56.セルギウスグラード
これは戦争が終結する半年ほど前の話だ。
極北の地、ノースガルムで我々が経験したことを話そう。
人ならず者部隊と呼ばれた、我々レッドチョーカーのことと共に。
……あくまで、私の主観になるがな。
◆
私の元に帝都から一通の手紙が届いた。
戦争中に何度も届くその手紙にはいつも決まって同じ文面が記されている。
『異動命令、赤き首輪へ』
一か月に一度の頻度で届くその手紙に半ば辟易しながら、私は目を通していった。通すと言ってもたった二行しかない文章だ。異動の知らせとどこに行くかということだけを簡潔に、無機質に書いてあるだけ。
今回指定されていた場所は北だった。
ノースガルム地方のセルギウスグラード。
この際、どこに向かおうが何も感じない。各地を転々とするのは慣れている。騎士というものは基本的に一つ所に止まりその地を守護する役目を持っているが、私たちのような”物資扱い”もいる。
危険な戦場から危険な戦場へ。もとからその為に結成された部隊だ。だからこそ、砂塵渦巻き暑さに頭がおかしくなりそうな南の地から一転、豪雪止まぬ極寒の地に行くことに不満なんて全くなかった。
「あぁあ寒ぃ、うぅう寒ぃ、おぉお寒ぃ」
「さっきからうるせェぞカウフマン! ちょっとは静かに……しずかに……くしゅんっ!」
「お前だって寒いだろヴェイン。こりゃ人の暮らせる土地じゃないぜ」
確かに寒い。
足元に積もった雪はブーツ越しでも足を冷やす。空気は凍てついているように私たちの肌を突き刺している。
空から延々と降り注ぐ雪も、恨めしく思えてくる。ノースガルムに足を踏み入れて最初に見た時はあれほど幻想的に見えたというのに。
極北の地ノースガルム、またの名を白い聖域と、最初に呼んだ者の気持ちが今ではよくわかる。
一年中雪が舞い散り、気温も場所によっては氷点下を大きく下回る。間違ってもこんな場所で暮らしたくはないと思う。
「シュリア、目的地はまだ見えないのか」
「先ほど地図を確認しましたが、もうそろそろ見えてくるはずですジゼル隊長!」
吐いた息は全て真白に染まり、吸う空気は唾液すら凍り付かせてしまいそうだ。
私も流石にそろそろこの寒さに参ってきそうで、シュリアが平気そうに笑っているのが羨ましく思える。
さっきまで吹きすさんでいた風と雪は一時的におさまってきていて、視界も悪くない。
今のうちに歩を進めておこうと、最後尾の二人に伝える。
「アリエス! アスト! 少しペースを上げるが大丈夫か!」
「ええ大丈夫ですジゼルさん! アリエスも平気だと! 後方警戒は任せてどんどん進んじゃってください!」
シュリアと違って、アストは作って見せた笑顔で応えてくれた。軟弱そうな弱々しい声を出来るだけ張り上げて。
あいつは時おり女々しい仕種を見せるが、腐っても騎士だ。これくらいで根を上げはしないだろう。
雪を踏み固めるように潰しながら、私たちはそれからしばらくの行軍を続けた。
そしてもうそろそろ目的地が見えてこようかという時に、出来れば聴きたくない声が前方から響いてきた。
最後尾にいる二人にもはっきり聴こえるほどの轟音で、今まで聴き飽きたあの叫び声が。
「――ルォオオアアアアアアアアアッ!!」
「っ!!」
声が聴こえると同時に、私より先を歩いていたシュリアが振り向き、声を上げた。
「前方に竜の姿を目視! 数は十八、上位種も混じっているようです! どうやらセルギウスグラードが襲われている模様!!」
「随分と集まっているな……」
シュリアの報告を受け、私は自身の目でも竜の姿を確認した。
たしかに蠢く竜の間には砦が見え隠れしている。目的地につくやいなやこれだ。
私は全員に指示を飛ばそうとしたが、その前に最後尾のアストが声を上ずらせながら呼びかけてきた。
「ジゼルさん! 後方からも数匹の竜が迫ってきちゃってますよ!」
「増援か。後方の竜はアストとアリエスで始末しろ! 前方は私とシュリアが行く! ヴェインとウェッジは状況対応!」
全員が口々に了解の合図を口にするとともに、私とシュリアは刀身を鞘走らせながら駆けだした。
砂漠での戦闘には慣れたものだったが、雪の上の戦闘はやりにくい事この上ない。踏み出す一歩は雪に沈み込み、足の運びがスムーズにいかないのはもちろん、靴底が滑ることもある。
こうなるといつものように素早い移動は出来ない。私もシュリアと同レベルの軽い身のこなしが出来ればいいが……。
積もった雪を潰さず僅かな足跡しか作らない彼女の動きは、どうも真似できそうにないな。
「ルァアアアアアアアアアアアッ!!」
「く、くそぉ、竜めっ」
「この砦は落とさせんぞっ」
砦に近づくと、竜に取り囲まれている数人の騎士の姿を見つけた。
しかしどうも様子がおかしい。そもそも数人しか外に出てきていないことがおかしい。
セルギウスグラードと言えば騎士団もかなり注力していた拠点だ。騎士だけでなく異界者も多く配置されていたはず。
しかしなぜ、数人の騎士しか戦闘に参加していないのだ。
不穏に思っていた矢先、先に竜の群れの中へ突っ込んでいったシュリアが両腕を振るう。
この真っ白な世界に、朱色が混じる。
私は余計な考えをとりあえず頭の片隅に追いやり、シュリアと同じく竜に向けて剣を振るった。
どうやらその場にいた騎士たちも私たちの存在を確認したらしく、狼狽えながらも剣を手に取り応戦し始める。しかしこの程度の竜、私かシュリアのどちらかだけでも殲滅できるレベルだ。戦闘時間は矢の如く過ぎ去っていった。
◆
剣にべっとりと付着した竜の血。私はそれを拭い、納剣する。
砦前の竜がすべて雪に埋もれ斃れる頃には、後方で戦っていたアリエス達も追いついてきていた。
辺りの積雪は真っ赤に染まっている。しかしそれも一時間と経たずに、降り続ける雪が真っ白に覆い隠すことだろう。
「ジゼルさん、ご苦労様です。竜の増援も、もう来ないみたいですよ」
「そうか」
状況確認を終えて、私は改めて門前の騎士達の前へと近づいていく。
戦闘中は気にもしなかったが、よく見てみると目の前の彼らはひどく傷ついていた。先ほどの戦闘でついた傷というわけではなく、以前の戦闘の傷だろう。
包帯を至る所に巻き、その顔もどこかやつれているように見えた。
「助かりました……。あの、あなた達は?」
「サウスガルムからこちらへ異動命令があって来た。ここの責任者の元へ案内してもらえないか」
「異動命令、ですか。……サウスガルムからって、もしかして!?」
私と話していた傷だらけの騎士は、驚いた様子で視線をゆっくりと落としていく。
どこを見ているかは訊くまでも無くわかりきっている。私たちの首に巻かれている、他の騎士とは違う色の首輪だ。
目の前の彼は、私の首輪と私の顔をゆっくりと目線だけで交互に見比べる。
他の騎士たちも同じように、私とその背後の部下たちを張りつめた表情で見つめるばかり。この極北の地でも、やはり私たちはそういう目で見られるらしい。
驚いた表情のまま言葉を忘れてしまった彼らの内の一人にウェッジが近づいていき、とん、と胸を叩いて微笑む。いつ見ても神経を逆なでるような嫌な笑い顔だ。
「この首輪を見りゃあんたらも解ったろ? はやいとこオレ達を中に入れてくんねぇかな?」
「は、はいっ。了解です! “レッドチョーカー”の皆さま!」
畏敬か畏怖かわからない声色で返事をした騎士の一人は、そそくさと門の近くへと向かって行った。
彼が中へと合図を送ると、砦の大きな門が地鳴りのような大きな音を立てて、ゆっくりとその奥を見せる。
我々レッドチョーカーがこれから、いつまでかはわからないが世話になる場所。
数人の騎士に手招きされながら中へと入った私は、果たしてこの地の寒さに馴れるまでここにいれるのだろうかと、余計な心配をしていた。




