57.タイム・イズ・ランニング・アウト
セルギウスグラードの門をくぐり、一人の騎士に先導してもらって私たちはここの責任者が待つ指令室へと向かった。
その案内の道中で砦の中と外を確認し、ここの全体像がぼんやりとだが私の頭に浮かんでくる。
通路の曲がり具合、窓から見える外や中庭。入り口の門をくぐる前に見た外観と照らし合わせて考えると、ここは五角形もしくは六角形で作られているだろう。
しかし、砦の全体像よりも気がかりなことがあった。門をくぐって砦の中を随分と歩いているが、駐在している騎士の姿がかなりまばらだということだ。
どうも雰囲気が寂寥としている。
まるで廃墟……とは言いすぎだが、そう言った空気感がある。
砦の規模がある程度あるのがより一層、この寂しげな雰囲気を助長させるようだ。
「着きました、この中で私たちのボスが待っています」
「サンキュー。んじゃま、雁首揃えて挨拶しにいくか隊長?」
へらへらとにやつくウェッジに鋭い視線を送りながら、私は部屋の扉に手を掛けた。
扉を開けると中は思ったより広くなく、奥の大きなテーブルの向こう側に責任者であろう大男がこちらを向いて仁王立ちしている。部屋に入ってまず視線を奪われるその巨体に、少し面を食らってしまった。
私は先頭を切ってテーブルの前まで歩み寄る。後ろでは最後尾にいたアストが扉を閉め、他の者と同じく私の後ろへと整列した。
大男は私の頭上からぎらついた視線を送っている。たくわえた口ひげを指で弄りながら微動だにせず、口を閉じたまま二、三度咳き込んだ。
近くで見れば見るほど大きな身体だ。私も身長が高い方だが、それでも見上げなければいけないほどに。
咳ばらいを済ませた彼は髭で覆われた口元をおもむろに動かし、低くどすの利いた声で話し始めた。
「吾輩がこのセルギウスグラードを任されている、上位騎士のセルゲイ・マルコヴィチ・アバルキンだ。貴殿らも各々名を名乗るがよい」
大層な名前に似つかわしい、随分と堅苦しい口調だ。
何よりも彼の体格から来るプレッシャーが凄まじい。ウェッジたちが少なからず怖気づいているのを背中越しにでもひしひしと感じるほどだ。
ここは隊長でもある私から名乗るのが正しいだろうし、その方が続く部下たちの後押しになるだろう。そう思い、私は首につけたチョーカーに指を当てて名を名乗った。
「レッドチョーカー隊隊長、貴方と同じく上位騎士のジゼル・スカーレットだ」
私が名乗り終えると、後ろの部下たちもそれに続いて順番に名乗りはじめる。
「自分はシュリア・ダグラスと申します! 出身はウェスタ地方、騎士団に入って間もない若輩者ですが、僭越ながら隊長と同じく上位騎士の称号を頂いています!」
「ヴェイン・ロジャー・マクレインだ。名乗れってンだから名前だけでいいだろ?」
「……アリエス……コード……」
「こっ、声が小さいよアリエス……。僕はアストです、アスト・ヴェルク。異界召喚でやってきました。たぶんこの中じゃ一番後輩です」
「オレの名前はウェッジだ。よろしく頼むぜ、髭の大将?」
礼儀がなっていないのが何人かいるが、今に始まったことじゃない。マシなのはシュリアとアストの二人だけ。アストはいまいち敬語がおかしなところもあるが。
さて、目の前の熊もどきはどう反応を返してくるだろうか。
「……く」
徐々にセルゲイは口角を上げ、顔面に皺を寄せていく。肩を震わせ、そして豪快に笑い始めた。
「ぬはははははは!! 帝都の本部も随分と活きの良いのを寄越したなぁ! うむうむ、吾輩の下で働く奴はそうでなければいかん! 例えるならば気性の荒い犬だな、尻尾を振るだけで吠えん犬など不要、不要!」
「……お気に召したようで。セルゲイ殿」
私たちと同じように、彼もまた変わり者らしい。肩身越しに後ろを見てみると、部下のみんなも戸惑っている。
私は今までフォウ・ク・ピードの様々な戦場を渡り歩いてきたが、北の地に来るのはこれが初めてだ。だからこそ、北の人間はセルゲイのように豪快奔放な奴が多いのかと思ってしまう。
「ジゼルと言ったな。貴殿も吾輩と同じく上位騎士であり人の上に立つ人間だ。堅苦しい話し方はせずともいいのだぞ? 吾輩のこともセルゲイとでもアバルキンとでも好きに呼びたまえ」
「そう言うなら、言葉に甘えさせてもらおう。セルゲイ」
「うむ。では早速で悪いが……ジゼル以外の者達は部屋を出て、好きに砦を回ってもらおう。レッドチョーカーの隊長である貴殿と話したいことがあるのでな」
話とは一体何だろうか。そう思いながらも私は部下たちに促し、部屋を出て行ってもらった。全員出ていく際に、どこかほっとした表情を浮かべていたが、その気持ちもわからなくはない。
セルゲイは急に破顔させて笑ったり神妙な表情を浮かべたりと、いまいち得体が知れないのだから。
部屋の中に二人きりになり、セルゲイは自分専用のかなり大きな椅子に腰かける。あの巨体が座り込んでぎしりとも言わない椅子の耐久性に、少し感心する。
「さて……吾輩の砦、セルギウスグラードに今日から貴殿らも配属となるわけだが。何しろ説明することが多いのでな。貴殿が知っていることを先に教えてみてはもらえんか?」
「あまり詳しくはないが」
私は言われた通り、この砦について、しいてはノースガルムについてを話す。
私が話の中で出さなかった話題だけをセルゲイから訊けばいいのだから、たしかに効率的ではあるな。
「ノースガルムは気候の関係もあり、サウスガルムよりも戦況が芳しくないと聞いている。先ほど砦の前で戦闘があったが、戦いにくい事この上なかったな」
「うむ。加勢に駆けつけてくれたこと、改めて感謝しよう」
「竜種も様々らしいな。……だからこそこの砦は騎士も異界者も多く集まっていたと聞いていたが、どうもその情報と合わないな」
この砦に入ってから抱いていた疑問を私は口にした。
まだ全体を見て回ったわけではないが、それにしても閑散としすぎている。ゲティスローツと比べてもそうだ。
するとセルゲイは目を閉じて眉をひそめる。痛い所を突かれたと言わんばかりに、低い声で唸っている。
「貴殿の言う通りだジゼル。……例えるならば、鉛筆だなこの砦は。役目を果たすためには削らねばならんが、削る身も少なくなってきておる」
「……現状は?」
「騎士の数は二十、うち負傷者はその半分。異界者に至ってはゼロだ」
「ゼロ? 全滅しているというのか」
竜と人との戦争が始まって以来、外道の竜と戦力差を埋めるために始まった異界召喚は今や常識だ。
異界者の力は騎士団が重宝し、ほぼすべての戦場に投入している。
セルギウスグラードも以前はそうだったはず。かなりの数の異界者が配属されていたはずだ。それが全滅となると、ノースガルムの竜はよほど強力らしいな。
「吾輩の砦に異界者が投入され始めたのは、確か五年ほど前であったか。あまりはっきりと憶えてはいないが……その頃から竜も力を持ち始めたのだ。折角異界の力を借り始めたというのに、逆に狩られるようになってしまってな」
「今となっては異界者は全滅、か。」
「うむ。埋葬してやろうにも死体が見つからず、だ。異界の人間というのは竜の口によく合うらしい」
捕食、か。
今までも人間は数えきれないほど竜に殺され、蹂躙され、喰われてきた。私が今まで経験してきた戦場でも、死体が見つからないという事はよくあった。
手足の一本も残さず、丸ごと呑まれ、牙で砕かれ、腹の中に詰められる。一番嫌な死に方だと私は思う。殺されるだけならまだしも、栄養として竜に貢献することになるなんて。
死んでいった異界者たちのことを思うと、胸が痛む。
「砦の現状は、例えるならば老人だけしか残らぬ小さな村だ。そこへ貴殿らという若人が颯爽と現れてくれた。噂に名高いレッドチョーカー隊に、吾輩も期待を寄せているぞ」
「私たち頼り、か。……また厳しい戦場へ送られたものだ」
私たちレッドチョーカー隊が赴く戦地は、例外なく過酷だ。慣れたものとはいえ、両肩に重苦しいものを感じてしまう。
その重苦しいモノの正体は責任感に他ならない。劣勢を覆す働きを見せねばならないという責任感だ。
レッドチョーカーはならず者の集まりみたいなものだ。所属している者は何かしら後ろめたいものがある。それだけでなく、確かな実力も持ち合わせている。一人を除いてだが。
私たちの使命は騎士団に貢献し、騎士としての評価を取り戻すことにあるのだ。セルゲイは私たちのことに異心を抱かないが、他の騎士はそういかない。赤い首輪をしている私たちは、人間というよりかは武器という扱いを受けている。
利用され使い捨てられる、そんな扱い。
『いつの日か、竜との戦争を私たちの手で終わらせ、騎士団を見返してやる。』
改めてその意志を胸の内に滾らせていたら、どうやらそれが顔に出てしまったらしい。
「む? どうした、気分でも悪いのか」
「いや心配ない。少し考え事をしていただけだ」
「そうか? なら良いが……この後は会議室についてきてもらおう。砦の騎士達との顔合わせも兼ねて、今後の話をしたいのでな」
そう言ってセルゲイはまた立ち上がった。
やはり椅子に座っているときに比べて迫力が倍になるな。部屋の天井に頭が付きそうじゃないか。
扉をくぐるときに、彼は苦労しそうだ。
「む、そうであった。貴殿一人だけというのも息苦しいであろう、誰か一人くらい付き添いをつけてもよいぞ」
「……二人つけてもいいだろうか? 私の右腕と左腕なんだ」
「構わんぞ。ではその二人を探して、会議室に向かうとしよう」
私が頭に思い浮かべた二人。レッドチョーカーが結成された最初期の二人だ。
付き合いが一番長く、それだけ信頼も寄せている。作戦会議というのならばその二人も連れていきたかった。
問題はその二人が砦のどこにいるか、だ。すぐ見つかるといいのだが。
セルゲイと二人で部屋を出る際、やはり彼は窮屈そうに身を屈めるのだった。




