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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
ノースガルム編 赫焉のレッドチョーカー
58/90

58.碧竜ツァラシスカラシカ

 セルギウスグラードに来てから一時間ほどが経ち、私は二名の部下を引き連れて会議室へとやって来ていた。

 部屋の中央に置かれた円卓を囲み、私たちを含めて七人が集まっている。

 既に座っていた連中と同じように私たちも椅子へと腰かけると、セルゲイが一度大きく咳払いした。


「うむ、みな集まっておるな。本日より我がセルギウスグラードに異動となった、レッドチョーカー隊の隊長ジゼルと、その両腕の諸君だ」

「……こっちはヴェイン、それとウェッジだ」


 そう言って紹介した二人は、重苦しい空気が漂うこの部屋の中でもふてぶてしい態度を取っていた。

 ヴェインは円卓に肘を立ててつまらなさそうに頬杖を突き、ウェッジは完全に背もたれに身体を預けて大きな欠伸をしている。

 おかげでセルゲイ以外の騎士達は鋭く怪訝な眼差しを向けてくるが、私はそれでも二人を注意しようとは思わない。

 この二人はこういう奴だ。


 二人の態度が癇に障ったのか、三人の騎士が口々に私たちに言い寄ってきた。

 一人は女。顔つきからしていかにも高飛車そうで付き合い辛そうな奴。もう一人はウェッジと少し雰囲気が似ているだろうか、眠たげに垂れた目をしてぼんやりとしている。最後の男はずっと目を伏せて、腕を組んでいる。

 三者三様に面倒そうだと、私の勘がそう言っている気がした。


「セルゲイ、何ですこの方々は? 本当にわたくし達と同じ騎士なんですの?」

「知性の欠片もねーよーなツラしてんなー。こーゆー奴らはトラブルの元だぜ」

「……同感だ」


 好き勝手に貶してくる三人の騎士。私はもとより棘のある言葉に腹を立てるタイプではないから何とも思わない。ウェッジも同じく、ちょっとやそっと煽られたくらいで頭に血を昇らせたりはしない。

 問題はヴェインだ。私が思った通り、三人の騎士に向かってヴェインは喰ってかかっていく。


「何だァてめぇら。初対面で言うことがそれかよ、ああ?」

「まぁ! 何て口汚いことかしら……同じ女と思えませんわね」

「んだとコラァ!? やんのか金髪ドリル!!」

「ドリッ……!? これは縦ロールと言うんですのよ! ドリルなんて品の無いものと一緒にしないでもらいたいですわ!」


 両者ともに円卓に身を乗り出しいがみ合う。流石に喧嘩沙汰になるのは不味いと思い、私はヴェインを諫めようとする。

 しかし先に、セルゲイが仲裁に入ってくれた。


「ステファー、やめんか。血気盛んなのは良いが、あまり身内で衝突するな」

「ですがセルゲイ!」

「吾輩は『やめろ』、と言っておるのだ」

「うっ……」


 そう言って睨むセルゲイの顔つきは普段より何倍も迫力があった。ただでさえデカい身体にあの目つきだ。真っ直ぐに睨みつけられたら誰でも彼女のように言葉を詰まらせ、肩をすくませることだろう。

 ステファーと呼ばれた彼女は乗り出していた身を戻し、しゅんとして縮こまってしまった。

 相手が引きさがったことによって、ヴェインも舌を打って椅子に座りなおす。


「うむ。今日からは彼女らも吾輩たちと共に竜と戦う騎士なのだ。仲良くしろなどとは言わんが、協調性は持て。例えるならばそう、ヤドカリとイソギンチャクのようにな。共に歩んでいかねばならん」

「……わかりましたわ」

「うむうむ。素直な事はいいことである! ぬはははははは!!」







 セルゲイが睨みを利かせながらの、微妙な雰囲気の中で私たちはそれぞれの自己紹介を終えた。自己紹介と言っても名を名乗るくらいの簡単なものだ。

 一人はステファー・ホルステン。ヴェインといがみ合っていた女だ。私やセルゲイと同じく上位騎士ハイトルーパーの称号を持っている。

 眠たげな男の名はマクスウェル・ベラミー。もう一人の寡黙な男はドック・ハワードと言うらしい。

 三人は砦の中でも五本指に入る実力者らしく、セルゲイは彼らに信頼を置いているようだ。


「――そしてこれからだが……」


 顔合わせも済み、私たちは今後の動きについての会議へと移っている。

 砦の現状は一言で言い表すならば、多勢に無勢だ。セルギウスグラードの騎士の数はおよそ二十。その中でも無傷でまともに戦える人数は半分以下だという。

 それに比べ、ノースガルムの竜の数は未知数。上位種の竜と竜獣を合わせると軽く千は越す予想らしい。


「吾輩たちと竜では数が圧倒的に違う。この差のままではいずれ物量に押しつぶされてしまうであろう」

「……そこまで繁殖しているのか? 北の竜たちは」

「わたくし達も砦を守るだけでなく、定期的に狩りを行っていますけれど……数が一向に減りませんわね。制圧したと思っていた地域に、いつの間にかまた竜が棲みついていたり」


 私も長い間、騎士として竜と戦ってきている。だがいまだに竜の繁殖速度というものがわからないままだ。

 産まれるまでどれくらいかかるのか、一度にどれだけ産まれるのか。ノースガルムの竜がいくら多いとしても、増える速度がどう考えても早すぎる。

 どうすれば竜の数を減らしていけるのか、話し合っていてもいまいち決定的な案が出てこない。


「随分とお盛んなのかねぇ竜ってのは。オレら人間とは性欲がダンチなんだろうなぁ」

「おいカウフマン! テメェなんで俺の方見ながらそれ言うンだよ!?」

「まー、ウェッジくんのいう事も一理あるかもなー。理由が何であれ、全滅させるには辛い状況だよなー」

「……同感だ」


 千近い竜を一気に全滅させる方法。いくら考えても、現実的な方法は浮かんでこない。

 私たちレッドチョーカーは半竜をも擁する戦闘部隊だが、さすがに上位種の竜が混じった千の敵を殲滅するのは不可能に近い。

 数百程度なら、総力戦でぶつかっても勝てる見込みはあったのだが。


 会議は踊るが、されど進まず。

 ああだこうだと飛び交う会話を聞いていて、私はふと思ったことがあり、それを口にした。


「そう言えばセルゲイ、ノースガルムは他に町などがあるのか?」


 いくら極寒の地とはいえ、この土地に昔から住んでいる人間もいるだろう。

 ノースガルムでも南寄りや西寄りまで行けば気温も少しはマシになる。そういった所に住んでいる人間はどうしているのか、少し気になった。

 砦から騎士を派遣して、その町なり村なりを守っているのだろうか。


 しかし、セルゲイから返ってきた返事はそうでは無かった。


「……ノースガルムは、既に死んでいる。貴殿の想像通り、たしかにいくつかの集落はあった。あったのだが……此度まで続く戦争の中で、そのすべては竜によって滅ぼされてしまったのだ」

「どういうことだ。戦争と言っても苛烈なのはウェスタ地方だろう、イスターやノースガルムは竜の活動も活発ではないと聞いていたぞ」

「確かにその通りだ。もともと戦争の発端は竜と人間の相容れぬ衝突であったからな。イスターやノースガルムは土地柄もあり、共存とまではいかんが竜と人間の衝突は少なかった」


 セルゲイの言う通り、戦争の発端はウェスタ地方で起こったものだ。

 戦争が起こるまでは『竜が人間を襲う』という事態も少なかった。それこそ、山の熊や猪に襲われるというのと同等くらいの頻度だった。

 だがウェスタ地方で近代化が進み始めると、自然を破壊され昂った竜たちが悪意を持って人間を攻撃し始めた。そこから火種がどんどんと大きくなって今日まで続く戦争に発展したのだ。


 やがてウェスタ地方では、竜は危険であり滅ぼすべき存在だという意識が広がっていった。そこで、竜の生息数が多いサウスガルムにまで騎士団は手を伸ばし、殲滅活動を開始した。それがおよそ十五年前の話だったはずだ。

 騎士が進んで竜を殲滅していたのはその二地方のみ。ノースガルムやイスター地方は精々、村や町を襲う竜を迎撃する程度のものだった。


 そんなノースガルムで、ここまで竜が精力的なのはどうしてだ?

 まさか北でも、騎士は竜を進んで殲滅していたのか? 私がそう考えたとき、まるで私の心の中を覗いていたのかと思うようなタイミングで、ヴェインが口を開いた。


「まさか、わざわざ竜に喧嘩売って怒らせたとかじゃねェだろうな」

「失敬な! わたくし達は愚かではありませんのよ。戦争が始まって間もない頃も、出来るだけ共存の道を選ぼうとしていましたわ!」

「じゃあ何で北の人間が全滅するようなコトになったンだよ! 二十年やそこらで全滅するくらいテメェらが役立たずだったってことか、ああ?」


 確かにヴェインの言葉も可能性の一つとしては考えられる。

 いくら竜との衝突が少ないとはいえ、襲われること自体は発生しているのだから、守り手が杜撰な行動をとっていれば非力な民間人はあっという間に全滅するだろうからな。

 竜の怒りを買うような行動をとっていなかったというのなら、つまりはそういう事か?

 騎士の本分を忘れていたとでも? ……いや、少なくともセルゲイやステファーからはそんな怠惰な雰囲気は感じられない。二人とも顔をしかめ、悔やんでいるようにも見えるのだから。


「ヴェインと言ったな。貴殿は何か誤解をしているようだ。……吾輩たちはずっと北の地を守り続けてきた。竜を必要以上に狩ることなどせず、民間人を守るということだけを考えて動いていたのだ」

「んじゃあ俺にもわかるように説明してくれよ。なんで北の人間が全滅するほど、竜が活発になったんだ? なんでテメェらはそれを止められなかったんだ?」


 そう問い詰めたヴェイン。セルゲイは太く大きな腕を身体の前で組み、少し間を置いてからそれに答えた。


「……貴殿ら、上位種と呼ばれる竜が現れ始めたのが何年前だったか覚えておるか?」

「あぁ? 六年か、それくらい前だろ。上位種が現れ始めたから、人間側も異界召喚ディセントをやり始めたはずだからよ」

「それが間違いなのだ。我々人間が異界召喚(ディセント)を行い始めてから、上位種の竜というのも現れ始めた」

「……順番なんてどっちでも同じようなもんだろ。それが何か関係あんのかよ」


 セルゲイのその言葉を聞いたとき、私の脳裏にふとよぎるものがあった。

 ヴェインは何もピンと来ていないようだが、ウェッジも珍しく真剣な眼差しでセルゲイの方を見ている。

 私と同じように、ある仮説が思い浮かんだのだろう。


「逆かもしれぬという事だ。人間が竜に対抗するために異界者(フォリナーレイス)を使い始めたのではなく、竜が人間に対抗するために上位種を生みだし始めたのではないか、とな」

「……んだよそれ。仮にそうだとして、だから何の関係があんだって言ってんだ!」

「上位種の竜は竜獣とは明らかに違うのだ。人語を話す輩までおる。つまりは確固たる意志を持っているということだ、意志を持つということは悪意をも持つ」


 やはりそうだ。今までの考えは全て、人間だけに当てはまるものじゃなかったのだ。

 人間が竜に対抗するように、竜も人間に対抗していた。

 そして、騎士が竜を狩るように、竜も人間を狩ろうとしていた。

 騎士がサウスガルムまで手を伸ばしたように、竜もノースガルムまで手を伸ばした。


 統率され、意志を持って。滅ぼしてやるという悪意を持って。

 ノースガルムの竜はある時期から、意志を持って人間を襲い始めたんだろう。


 その悪意の根源、他の竜を統率して人間を襲うことのできるほどの竜。そいつは私たち騎士の間でもブラックリスト入りをしている。

 末端の騎士ですら必ず名前を知っているその竜の正体。

 セルゲイが口にしたその名を聞いて、流石のヴェインも気づいたようだった。


「竜を統率し人間を滅ぼそうとする竜……上位五竜種が内の一匹、碧竜ツァラシスカラシカ。奴が現れてから、ノースガルムは追いつめられ始めたのだ」

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