60.ディスコード
竜の棲み処を探しに行くにあたり、私たちは三つの班を作ることになった。一つの班に二名ずつで、計六人が偵察班となる。二人一組という人数は心もとない気もするが、騎士が総出で砦を出るわけにもいかない。
それに偵察班に選ばれたのは会議に出席していた騎士と、レッドチョーカーのメンバーだ。単独ならまだしも、二人いれば大抵の状況には対応できる。
そうして全員の賛成を受け、会議は滞りなく終了したのだった。
会議が終わってセルゲイ達は部屋を出ていき、いまは私だけがぽつりと席に座っている。
ウェッジとヴェインが戻ってくるのを待ちつつ、私は手持無沙汰に剣の柄を指で撫でながら部屋の中を見渡していた。
窓一つ無く息苦しさを感じる部屋だ。今までは会議に集中していて気づかなかったが、一人だけでいるとその重苦しさがよくわかる。
ふと、さっきまでセルゲイ達が座っていた椅子が気になった。
円卓を囲うようにして並べられている椅子の数は、全部で八つある。私の席も含めると九つだ。恐らく、作戦会議の際にこの円卓に座ることを許可されたのは九人だったのだろう。
だが、セルゲイ、ステファー、マクスウェル、ドック。彼らは四人しかいなかった。
……長きにわたる戦争で、セルギウスグラードの豪傑たちも数多と消えたか。
そう思うと、会議中もずっと空席だった場所が無性に虚しく見えてくる。
あの四人以外でこの空席を埋めることの出来る騎士は、セルギウスグラードにいないのだろう。
しかしあの空席も、私たちが来たことによって埋まる。私は強くそう思う。
「――隊長、待たせちまったな」
背後の扉が開き、声をかけられた。
私は立ち上がって振り返り、ウェッジとヴェインに顔を向ける。二人の後ろにはアストとアリエス、そして何故か呼んだ覚えのないシュリアが居た。
「シュリア? なぜお前もいるんだ」
「砦を回っていたらウェッジさんとアストさんの姿が見えまして……皆さんが集まるとお聞きしたので、自分もついてきちゃいました。えへへ……」
「仲間外れは嫌だってよ、隊長」
ウェッジがそう言ってにやけ面を浮かべながら、シュリアの頭にぽんと手を乗せる。
仲間外れなんてつもりは無かったが、確かにシュリアだけ蚊帳の外というのもおかしかったかもしれないな。作戦を伝えるなら全員そろっていた方が効率もいい。
ウェッジに頭を撫で繰り回されて、シュリアは困ったような笑顔を浮かべる。
ふわふわした髪質のシュリアの頭は撫で心地がいいだろうが、髪の毛がぐちゃぐちゃになって戻らなくなる前にやめさせないといけないな。
「全員そろっているなら丁度いい、そのまま話を聞け。ウェッジはシュリアの頭から手を離してな」
「へいへい」
「僕、訳も分からずウェッジさんに連れてこられたんですけど……一体なんの話なんですかジゼルさん?」
私は手短に作戦の方向性を全員に話した。
ノースガルムの竜を束ね意図的に人間を狩ろうとしている碧竜ツァラシスカラシカの存在と、奴を私たちの前に引き摺りだすために竜を殲滅しなければならないこと。
そして、竜を殲滅するために竜の繁殖速度を調べる必要があるということを。
矢継ぎ早にそれらを話したが、全員頭を悩ませることなくすんなりと理解してくれた。
作戦に異議を唱えることは誰もせず、しかし全員が同じように表情を曇らせた。その理由は碧竜の存在を知ったためだ。上位五竜種の最上位と思われる碧竜と、いずれ戦うことになると言う事実に、尻込みしてしまっている。
「碧竜……自分たちがサウスガルムの大砂漠で戦った、上位五竜種の一角ですか……」
「ま、またあんな化け物じみた竜と戦わないといけないんですか。あの時だって、相当痛手を負ったって言うのに……」
アストが弱音を吐くのも仕方が無い。確かに緋竜ウィルクスカチュアとの戦いでは、サウスガルムの騎士達が何十人と傷つき、そして斃れた。
騎士団の中でも選りすぐりの実力を持つ上位騎士ですら、何人も殺されたのだ。
あの大戦闘を思い出し、ウェッジが引きつった笑いを浮かべながら口を開く。
「確か、ゲティスローツの双璧って言われてた古参騎士のジイさん共も、あの戦闘で負った傷が原因で引退しちまったんだったな」
「ああ。騎士団創設時代からの豪傑がいたからこそ、あの程度の損害で済んだ。……我々はもう一度、あの時のような死線をくぐらなければならん」
「自分はレッドチョーカーとして、ジゼル隊長にどこまでもついていきます! 例えそれが世界の果てだろうと、死の淵だろうと!」
「俺も上等だぜ、前は中途半端で終わっちまったからなァ。今度こそ竜のカシラをぶちのめしてやる……!」
どれだけ思い惑おうとも、レッドチョーカーに後退の二文字は無い。逃げる算段なんて欠片も感じない、腹に一物を抱え覚悟を決めている者ばかりだ。
どんな時も私を信じてくれる。だからきっと、今回の作戦にも付き合ってくれる。私はそう思っている。
「兎にも角にも、竜の繁殖速度を調べることが先決だ。……我々は竜を二匹捕獲し、この砦で飼い殺す」
「……!」
その時、一瞬。ほんの一瞬だが、アリエスが反応したように見えた。
今まで一言も話していなかったアリエスが――普段から口数の多い方ではないが――何か言いたげに、私の眼をじっと見つめている。
その隣に立っていたアストが、私に質問をしてきた。
「り、竜を捕獲、ですか……それって、僕の能力を使ってってことですよね?」
「あぁそうだ。竜を完全に無力化できるのはお前しかいないからな」
「それで砦に連れてきて、どうするつもりなんです?」
「二匹の竜を交尾させ子を出産させる。私たちはそれを観察し、竜の繁殖速度と産まれたばかりの竜の成長速度を調べる」
既にこの話を聞いていたウェッジとヴェインは何も反応しなかったが、アストとシュリアは少なからず驚いているようだった。しかしそれと同時に、なるほど、といった風に考え込んでいる。
実際、竜の繁殖速度を調べるにはこれが一番の方法なのだ。それを理解したうえで、承諾してほしい。
だがアリエスだけは、瞳の色を変えて私の眼をじっと睨んだままだった。
アリエスは今にも私を睨み殺すくらいの目つきで、薄い唇を開く。
「ジゼルっ……」
「……なんだ、アリエス」
思わず聞き返してしまったが、アリエスが何を思っているのかわからないほど、私は鈍感ではない。
アリエスの目を見ていればその奥にある感情に嫌でも気づく。いくら相手が敵対する竜をとはいえ、あまりにも扱いが非道いと。そう思っているのだろう。
「……捕えた二匹の竜……そのあと、どうするの……」
「アリエス。お前がレッドチョーカーに入ってから散々教えてきたが、竜の中にも殺すべき竜と殺さないべき竜がいる。人間を襲う竜は殺し、人間と共存を選ぼうとする竜は生かす。騎士団の方針がどうあれ、私たちはそれを貫き通す」
「……」
「ノースガルムの竜はいま、碧竜の下で人間を狩り続けている。そんな竜は殺さなければならない。捕えた二匹の竜も、その心の底から悪意に支配されているのなら、殺すしかあるまい」
「……ゥゥッ!」
アリエスは歯を食いしばりながら唇を反らせ、牙を剥いた。
その白い歯の隙間から仄紅い火の粉を散らし、今にも私に飛び掛かってこようとする。
「――やめろ、アリエス」
「……ッ!」
しかしそんなアリエスの肩を掴み、ヴェインが止めた。かなりの力を込めているのか、アリエスの服は皺が寄り、布が軋む音を立てている。
アリエスは食い掛かる姿勢のまま、ゆっくりと心の内を言葉に乗せていく。
「……わたしだって、殺さなきゃいけない竜がいるのはわかってるっ……でも、そんな風に竜を道具みたいに扱ってから殺すのは、ひどいことだっ……!」
声は決して荒げず、しかし言葉に確かな思いを乗せて絞り出すようなアリエスの声。
隣で制止するヴェインの目つきも、いつもとは違ってどこか悲しげだった。
竜を殺すということに対しての抵抗。半竜だからこそ、抵抗を感じるのも至極当然のことだ。
アリエスとヴェインは、両親のどちらかが竜だ。竜を殺すということは、自分の親を、つまりは自分と同じ種族を殺すという、同族殺しとほとんど変わりない。
ヴェインは自分の親が何者かということにこだわりを持っていないため、竜を殺すことに抵抗を感じてはいない。しかしアリエスは竜のことを慮ってしまう。何故ならアリエスは、竜の血が濃いために竜の言葉すら理解できてしまうからだ。
我々人間のように声に出して言葉を話せるわけではないが、竜も思考し、竜同士でコミュニケーションを取る生き物だ。アリエスにとっては、竜も人間もそう大差ないのだ。
同じ半竜としてヴェインは、そんなアリエスの葛藤の数少ない理解者だ。自分では感じていなくとも、そう感じてしまう気持ちは理解できるのだから。
私はヴェインほどアリエスのことを理解してやれない。だが、同じレッドチョーカーの仲間として、その葛藤を、想いを、踏みにじる真似も出来ればしたくない。
「……アリエス。私たちが捕えた竜を殺さなくてもいいように、お前が変えてくれ」
「変える……何を……?」
「捕えた竜とお前が対話し、変えるんだ。人間と竜が争う必要など無いと伝え、その心を変えろ。そうすれば、セルゲイ達が何と言おうとその竜は私が匿う。何なら、レッドチョーカーに加えてもいいかもしれないな」
「ジゼル……」
私は微笑みながらアリエスに近づいていき、その頭を優しく撫でた。
私の気持ちが伝わったのか、アリエスの逆立った髪の毛は収まっていき、開いていた瞳孔も徐々に閉じていく。
「……わかった。わたしが……なんとかする」
「ああ。説得はお前にしか出来ない。頼んだぞ」
落ち着いてくれたアリエスは、その時ほんの少しだけ微笑んでくれた気がした。
普段から表情の変化も乏しいアリエスだが、こうして注意深く見ていればどんな気持ちを抱いているのかがわかりやすい。
機嫌が悪いとき良いとき。そのくらいは、私も最近になってようやくわかるようになってきた。
「おいおい、半竜ならともかく完全な竜まで入っちまったら、オレら完全に騎士の称号を剥奪されちまうぜ? それどころか叛逆罪に問われて最悪死刑とか……」
「んだよカウフマン。騎士裁判にかけられるようなヤベェ橋なんて今まで数えきれねぇくらい渡ってきただろうが。今更ビビってんじゃねぇよ」
「そうですよウェッジ殿! むしろ自分たちが竜と人間の懸け橋になれるかもしれないんです! 胸を張っていきましょう!」
「つってもよぉ……まいいか。賽の目も悪くは無さそうだしよ」
先ほどまで碧竜の名に尻ごんでいた様子が嘘のように、全員に笑顔と余裕が生まれていく。そうだ、それでこそ私たちレッドチョーカーだ。
どんな時も余裕を持ち、意志を曲げず自らがやり遂げることを決め、窮地に陥っても不敵に微笑む。私たちはそうして強くあるのだから。
「何にせよアスト、アリエス。お前たちが今回の作戦の要だ。しっかり頼んだぞ」
「り、了解です! 下手踏まないよう、頑張ります!」
「……うん」




