59.アンクリーンネス・プラン
上位種の竜の中でも特に力の強い竜を、我々騎士は上位五竜種と呼称している。黒・白・碧・蒼・緋の五種類だ。
上位五竜種は並の上位種とは格が違う。五竜種の奴らは総じてキレ者で、その力も体力も他の竜の数十倍はある。さらに特筆すべきは奴らの能力だ。異界者の能力のように、奴らの能力は特殊極まりない。
セルゲイはその上位五竜種の一匹、碧竜がノースガルムにいるのだと言った。
「みなも知っての通り、上位五竜種は凶悪な存在である。ノースガルムに奴が現れてからというもの、他の竜も活発になりはじめた」
「碧竜が筆頭となり、人間を狩りはじめたということか。私たち騎士が竜を狩るように」
「そう言う事だ。貴殿も理解できたであろう、ヴェイン」
ノースガルムの竜が活発になった理由、そしてこの二十年の間でノースガルムの人間が全滅した理由。セルゲイが話した内容を理解したヴェインは、ばつが悪そうに舌を打って顔を背けていた。
上位五竜種、その名前を聞いて私もあの時のことを思いだす。
サウスガルムに居た頃の、今までで一番過酷だった戦いの事だ。
「南のゲティスローツに居た頃……私たちも上位五竜種と戦ったことがある」
「む! 奴らと直接戦ったことがあるのか、貴殿らは」
「あぁ~、砂漠の緋竜か。あいつとは二度と戦いたくねぇな、思い出すだけで鳥肌が立ってくるぜオレぁ」
ウェッジはその時のことを思いだし、すぐさま額に冷や汗をにじませた。
無理も無い。緋竜との戦いは何重もの死線をくぐった大戦闘だったのだ。私でさえ、もうあんな戦いは御免だと思う。
ふとヴェインの方を見てみても、ウェッジと同じように身体を強張らせている。
「あなたたち……よく生きていられましたわね。上位五竜種に勝ったんですの?」
「いいや。痛み分けと言った所か、奴に勝ったわけではない。こちらも生きていたのが奇跡的なくらいだ」
「たしか緋竜ウィルクスカチュアと言えば、上位五竜種の序列最上位……。能力が未知数な白竜を除けば、文句なしに最強ですわ。それと戦って生きのこれるなんて……」
ステファーたちはじっ、と私たちに熱い視線を送ってくる。
その瞳が何を思っているのかは言われなくともわかる。あれは期待の目だ。
上位五竜種と正面切っての戦闘、それを経験したにも関わらず私たちは生きている。幸いにも、肢体が欠損するような事態も無く。
そんな私たちなら、碧竜をも何とかしてくれるかもしれない。そんな期待を寄せているのだろう。
無論、その期待を裏切るつもりは無い。私たちがここに来た目的は彼らを救うことなのだから。ノースガルムの竜を殲滅し、騎士団に私たちをもっと知らしめなければならない。
ヴェインもきっと乗り気になってくれるはずだ。先ほどから肩を震わせているが、あれは怯えから来るものではない。武者震いというやつだろう。抑えきれずに口角も少し上がっている。
流石はレッドチョーカーきっての戦闘狂だ。ヴェインはおもむろにセルゲイの方を向き、口を開く。
「おいセルゲイ、その碧竜はいまどこにいやがンだ?」
「うむ……その事なのだが、ここ数年奴は姿を現しておらん。奴自らが出張らずとも、吾輩たちを狩れると踏んでおるのだろう」
千近く蠢く竜どもに任せている、ということか。
それもそうだろうな、私だって碧竜の立場なら自らが前線に立つことなどしないだろう。
やはりやるべきことは、碧竜を前線に引きずり出すことか。
他の全員も私と同じことを考えていたらしく、そこから会議の議題は絞られていった。
竜の頭である碧竜ツァラシスカラシカをどうやって誘き出すか。奴と戦い、討ち倒すことが出来れば戦況は変わるはずだ。
「わたくしが思うに、いくらノースガルムの土地が広いとはいえ、千近い竜がばらけて過ごしているとは思えませんわ」
「たしかになー。絶対どっかに竜が集まってる場所……棲み処がいくつかあるはずだぜー」
「……同感だ」
「その棲み処の当てはついているのかセルゲイ?」
「うむ。砦を襲ってくる竜たちはいつも同じ方向から現れていた。その先に行けば、もしや棲み処があるかもしれんな」
「ンじゃあ決まりだろ。守るばっかじゃどうにもならねェ、こっちから攻めていきゃいい」
「おいおい待てよ。オレ達の数は精々二十弱だ、相手は千だって言うんだぜ? それに繁殖のこともある、ただ闇雲にやっても数を減らせるとは限らねぇんじゃねぇか?」
ある程度の作戦方向が決まり、会議は熱を帯び始めた。それぞれが意見を出しては、その問題点を洗い出す繰り返しだ。
作戦の着地点としては碧竜を引きずり出すこと。そのための過程として竜の数を減らし碧竜に焦燥感を与えなければいけない。
その意見はみな一致していたのだが、大きな問題点があった。
竜の繁殖速度についてだ。セルゲイ達は口を揃えて言う。どれだけ竜を殺したところで、それを上回る”補填”をされれば無意味だと。
一か月かけて百匹の竜を狩ったとしても、その一か月で二百匹の竜が産まれてしまえば、減らすどころか増えてしまう。竜の繁殖速度が不明瞭なことが問題だった。
「――ですから! 数を減らすことはそう簡単なことではありませんのよヴェインさん!」
「なんでだよ。むしろ一日で千匹の竜を全部殺しちまえば話は早ェだろ」
「はぁ……それが出来れば苦労しませんわ」
「けどよォ、竜が産まれるのに何日かかるかわかんねぇんだろ? 殲滅にかけれる時間もわかんねぇんじゃ、急ぐしかねぇだろ」
「急ぐと言っても、千匹の竜を一日やそこらで全滅させられるわけないでしょう!」
――ならば、それを見極めることが作戦の第一歩になるのではないだろうか。
会議に飛び交う会話を聞きながら、私の頭の中に閃きがあった。自分でも最低だと思えるほど、下劣で生々しい閃きだ。
口元に手を当て、私はその閃きを徐々に大きく育てていく。実現させるためにどうすればいいかを組み立て、全体像を思い描く。
考えがまとまったところで、私は思わず苦笑してしまった。
自分で閃いたこととは言え、あまりにも滑稽すぎる。滑稽で、それでいて卑劣極まりない外道の作戦だ。
しかし、ノースガルムの戦況を覆す作戦の第一歩としてはこれ以上ないほどのものでもある。
そのまま私自身の胸の内にしまいこむこともできたが、今まで出た案の中で一番現実的でもあることから、私は唇を撫でていた指を離し、声を出した。
「ひとついいか」
誰の目も見ず、円卓の上に視線を落としながら発した私の声。自分ではわからないが、その声色は全員の口を閉ざすに値するものだったらしい。
顔を上げると、みんな真剣な表情で私の方を見ている。私がこれからいう事を聴いて、どんな反応を返すだろうか。少し不安でもあった。
私は出来るだけ言いよどまないように努め、続きを話す。
「竜の繁殖時間、そして産まれた竜が生後何日経てば脅威となるのか……調べる方法を思いついた」
「なんですって!? 本当ですのジゼルさん!」
「ああ。その方法には、そうだな……まず二、三日の偵察が必要になる。この砦から一番近い場所にある竜の棲み処を見つけるのが第一段階だ。セルゲイ、ノースガルムの地図はあるか?」
「うむ、ここにあるぞ」
そう言ってセルゲイは地図を取り出し、円卓の上へと広げてくれた。みな、食い入るようにその地図の上に目線を落とす。
地図を見る限り、砦の付近は山岳地帯が多いことがわかる。そこで私は、わかりやすいように指で地図上をなぞり、説明を続ける。
「見ての通り、ノースガルムは山が多い。竜の棲み処を探すにあたって、山に登ったところにある棲み処は無視してほしい。偵察は山のふもとまでだ」
「ジゼル、それには何の意図があるのだ? 棲み処を見つけたあと、どうするつもりだ」
「……竜の棲み処を見つけたらそこへ攻撃を仕掛け、その場にいる竜を殲滅する。……ただし、二匹だけ残して、だ」
皆が私の話を聴きながら眉をひそめている。私が何を考えているかわからず、怪訝な表情になってしまうのだろう。だがそんな中で、ウェッジだけは勘付いたようだった。
ウェッジは失笑めいた声を出し、口角をつり上げながら私を横目で流し見る。信じられないと言わんばかりに、肩をすくませるジェスチャーをしながら。
「ったく……エグいこと考えるもんだな、隊長?」
「だが、確実だ」
これ以上、私が話をじらす意味もないだろう。セルゲイ達はその表情で、詳しい説明を求め訴えてきている。
というか、気づいてくれてもいいような気もするが。
今まで散々ありとあらゆる手段を試してきた私たちレッドチョーカーのような発想は、きっと彼らには無いんだろう。
「――つまり、竜を二匹捕獲して、この砦に連れてくるんだ。そして交尾をさせる。そうすれば、出産まで何日かかるかある程度把握できるだろう」
「そ、それは……」
「そんなこと出来るはずありませんわっ! 竜が大人しく交尾するとでも? 暴れまわり、砦がめちゃくちゃになってしまいますわよ!」
「その点は心配ない」
この作戦は、私たちレッドチョーカーがいなければ成り立たないものだ。
逆に言えば、私たちがいる今。この作戦は簡単に遂行できる。
「竜を大人しくさせるのは我が隊のアストに任せ、そこから竜に交尾をさせるのはアリエスに任せればいい。……ウェッジはアストを、ヴェインはアリエスを探してここに連れてこい」
私はそう言って二人に指示を飛ばした。
私はこのままセルゲイ達と竜の棲み処を探すための会議を続けなければならないから、この場を離れるわけにはいかない。
「――あいよ。ほんとにアストが来てから、うちの隊も柔軟になったもんだぜ」
「――アストはともかく、アリエスがそんな作戦に乗ってくるとは思わねェ。説得は隊長がしてくれよな」
そう言って二人は会議室を出ていく。
戻って来るまで、大体二十分かそれくらいか。とにかくさっさと話を進めておかないといけないな。ウェッジの言う通り、アリエスの説得にかなり時間を取られそうだ。
セルゲイ達は私の話を聴いて複雑な気持ちなのだろうか、苦虫をしがむような表情を浮かべている。私は構わず、竜の棲み処を探すための作戦を話し始めるのだった。




