はジュリアとミオを手招き、地下へと続く階段の方へと向かう。

 ここから先は私とアリエスさえいればいい。他のメンバーにはそれぞれ報告や休息を与えようと思った。


「アスト、ご苦労だった。先に部屋で休んでいていいぞ」

「わかりました。もう身体の芯から冷えちゃって……」

「ステファーとドックには悪いが、セルゲイの所に行って報告を頼めるか」

「ええ。作戦の成否を報告するのは大事な務めですもの、行きますわよハワード」

「……了解」


 ステファーとドックも表情に僅かな疲れを見せながらも、セルゲイがいるであろう司令室へ向かって行く。

 残ったのはシュリアだけだが、他の三人に比べると全く疲れている様子が無い。じっと私の顔を見つめながら、次の命令は何かと期待しているように見える。


「シュリアは、アリエスを探して地下へ来るように伝えてくれないか」

「了解ですっ! すぐに見つけてきますねっ!」


 そう言い切る前に足取り軽やかに走り去っていくシュリア。何事にも何時もああやって全力で向かう姿勢は感心するが、いつか燃料切れを起こしそうで不安でもある。

 そんなシュリアの後ろ姿を見送ってから、私たちは地下へと続く階段を下りはじめた。


 階段は狭く人二人が並んで通れる限界の幅と、背が高いと頭をぶつけてしまうくらいの天井の高さ。空気の流れは悪かったが、淀んでいるわけでもない。石壁に手を触れるとひんやり冷たく、ブーツの靴底が奏でる足音は反響してリズムを刻む。

 景色は変わらず、どれだけ下りてもこの空間が延々と続いているのではないか、そう錯覚すら覚え始めたころ。背後のジュリアが少し高い位置から声をかけてきた。


「私たちに、何をシろというのでしょうカ」


 反響して分かりづらいが足音は変わっていない。ジュリアもミオも大人しく私に続いて階段を下っている。

 彼女の質問に、今この場で私が答えるわけにはいかない。私では彼女たちを納得させることができない、そう思うからだ。どうにかして話を逸らそうと私は考えた。


「その質問に答える前に、私の質問に答えてもらってもいいか」

「……いいですヨ」

「お前たちは人間に対してどんな思いを持っている?」


 私のその質問に、ジュリアはたいして時間をかけずに返答を返してきた。とても短く、すっぱりと言い切るように。


「侵略者」

「なに?」

「あなた達ニンゲンは、私たちにとって侵略者だと、そう思いまス」

「……どういう意味だ、それは」


 私は振り向かずに質問を続ける。私の背中を見ながらジュリアはどんな顔をしているんだろうか。彼女の声色に変化はなく、落ち着いているように感じるが。


「ワタシたちを意味なく殺そうとするニンゲンは、侵略者でス。侵略者に対して、ワタシたちは抵抗する。ただそれだけでス」

「……そうか」


 今の言葉を聞いて、私は理解できた。

 たしかに人間は、しいては騎士は、竜を無差別的に殺している。もちろんそれには理由もある。抵抗を見せる竜を危険と判断し駆逐するという理由が。それが少し行き過ぎ、竜は全て殺すべしという考えに変わっていっている。

 ジュリアはそんな人間たちを侵略者と呼ぶ。そう呼ぶ気持ちも何となくだがわかる。積極的に人間を襲う竜ならまだしも、北の地で大人しく暮らすような竜が人間に脅かされればそう言いたくもなるだろう。


 もとはと言えば人間が火種を起こした戦争だ。非はこちらにある。

 私はただ一言呟き頷くことしかできなかった。


 竜と人間の関係は今のままでは悪くなる一方だと感じる。人間は竜を危険だと判断し、全滅させようと動く。そして竜はそれに抵抗を見せる、好戦的でない竜の意識も敵対に向いてしまう。

 竜を全滅させればいいという話ではない。確かにそれで戦争は終わるだろう。だがそう簡単にはいかない。


「……けれどワタシは、ニンゲンと解りあえればいいと、そう思ってもいまス」


 長い沈黙の後、ジュリアはそう付け足した。

 彼女は私に期待している。勝手に私はそう感じた。

 ジュリアともっと話してみたい。何とかして、意識のわだかまりを解消してやれないだろうか。そんな風に思えた。


「何言ってるンだ母さん! ニンゲンと分かり合うなんて無理だ!」


 ジュリアよりも、ミオを説得する方が難しそうだ。階段を下り終えて私は、はやくシュリアがアリエスを連れてきてくれないかと思った。

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