63.シィージャ・オブ・ダーク
洞窟に入ってから小一時間程が経った。
私の全身が竜の返り血でべっとりと染まりしたたり落ちるようになると、暗闇の中に無数にあった気配は一つ残らず消えた。洞窟内の竜殲滅に成功したのだ。
一息つき、洞窟の暗闇を見渡す。松明の光がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。どうやら全員わたしの言葉を守り、松明の火を絶やさなかったようだ。
その内の一つへ近づきながら、私は剣に染みついた血を手のひらで拭った。
松明の光に近づくと鮮明にシュリアの姿が見えてきた。私と同じように全身余すことなく血に染まった姿が。
「隊長! お疲れ様です!」
「あぁ。他とも合流しよう」
シュリアは血に染まった顔ではにかんで見せる。喋った際、口の中に血が入ったようで何度も血混じりの唾を地面に吐き出しながら、私の後をついて歩く。
他の三人は既に合流しているようで、ひと際大きく明るくなっていた。その灯りに、私たちの松明の光も加わる。
「皆ご苦労だった。……丁度二匹、捕えたようだな」
「少し手間取りましたけれど、アストさんのおかげで上手くいきましたわ」
「そんな、僕一人じゃ二匹も捕まえるのは難しかったですよ。ステファーさん」
ステファー、アスト、ドックの三人もみな大した怪我はしていないようだ。
アストは腕や脚に切り傷を負っているようだったが、応急処置すら必要ないくらいの軽傷と見える。
私は視線を下に向ける。地面にひれ伏しながらも鋭い眼光を飛ばす二匹の竜が、喉を鳴らしてもがこうとしていた。アストの力が込められた鎖がじゃらりじゃらりと鱗に擦れあい音を立てている。
「無駄な事はよせ。どんな竜でもその鎖を解けはしない」
「グ……わざわざワタシたちを殺さズ、どういうつもりなのでしょウ……ッ」
「お前たちにとっても悪い話ではない。私たちに従えばその命、獲りはしない」
暗闇に溶け入るような色合いの竜に目線を合わせ、私がしゃがみ込んだとき。隣で同じように縛られ伏していたもう一匹の竜が牙を剥いて吼えた。
「ふざけんじゃねぇニンゲンッ!! 殺すなら殺しやがレ! お前らの手で生かされるなんて死んだ方がましダッ!」
「随分と威勢のいい竜ですわね。悪いですけど、あなた方の生殺与奪の権利はもうわたくし達が握っていますの。ジゼルさんはこう言ってますけれど、あなた方はわたくし達に従うしか選択肢はありませんのよ?」
ステファーの言う通りだ。私たちに従えば悪いようにはしないと言っても、従って貰わなければ全てが無駄になる。どんな脅しをかけてでも、どんな汚い手を使ってでも、私たちはこの二匹の上位種を生かして連れて帰る必要があるのだ。
この場をどう説得しようか考えていると、傍に居たドックが一歩踏み出し私に一言呟いた。
「ジゼル、この二匹……色合いが似ているが」
「確かにそうだな。鎖で形取られていなければ目を凝らしても見えづらい」
「……いや、そうではない」
「なんだ?」
私が立ち上がりドックの顔を見上げると、後ろではっ、とステファーが声を上げた。
「そう言えば……この二匹、戦い方がほとんど同じでしたわ。戦闘中に使っていた能力も一つじゃなく、もしかして二匹とも同じ能力を使っていたのかも……」
「……おい待て。するとこいつらは」
その先を口にしようとしたが、したくなかった。頭の中ではその二文字が浮かんでいて、喉と胸のあいだまで言葉も上がってきている。だが、それを口にすることで改めて認識したくなかったのだ。
「――お察しの通リ、この子はワタシの息子でス」
二匹の竜のうち、一回り体格の大きい方から呆気なくその言葉は放たれた。
私は前髪を手でかき上げて下唇を噛んだ。想定外も想定外だ、捕えた竜がまさか血縁関係にあるなんて、想像もしていなかった。よくよく考えて見ればこういうパターンも可能性としてはあったはずなのに。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、シュリアがおずおずと私に問いかけてきた。それを皮切りに、それぞれが竜に聴こえないよう小声で相談を始める。
「た、隊長……血縁関係にある竜同士で、あの作戦を実行するのはどうかと自分は思うんですけど……」
「……同感だ」
「この際、倫理的問題は度外視したとしても……上手くいくんですの? 人間じゃ、近親交配でちゃんとした子供は生まれにくいと聞いたことがありますけれど……」
「竜と人じゃ、いろいろ勝手が違うんですかね……?」
各々言いたいことはよくわかる。だがここでいくら話し合っても無意味だろう。親子の竜で交配が出来るのか不安なところだが、今回の成果はこの二匹だけなんだ。私たちに出来ることはこの二匹を砦に連れ帰ること。
私はもう一度、親竜の方に話を続ける。
「お前たち……名は何と言う?」
「ワタシはジュリア、息子の名はミオといいまスが……それが何か」
「ジュリア。お前の子供は私たちに殺されることを望んでいるようだが、お前はどうなんだ?」
「……ワタシはどうなろうと構いません。ミオだけはどうか助けてもらえまスか」
やはり母親だ。ジュリアの眼ははっきりとしていて、どれだけ自分の子供のことを思っているのかが窺える。
息子だけでも助けてほしいと言うならば、説得の余地は十分にある。絶対に二匹とも、生かしたまま連れ帰って見せるさ。
「子供だけでなく、お前の命も助けてやるさ」
「……嘘ではないでしょうね、ニンゲン」
「確かに私たち人間とお前たち竜は殺し合う存在だ。だが、対話の機会を設けてみるのもいいんじゃないか、ジュリア? お前たちさえよければだが」
本来の目的をぼかした言い方だが、全てが嘘と言ったわけじゃない。
竜の人との戦闘は些細な食い違いから始まったもので、それぞれの生の根幹に関わる重大な理由は何も無い。今となっては、人間だから竜だからという理由で争っていると言ってもいいだろう。
話しあい分かり合うことが出来れば、案外この戦争もすぐ終わるかもしれないのだ。
話の分かる竜と対話する機会は私も望んでいた。上手く丸め込めることができれば、ノースガルムの戦況も変わるはずだ。碧竜やその他の竜について情報を得ることもできる。
「……いいでしょウ。あなた達に従いまス」
「母さん! ニンゲンに従うなんてオレは……ッ!」
「ミオ。死ねば全て終わりまスよ。今は生きることを考えなさい」
「母さん……。……わかったよ」
従順な子供だ。親の言う事をしっかり聞く。
二匹の同意を得たところで、私はアストを近くに来るように指先を動かした。
「ジュリア、ミオ。お前たち変姿は出来るだろう」
「ええ、変姿すればいいんでスか?」
「今からその鎖を一度解く。大人しくそうしてくれ」
「わかりまシた……ほら、ミオ」
念のため暴れられても大丈夫なように、ドックやシュリアは武器を構える。鎖を解いた瞬間には竜の力が解き放たれるが、私たち五人に取り囲まれた状態で暴れても制圧は容易だ。
アストに合図を送り、鎖を解く。ジュリアもミオも抵抗するつもりはもう無いらしく、大人しく翼を折りたたむと変姿し始めた。
二匹の姿が眩い光に包まれ、数秒のあいだ洞窟が明るく照らされた。他の四人は二匹の姿に注目していたが、私は首を動かし周囲の確認をする。地面には夥しい数の竜の死骸が転がっている。壁や天井はむき出しの岩肌だったが、ところどころに人工物と思われる石の残骸が転がっていることに気付いた。
しかし、それが何なのかはっきりと解るまでに二匹の変姿は終わり、再び松明の小さな明かりだけ残された。
「これでいいでしょうカ」
「ああ。悪いがもう一度、縛らせてもらうぞ」
変姿したジュリアとミオは艶やかな黒髪の男女に変わった。シュリアのように真っ黒な髪色だ。
私はアストが出した鎖を適当な長さに斬り、二匹の手首に巻き付けた。これなら変姿が解けることは無く、竜の力も殆ど抑え込める。
「ではついてきてもらおうか。私たちの砦へ」




