65.ウォーム
「ひとつ訊いていいか?」
「……なんでしょウ?」
薄暗く薄ら寒い――いい所と言えば大きいだけ。そんな牢獄のような地下室にジュリアとミオを連れてきた。
室内が外からでも良く見えるよう、壁ではなく鉄格子が嵌められている。地下室ゆえに窓一つ無く、こんな所にずっと居るなんて私には無理だ。ジュリアやミオがこの空間に耐えられるのか少し不安でもある。
「ミオは、お前が産んだ子供なんだな?」
「……? えぇ、確かにそうですガ」
「ミオが産まれるまでどのくらいかかったか、わかるか?」
念のためと思い私はそう質問した。竜が産まれるまでどのくらいの期間を要するのか、口頭でわかるならそれが一番手っ取り早い。それさえわかれば、ジュリアとミオに非道を強要せずとも済む。
しかしそうはいかないことを、ジュリアの表情で私は察した。
「どのくらいと言われても……そんなこと、詳しく憶えていませン……」
「……そうか」
「ですガ、ミオを産んでからなら……三ヵ月ほどでしょうカ」
「三ヵ月? それで、これか」
「コレとは何だ!! 変な質問して何のつもりダヨッ!!」
生後三か月にして、この口の悪さか。いやそれより驚きなのが、生後三か月にしてここまで育っていることだ。
変姿した竜の姿は実年齢とは関係ないと聞いたことがある。ミオの姿はアリエスと同じ十五歳くらいに見えて、話し方や立ち振る舞いもその外見通りのものだ。竜の年齢で三ヵ月は、人間で言う十五歳くらいに換算されるのだろうか。
ミオはむくれっ面を浮かべながら、母親であるジュリアの陰に隠れるようにしている。私に対する警戒心を剥きだしにしながらも、両の手に掛けられたアストの鎖のおかげで飛び掛かってきたりは出来ない。
今の二匹は殆ど無力だ。変姿を維持するだけの力しか出せない、それ以外は人間と変わらない。そう分かっているから、私も無駄に神経を尖らせる必要も無く、こうして冷たい鉄格子に身をもたげられている。
「――ジゼル」
「おお、来たかアリエス」
鉄格子の間をくぐり抜け、アリエスが地下室へと入ってきた。アリエスの姿を一目見て、ジュリアがはっとした表情を浮かべる。
「あなた……半竜ですネ」
「……わかるんだね、やっぱり」
一言ずつ言葉を交わしそれから二人は見つめ合ったまま何も言わなかった。私からすればその光景は、二人がまるで目だけで会話をしているような。そんな、意味のある空虚な時間が流れているような気がした。
これ以上は私がいる必要もなさそうだ。あとはアリエスに任せればいい。
私は地下室を後にして、長い階段を上って行った。
これでとりあえずひと段落が付いた。竜を二匹捕えることに成功して、あとは竜の繁殖速度を調べることが出来れば、本腰を入れて竜の殲滅に乗りだせる。
効率よく竜の数を減らせていけば、いずれノースガルムの竜を統率している碧竜ツァラシスカラシカも出てくるはずだ。奴を叩くことが出来れば、私たちレッドチョーカーの使命を果たすことができる。
ノースガルムの状況は覆り、騎士団にレッドチョーカーの名声がまた広がる。
大きな一歩を踏み出すことができる。そんなことを思っていると、長い階段も二段飛ばしに上がり、行きの時よりも時間がかからず一階へ来ていた。
「お疲れ様ですっ、隊長!」
「シュリア。部屋に戻って休んでいてもよかったんだぞ?」
「いえ……実は身体が冷えてしまっていて。隊長も、一緒にお風呂どうですか?」
「ああ……そうだな。行くか」
「はいっ!」
長時間、身も凍り付きそうな外を歩きつづけていたんだ。身体の芯から冷えてしまっていて、暖炉にあたる程度ではそうそう温まることもできない。こういう時は湯につかるのが一番だ。
何故か騎士団の拠点には、必ず温泉がある。ただの風呂ではなく、温泉だ。
「どうして騎士団の拠点には、温泉があるんだろうな」
「ああ、確かに不思議ですよね」
「今まで渡り歩いてきたどの拠点にも絶対にあったぞ。そう都合よく温泉が湧きだすものか?」
「砂漠地帯のゲティスローツにすらありましたもんねぇ。先に温泉を掘り当ててから拠点を建てているんですかね」
「上にそんな物好きが居たとして、一体何のための温泉なんだ。セルギウスグラードみたいに寒い地方ならまだしも、ゲティスローツで温泉に入っている奴なんて見たこと無かったぞ」
私たちは他愛のない会話をしながら、暖簾を手の甲で押し抜け脱衣所へと入っていく。
沢山あるロッカーはそれぞれ個人のもので、名前が書かれたプレートが付けられている。中を開けばそこには着替えの一式とタオルが何枚か入っていて、服を脱いだ私たちはタオルを手に取り風呂場へと入っていった。
広く大きな風呂場には湯気が立ち込めていて、熱気が一気に身体を包み込む。軽くかけ湯を済ませ湯船の方へと向かうと、タオルを頭の上に乗せて、気持ちよさそうに緩んだ表情を浮かべるヴェインの姿がそこにはあった。
「ヴェイン」
「あ”ー……? なンだ、隊長とシュリアじゃねぇか。いつ帰って来たんだ?」
「ついさっきですよ。作戦は無事成功ですっ」
つま先を湯に沈め、私とシュリアはヴェインの近くに腰を下ろす。
身体の奥底から温泉の温かさが染みわたり、それに押し出されるように自然とため息まじりの声が出た。
「あとはアリエス次第と言ったところだな」
「んじゃ、しばらくは休暇ってか?」
「馬鹿を言え。竜の棲み処の偵察、雪中戦闘の訓練、やることは山ほどある」
そう、やるべきことはまだまだある。
いずれ来るべき上位五竜種との戦いに備えなければならない。時間は有限で、有効に使っていかなければならない。
「……いや、今はそんな話しなくていいな」
「ですねぇ。しっかり疲れを取っておきましょう、それも大事なやるべきことですっ!」
「風呂は何も考えねぇでのんびり浸かるもンだからな。シュリアも一時間は肩まで浸かっとけよ」
「い、一時間もですか!? 流石にのぼせてしまいそうなんですが……」
長風呂のヴェインに付き合うつもりは無いが、今は時間を忘れて疲れを取ろう。
今日はもう日も暮れる。明日から訓練と偵察を本格的に始めていこう、アリエスが二匹の竜を説得するまでがタイムリミットだ。
……そうしてぼんやりと明日からのことを考えて湯に浸かっていたら、いつの間にか一時間以上が経ってしまっていた。




